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第040話「石」★

「――――これで十発目だッ!」


 俺の拳がメキッと鈍い音を立てて、小僧の顔面に炸裂する。


 先の九発で既に鼻の骨は折れ、歯は半分以上砕け、顔中の至る所から大量の血を流しているそのボロボロのツラが再び大きく凹む。


 ぐしゃりと眼球が潰れる感触が伝わるが、俺は構わずそのまま拳を振り抜く。


 すると奴は宙を舞い、十数メートルほど吹っ飛んで地面に落下すると、数回バウンドして止まりピクリとも動かなくなった。


「……むっ、しまった」


 勢い余って殺してしまったか?


 最初の数発ですぐに音を上げて命乞いを始めると思っていたのだが……予想外にしぶとく遂には九発目まで耐え抜いた為、最後は少々ムキになって手加減抜きの一撃をぶち込んでしまった。


 マズいな……。視聴者は生意気なターゲットが泣き喚いたり、命乞いしたり、全裸で土下座したりととにかく無様な姿を晒すところを見たがるのだ。


 これでは視聴者からはブーイングが入りかねな――


「う、ごほ……! はぁ……はぁ……!」


「――なっ!?」


 死んだと思った小僧がヨロヨロと起き上がってくる。


「ど……どうだ……。だ、だえぬいだ……ぞ」


「ば、馬鹿な!?」


 目の前にいるふざけた格好をしたガキは、全身を血塗れにしてガクガクと足を震わせながらも、死ぬどころか気絶すらせずに確かに意識を保っていた。


 ――こんな結果はあり得ない!


 俺は元ライトヘビー級の世界チャンピオンだぞ! その拳に全力で魔力を込めて叩き込んだというのに!


 特に最後の一発は全く手加減していない。死んでも構わないと思いながら渾身の一撃を打ち込んだ。


 だというのに……このガキは鼻の骨がへし折れ、歯も殆どなくなって、眼球が片方潰れて顔面の骨が砕けてしまっていてもなお立っている!


 ゾクリと背中に寒気が走る。


 圧倒的格下の雑魚であるはずのガキに対して、思わず一歩後ずさってしまった。


「ひゅーひゅー……。どぅだ……やぐそぐ……まもれよ……」


「……ぐぬぬぬぬぅぅぅ!」



:こいつ凄くね?

:ああ、全部無抵抗で受け切りやがった

:普通なら絶対避けるか手でガードしちゃうよな

:俺もわからせてほしい派だったけど途中からワンパン男応援してたわ

:ワカラセマン雑魚すぎワロタw

:おい、約束は守れよ

:人殺しさんでも約束くらいは守れるよね?

:なんだよ、せっかくワンパン男が全裸土下座すると思って見にきたのに

:ワカラセマンがワカラセられなくなったらもう終わりだなw

:さっさと自首すれば?

:か~え~れ! か~え~れ!



 くそったれ!! 恐竜ワンパン男をターゲットに選んだときは、アンチよりも賛同するコメントが多かったのに……!


 いつの間にかアンチどもが増え始め、このガキが俺の最後の一発に耐え抜いてからは完全に流れが変わってしまった。


 せっかく最近話題のこいつを血祭りに上げて惨めに土下座させ、アンチの勢いを削ぐと同時に、指名手配されてもワカラセマンは健在なのだと視聴者にアピールしようと思ったのに……その全てが台無しだ……っ!


「…………」


「ど、どうじだ……やぐぞぐを――」


「――ははっ! ふはははははははっ!!」


「っ!?」


 ふ~っと息を吐いて気持ちを落ち着かせる。


 今までの俺なら、視聴者の顔色を伺って約束を破ることを躊躇したかもしれないが……もうそんなことはどうでもいい。


 ……俺は、既に殺人という越えてはならないラインを越えてしまった指名手配犯なのだから。こんなガキとの約束なんて律儀に守る必要もないだろう。


「よく耐えたな。だが残念ながら約束は守れない。お前の顔を見ていると不愉快でもっと殴らずにはいられなくなってきた」


「……っ!? ぎざま!」



:クズすぎワロエナイ

:うわー引くわー

:人殺しはやっぱ違うなw

:これからはガチ犯罪者キャラに路線変更か

:でも意外と面白そうじゃね?

:正義狩りとかね

:このチャンネル民度最悪だな

:誰か早くこいつ討伐してくれ

:せっかくワンパン男のファンになったのにここで終わりなのか……



 そもそもこいつは最初から気に入らなかったのだ。


 有名人の俺が殺人まで犯してアイドルを粛清したというのに、Y(ワイッター)のトレンド一位は俺ではなくこの"恐竜ワンパン男"だった。


 これは許されないことだ。あれだけのことをした俺が、こんなガキより話題性が下だと?


 しかも先程から何発殴っても、泣きもしなければ、あのメスガキ――瀬浪(せなみ)(りん)と同じ目をしていてイラついてしょうがない。


 この俺を蔑み、心底軽蔑する目つき。


 俺に手も足も出ない雑魚ガキ共が舐め腐りやがって!


「生意気な目つきをやめろっ! お前ら虫けらはただ黙って俺に踏みにじられてればいいんだ!!」


「お、男が……やぐぞぐすらまもれないのが……」


「――黙れッ!」


 全身に魔力を漲らせ、目の前のガキの腹部に向けて渾身の右フックを振りぬく。


 ボキボキと音を立ててへし折れる肋骨。ガキの身体が宙に舞うと、血反吐を吐いて地面に転がる。


「げはっ……がふっ……。……ごべん、さどうさん……。せっがくとっぐんじでくれだのに……」


「まだ意識があるのか。だが、どれだけ耐えても無駄なことだ。助けが来ることは絶対にないのだからな」



 俺の魔術――【二人きりの逢瀬(ターゲットマン)】は、広範囲に魔力の霧を展開し、その中にいる生物の俺に対する方向感覚を狂わせる効果を持つ。


 ターゲットに定めた一人はどれだけ逃げようとも俺のいる場所へと誘導され、逆にそれ以外の生物は俺の場所が分からず素通りしてしまう。


 攻撃力が皆無である代わりに、射程距離が長く、格上の人間やモンスターに対しても効果がある。


 Sランクの黒鵜忍はおろか、一度邂逅したことのある厄災魔王の一欠片(ディザスター・ワン)ですら俺の場所を見つけることができなかった。


 そして俺が所有している中で最高レアの魔道具――"魔法戦士の腕輪"。


 自らの肉体に関する魔力操作を補助し、魔力による身体強化をより円滑に行えるようにしてくれると共に、魔術の効果を底上げしてくれる効果を持つこの腕輪を装備することで、俺の魔術の射程距離は実に300メートルまで伸びるのだ。


 つまり一度魔術が発動したら最後、どのような強者であれ俺たちを邪魔することはできない。


 文字通り【二人きりの逢瀬】! 『わからす者(オレ)』と『わからされる者(おまえ)』のな!



 地面に横たわるガキの髪の毛を掴み上げ、顔を覗き込む。


「さすがにもう限界のはずだ。最後にもう一度だけチャンスをやる。土下座して謝るのなら俺の気が変わるかもしれないぞ」


「くぞぐらえ――ぺっ!」


 血反吐の混じった唾を吐きかけられる。


 覆面のおかげで汚れるのは避けられたが……それでも俺の堪忍袋の緒をぶち切るには十分すぎる挑発だった。


「そうか……ならば仕方がない。お望み通りあの世に――」



 ――ヒュンッ!



 小僧にトドメを刺そうと俺が拳を振り上げた瞬間、風切り音が鼓膜を揺さぶった。


 ……? なんだ? 今、耳と肩の間を何かが通り過ぎたような?


 昆虫……いや、鳥か?


 違う、裏世界に地球上の生き物は存在しない。そもそも昆虫であれ、鳥であれ、小型モンスターであれ、俺の魔術の範囲内では俺に近づくことは不可能だ。


 では今のは一体――


 右の肩口に違和感を感じる。


 なんだ……熱いぞ?


 ポタリと足元に赤い液体が滴る。それが自身の血液であると気づいた瞬間――


「――うぎゃぁぁぁぁあああ!!」


 激痛と共に肩からブシャァッと噴き出す鮮血。


 慌てて傷口を押さえるも、出血は止まらない。触れてみると右肩が深く抉られていた。明らかに異常な威力の攻撃を受けたとしか考えられないほどのダメージ。


 なんだ……何が起こった!? どうして俺の魔術の範囲内でこんなことが起きている!?


 目の前の小僧以外で俺に近づくことのできる人間はいないはずなのに!


「まさかお前がやったのかぁぁぁーーーーッ!?」


「…………?」


 ……違う!? このガキは何もしていない!


 この距離から俺に全く気づかれずに攻撃をするのは不可能だ! それにこいつ自身も何が起きたのか分からないという表情をしている!


 くっ……ともあれ今は治療が先決だ。


 ポーションの入った次元収納袋はカメラと一緒にふわスラの中にしまってある。まずはそれを取り出さなければ……!



:なんかワカラセマン血が出てね?

:お? マジだ!

:もしかして恐竜ワンパン男がやったのか!?

:ワンパン男の魔術か!!

:いや、でもワンパン男ずっとぼこられてただけだぞ?

:ここまで焦ってるワカラセマン初めてじゃね?

:よくわからんがなんだか盛り上がって―――



 ――ドゴォォオン!



 突如傍で鳴り響く爆音と衝撃波。


 イヤホンの音声が途切れ、ノイズが走る。


 驚愕しながらそちらに視線を向けると、近くを浮いていた俺のふわスラが後方へ吹っ飛んでいく光景が目に入った。


「……ッ!?」


 今、一瞬だが確かに見えた……! なにかが飛んできてふわスラに激突した!


 もう間違いない! 俺は誰かに攻撃されている!


 だがどういうことだ!? 俺の魔術の範囲内ではターゲット以外は俺のいる位置が分からなくなるはず! だから敵意ある第三者の攻撃を受けるなんてことはありえない!!


 たとえ遠距離攻撃でもこんな正確に俺を狙うことなんて――


 ……ま、さ、か!?


 目に魔力を集中させて周囲を見渡す。


 すると遠くにある廃ビルの屋上に、人影が立っているのを確認できた。


 長い髪を二つに分けて束ねた、いわゆるツインテールという髪型をしている。顔はよく見えないが……十中八九女だろう。


「あ、あそこから攻撃したというのかっ!?」


 ここからは優に500メートル以上は離れている! 俺の魔術の範囲外からの"超"遠距離攻撃!!


 やられた……! 俺の魔術は範囲内にいる人間は遠距離攻撃だろうと当てることはできないが、空から降って来る隕石のように射程距離の外から放たれた既に確定している攻撃を途中で曲げるような効果はない!


 だがこの裏世界にはライフルのような高威力な銃器は持ち込むことはできない。


 なら魔術か、もしくは超レアな遠距離攻撃できる魔道具といったところか!


 くそが……。不意打ちで思わぬダメージを負ってしまったが……次はそうはいかない! どんな攻撃をしてくる! さあ、第二射を寄越してみろ!


 俺は人影に視線を向け、その挙動を見逃さないように神経を研ぎ澄ませる。


 すると……女は腰をかがめて足元にあるなにかを拾い――それをまるでプロ野球選手がボールを投げるときのように大きく振りかぶった。


「――なっ!?」


 次の瞬間、凄まじい速度でこちらへ向かってくる"なにか"。


「う、うおぉぉぉーーーーッッ!!」


 予想外の攻撃方法に虚を突かれながらも、俺はギリギリでそれを回避する。


 俺の頬のすぐ横を通過していったそれは、後方にある木にぶつかって轟音と共に太い幹を真っ二つに粉砕した。


 い、今一瞬だが飛んできた物体が見えた。


 あれはまさか……石?


「馬鹿な……!」


 魔術でも魔道具でもなく、投石? ただ石を投げただけ?


 あり得ねぇ! ライフル弾に匹敵する威力だったぞ! どんな肩してどれだけの魔力が込められたらこんな芸当ができるっていうんだ!!


「――っ!」


 息を呑む間もなく、再び投擲された石がレーザービームのように飛んでくる。


 今度は完全には避けきれず、頬を僅かに掠めた。


 ね、狙いが正確過ぎる! ただでさえこれだけ距離が離れているうえに魔術の霧で視界が悪いというのにこの精度! まさかあの距離から俺の魔力を完璧に探知してやがるのか!? そんなことができるのはインネイトくらいだぞ!?


 しかも確実に()りに来てやがる! 明らかに頭を狙っていた! 本物の殺意を伴った攻撃だ!


 裏世界賞金首は『DEAD OR ALIVE(生け捕りにしても殺してもOK)』が基本だが、相手がモンスターでなく人間である以上、普通の探索者はまず生かしたまま捕獲しようと試みるもの。


 あの女、一体何者だ……!


 こんな問答無用で『DEAD』を選択するのは、相当イカれた奴か、もしくは俺と因縁のある人間……!


「ぬおぉぉぉーーーーッ!」


 次々と放たれる投石を、何とか紙一重で避け続ける。


 駄目だ……確実にAランク上位からSランククラスの実力者だ!


 くそがぁ……! 俺の戦闘スタイルは一対一の近接戦に特化している! 同格以上の相手にこんな遠距離から一方的に攻撃されては手も足も出ない!


 こうなったら恐竜ワンパン野郎を人質にとって――


 そう思ってガキを拘束しようと試みるも、いつの間にかその姿が消えていることに気が付く。


「ふぅ~……誰かわからないけど助かったよ。おかげで動ける程度には回復できた」


「き、貴様!」


 十メートルほど離れた場所に移動していたガキが、パンパンに腫れ上がった顔でニヤリと笑いながらこちらを見てくる。


 その手にはポーションの空き瓶が握られていた。


「お前、誰かに攻撃されてるみたいじゃないか。たくさん恨み買ってそうだもんな。俺は邪魔しないほうがよさそうだ」


 こ、こ、このクソガキ! 雑魚の癖に余計な知恵回しやがってぇ!!


 俺の【二人きりの逢瀬(ターゲットマン)】は、標的を俺に近づけさせる効果はあるものの、これくらいの近距離を保たれるとそれ以上は引き寄せることができない! それに気がつきやがった!


「お前、調子に――――ぬぉ!?」


 ガキに近づこうとすると、またもや飛んでくる石。


 ギリギリ避けることはできたが、こめかみを掠めて血が滲む。


 くそくそくそっ! あんなガキ数秒もあれば拘束できるというのに! だが数秒も意識を逸らせば屋上の女の投石に撃ち抜かれる!!


 ……腹が立つがここは引くしかねぇ。


 投石は脅威だが、集中していれば避けられないことはない。


 あいつが次の攻撃を仕掛けてきたタイミングで、全力でここを離脱する!


 だが覚えてろよ! 今回は引くが、次会ったときには絶対に地獄を見せてやる!! 恐竜ワンパン男も、屋上のツインテ女もだ!!


 さあ、次の投石を放ってこい……!



「――――は?」



 そう思って屋上を見上げた俺の目に飛び込んできたのは、信じられない光景だった――。

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