第041話「セナミリン」
決して友人と呼べるような間柄ではなかった。
俺はあのチームでは傲岸不遜で傍若無人なキャラだから、自ら周りのメンバーと親睦を深めるなんてことはしないし、それにそもそもサボり魔なので、彼女らと行動を共にした時間だって短い。
あいつとも仲良く遊んだりといった経験は一切なく、会話した回数ですら両手の指で数えられる程度だろう。
好かれるどころかめちゃくちゃ嫌われていて……いつも会う度に罵倒されていた記憶ばかりが思い起こされる。
……
…………
………………
「ねえ、円樹。あんたさっさと辞めてくんない?」
「……?」
「なに不思議そうな顔でキョロキョロしてんのよ!? あんたよあんた! そこのツインテ女! "仁和 円樹"!」
「……ああ、いたのミリン。小さすぎて気がつかなかったわ」
「あんた私と数センチしか変わらないでしょうが!! どう見ても目線ほぼ同じなのになんで身長でマウント取ってんの!?」
だって俺は普段から周りに小さい小さいと言われ続けているので、同年代で自分より背が低い人間がいると謎の優越感が湧き上がってしまうのです。
だからこれくらいのいじりは勘弁してください。
「それとミリンじゃなくてリン、"瀬浪 凛"! あんたのせいで私、ミリンとかセナミリンとかファンに呼ばれてんだけど! ちゃんと正式名称を覚えなさいよ!!」
「ミリンのほうがかわいくてよくない? リンはありきたりな名前だし、改名したほうが良いと思うけど? 改名するべきね。改名しなさいよ」
「なんでそんな改名させたがってるのっ!?」
新曲のレコーディングの為に久々にU・B・Aの拠点施設を訪れていた俺は、メンバーのチビメスガキ――ミリンに絡まれていた。
こいつは顔を合わせる度に俺に突っかかってきて鬱陶しいから、勘弁してほしいんだけど……。
「それで話戻すけど、あんたもうウチ辞めなさいよ!」
「なんで?」
「みんな真面目にアイドルやってるの! あんた……他に目的があってウチにいるだけで、本当はアイドルなんてどうでもいいって思ってるでしょ!」
鋭い、よく見てるなこのチビ。
確かに俺がこのチームに所属しているのは目的あってのこと。だけどライブや探索活動などするときはちゃんと全力を尽くしているつもりなので、そこに関して文句を言われる筋合いはないのだが。
「だとしたらなに? U・B・Aはただの華やかなアイドル集団ではなく、実力が全て、弱肉強食のシビアなパーティよ。だからあたしが忍に続くランキング2位である以上、誰にも文句は言わせないわ」
裏世界人気トップ5に君臨するU・B・Aは、見た目こそ可憐な女の子たちの集まりだけど、実力主義の傾向が強い。
毎月ファン投票と探索者実績に基づいたランキングの発表があり、下位の3名は下部組織であるU・L・Aの2名プラス、外部から選考された1名と入れ替えになる厳しいシステム。
この過酷な競争システムが、このチームを日本屈指のアイドル探索者パーティたらしめている所以だ。
探索活動やライブなどの際は48名のメンバー全員が全力で協力し合うが、普段は互いに蹴落とし合い、牽制し合うライバル関係というわけである。
「じゃああたしはもう行くわ。文句があるなら次のランキングであたしを超えてみなさいよ。……まあ、ミリンじゃ無理だと思うけど。じゃあね~」
「円樹! あんたのそういうとこ本当に嫌い! 絶対にいつかあんたを超えて追い出してやるんだからね!!」
亜麻色の髪のツインテールをバサッと翻して去っていく俺の背後から、ミリンの怒声が聞こえる。
……これが、あいつとの最後の会話だった。
◇◇◇
「へぇ~……今のを避ける? クズの分際で中々やるじゃない」
風がびゅーびゅーと吹き荒れる廃ビルの屋上で、俺はツインテールを靡かせながら右手の中にある石を弄びつつ相手の出方を窺う。
眼下に広がる少し霧の立ち込めた平野では、真っ白な全身タイツに覆面というダサい恰好をした男が、必死に俺の投石攻撃を避け続けていた。
「ほら、どんどん行くわ――よッ!」
全身と肩を魔力で強化し、石にこれ以上ないほど魔力を浸透させて弾丸のように投げつける。
――投石。
これはシンプルだが重火器の類を持ち込めない裏世界においては、かなり有効で使い勝手の良い遠距離攻撃手段だ。
普通の探索者はここまでの精度と威力は出せないだろうが、インネイトで魔力操作と探知が大得意な俺にとってはまさに十八番。このくらいの距離ならほぼ必中で当てる自信がある。
――鈴香ではなく、恐竜ワンパン男を狙っていた追跡者。
最初はこっそり背後から近寄って、隙を見て撃破しようと考えていたのだが……奴は霧のような魔術を使用しており、どうやら接近するのが難しいようだった。
初見であれば攻略が少々厄介な能力かもしれない。しかし幸いにしてこの魔術には既に心当たりがあったので、対策は用意済みだ。
あの男はU・B・A……特に黒鵜忍という女を舐め過ぎた。
あいつはあれでいて頭が回るし、非常にまじめで几帳面な性格をしている。
一度対峙した魔術師の特徴や能力などは考察・分析し、それをきちんとデータベースにまとめて、チーム内で共有しているのだ。
そこには霧の魔術を使用する男の情報もしっかりと書かれており、だから近寄れなくても魔術の射程外から攻撃すれば奴にダメージを与えられることは容易に予想できた。
そして、忍はあの男の正体についてもすでに調査済みで……奴の身元はほぼ特定するにまで至っていた。
――ワカラセマン、格闘王"渡良瀬 大"。
それがあの覆面野郎の正体だ。
「……ん? あの挙動。あいつもしかして逃げる気?」
さっきまでとは違い、重心や魔力の流れが微妙に後方に寄せられているのを感じる。
あれは確実に逃走を意識している動きだ。
「はっ、そんなの許すわけないでしょ? この超天才美少女"仁和 円樹"様から逃げおおせるとは思わないことねッ!!」
当初は予定通り、裏世界賞金首だったら捕縛して探索者協会に引き渡そうかと考えていたけれど……あいつがミリンを殺したワカラセマンだと知って気が変わった。
……ズズズッ、と魔力を左右のツインテールに流していく。
すると両サイドの亜麻色の髪の束は重力に逆らうように浮き上がり始め、それぞれが先端に先程俺が投げた倍のサイズはある石を携えてグルグルと回転を始めた。
二本のツインテールをまるで三本目と四本目の腕の様に自在に操ることから、『四手』の二つ名で裏世界犯罪者から恐れられる仁和円樹の魔術――
『――――【獰猛なる神の髪】』
髪は伸び――カタパルトのように大きく反り返ると、眼下の覆面タイツ目掛けて狙いを定める。
決して友人と呼べるような間柄ではなかったし、たぶんこれからも仲良くなることなどなかっただろう。
それでも――
忍や数人のメンバー以外は俺にビビッて話しかけてくる奴なんて殆どいなかったあのチームで、敵意を剥き出しにしながらも陰口を叩いたりはせず、真正面から何度も喧嘩を売ってきたあいつを……。
真っすぐで、努力家で、自分の夢に向かって必死に頑張っていたあいつを……俺は嫌いではなかった。
裏世界で探索者として生きるということは――常に危険と隣り合わせであり、こういった悲劇は珍しいものではない。
けれど――
だからといって、『仕方ないね』で終わらせてもよいのか?
否、断じて否だ。
家族や仲間を傷つける奴を……俺は絶対に許さない。
「――ましてや命を奪ったとなれば……八つ裂きじゃ済まないわよ!!」
俺は借りは必ず返す……! それが恩であっても、怨であっても、だ!
てめぇはここで俺が始末する!!
「レクイエムを奏でましょう、あんたの悲鳴でね! 精々派手に歌って踊って散りなさい――ワカラセマンッ!!」
ツインテールの先端から同時に射出された石の砲弾は、唸りを上げながら地上の男へと降り注いだ――――!




