第037話「追跡者」
『ウキキィーーーッ!!』
「えいっ!」
モヒカンザルが振り下ろした短剣を、俺は魔力を通したバールのようなもので弾き飛ばす。
そしてがら空きになった胴体に種口くんが拳を叩き込むと、猿は『ギャヒッ』と甲高い悲鳴をあげて地面を転がり、光の粒子となって霧散した。
「ふぅ~……。やっぱり敵が武器を持ってると威圧感が全然違うな……」
「たとえ魔力でガードしていても、刃物を受け止めるのは勇気がいりますからね」
あれから小一時間ほど探索を続けて猿退治に慣れた俺たちは、山を少しだけ登って武器持ちが出現するエリアまで来ていた。
ここからは種口くん一人では少し厳しくなるので、俺もフォローしながら二人で連携して戦っている。
「それにしても、また武器ドロップしなかったですね~」
「俺はいらないけど、佐東さんはそろそろバールのようなものを卒業したいよね」
そう言って種口くんは短剣を持っていたモヒカンザルが消えた場所を見るが、そこには何も落ちていない。
モンスターを倒すと彼らが装備していた物も一緒に消滅してしまうので、ドロップするか宝箱から出ないと新たな武器は得られないのだ。
ちなみに敵を倒さずに武器を奪った場合、短い時間だけ所持できるが徐々に透けていって最終的に消えてしまう。敵とある程度距離が離れても同様に消失するぞ。
「せっかくなので、もうちょっと先まで進んでみましょうか?」
「うん、佐東さんと一緒なら心強いし俺は問題ないよ」
「それでは――」
……ん? これは……。
「どうしたの? また立ち止まって。さっきから何か気になることでも?」
「あ、いえ。ちょっと考え事してただけです。さあ、行きましょう!」
そうして俺たちはさらに高尾山を登っていく。
二人で猿退治を続けることさらに数十分――中腹付近まで来たところで、前方に大量の魔力反応を捉えた。
ふむ……今日一番の大所帯で、しかも待ち伏せしてる感じだな。
このまま無警戒で突っ込んでいくと、少々面倒な展開になりそうだ。
しかし鈴香はまだ魔力探知が使える段階にないのだから、そんな気配を見せないように振舞わなければならない。
うまくそれっぽい理由を作って種口くんに注意喚起したいところだが――
「……ん? 佐東さん、前方に群れがいるっぽいね。数は……五体かな。ちょっと手前に木の陰に潜んでる奴がいるから注意しないとね」
「え!? なんでわかるんですか!?」
おいおいおい、数や場所まであってるぞ! どういうことだ? 魔力操作は苦手なんじゃなかったのか!?
まだ余裕で25メートル以上の距離がある。Aランク級じゃないと気づかない位置関係のはずなのに……!
「あ、あれ……? プロならこれくらい普通だと思ってたんだけど……?」
「普通じゃないですよ! 一体どうやって感知したんですか!?」
「え~……どうやってって言われても困るけど……なんとなく? 俺なんか特別なことした?」
「したんですよ! なに不思議そうな顔してるんですかっ!?」
:これって普通のことですよね?
:俺なんか特別なことした?
:急に強キャラオーラ出すのやめろwww
:遠距離の魔力探知ができるやつなんてプロでもごく一部だけだからな
:やっぱこいつ実はSランク級だろw
:天然の鈴香たそがツッコミ役に回ってるのは新鮮だなw
ほらぁ、視聴者にまたいらぬ勘繰りを与えてしまったじゃないか!
なんでこのタイミングで急に伊喜利晴武みたいなこと言い出すの、この人……。
あと俺は天然じゃありません。
「遠距離の魔力探知ができるんですか?」
「いや、さっきも言ったけど俺は魔力操作が大の苦手だから数メートルの探知もできないよ。これは【鬼眼】を使ったときだけ得られる感覚というか……なんとなくいるな~っていうのがわかるんだよね」
……なるほど、魔力ではなく動物的な感覚で察知しているということか。
彼の【鬼眼】は自らの五感を野生動物並みに強化させる力があるのかもしれない。
やはり種口くんは特化型の人間だな。ダン学の教師陣は彼に探索者失格の烙印を押してしまったようだが、個人的には非常に稀有な才能を秘めた逸材だと思う。
日本人というのはこういった特異な個を持つ人間を評価せず、皆と同じことをやってそれが人並み以上にできる人間こそが優秀だとみなす風潮があるのが実に残念だ。
探索者であれ、スポーツ選手であれ、芸術家であれ――歴史に名を刻むような偉大な功績を残すのは、得てしてこういうタイプの人が多いのだがなぁ。
『ウキャキャッ!』
『ウキキキキッ!!』
俺たちが立ち止まって話しているのを見て、待ち伏せがバレたと思ったのか、二匹のモヒカンザルが木陰から飛び出してきた。
手にはそれぞれ槍と鞭を持っており、威嚇するようにそれらをこちらへと向けてくる。
「よし、俺が壁になってあいつらを引き付けるから、佐東さんは隙を突いて攻撃をお願い! 頼んだ――」
「――ちょっと待ってください」
「ぐえっ!」
走り出した種口くんのパーカーの背びれ部分を掴んで、勢いよく引っ張る。
……やれやれ、敵の気配を察知するまでは良かったものの、その後の対処方法が雑すぎだ。
「ゴホッ……ちょ……佐東さんなにするの……」
「35点ですね。せっかく索敵能力が高いのにそれを活かしきれていないです」
「さ、35点!?」
:35点wwww
:ソロだとわからなかったけどスズたそ意外と辛辣だなw
:新たな魅力がどんどん見つかるなぁ
:ワイもスズちゃんに評価してもらいたいンゴ……
:↑チビ、ハゲ、デブ、無職、童貞で5点です
:も、もしかしたら鈴香たそは童貞好きで童貞は採点プラスかもしれへんやろ!
:草
:まあ世の中にはそういう女性もいるだろうしなw
:ところでなんで気配察知したのに35点しかもらえなかったんや?
視聴者や種口くんの疑問に答えるように、俺は猿たちを指差しながら解説を始める。
「複数の敵と対峙する場合、より周囲に気を配らなくてはいけません。あの正面にいる二体、なんだか私たちを誘っているように見えませんか?」
「……そういえば、ちょっと動きが変かも」
二匹の猿は襲いかかってくる気配を見せず、槍で草や木を薙ぎ払ったり、鞭をペシペシと地面に打ち付けたりしている。
その行動パターンは明らかに不自然で、まるで自分たちの方へ来るように誘導しているかのようだ。
「これは典型的な罠のパターンですね。おそらく残りの三体が投石や弓などの遠距離攻撃で私たちを狙っているはずです」
「そ、そんなことまでしてくるんだ」
「はい、モヒカンザルはゴブリンより頭がいいですからね。群れになるとこういった戦術を使ってきます」
「ああ……それで35点か。つまりせっかく気配探知ができるんだから、正面の奴らは無視して隠れてる奴から狙えってことか」
「その通りです! 狩りをするときは見えるターゲットよりも、見えない敵を注意する必要があるんです」
ターゲットを追跡していると、ついつい目の前の獲物しか見えなくなってしまうものだ。だから周囲の環境にも目を光らせておかなければいけない。
そして……その中でも、最も気をつけなければならないのが――
――自分の背後である。
これは配信中なので今は伝えることができないが、先程からずっと、俺たちの後方をぴったり200メートルくらいの距離を保って追跡してきている人物がいるのだ。
高尾山は人気の探索スポットだから、最初は偶然進む道が同じなのか、もしくは他の探索者を追いかけているのだと思っていた。
しかし意図的に人のいないようなルートを選んで歩いても、決して離れずについてくる。
となると、やはり俺たちを狙っていると判断せざるを得ない。
種口くんは全く気づいていないようだ。ここまで察知できて初めて百点満点をあげられるのだが、今の彼ではさすがに難しいだろう。
で、この追跡者がどんな奴なのかというと……。
足運び、身体に纏う魔力、追跡スキル、その他諸々の情報から相手の脅威度を推し量るが……相当の手練れだ。探索者ランクでいえば少なくともBランク以下ではないだろう。
そして、微弱な殺気のようなものを感じるあたり、俺たちに対する害意も間違いなく持っているようだ。
こいつは迷惑系配信者やパパラッチの類ではなく、狩る気満々のハンターだ。俺の経験から予想するに、裏世界賞金首の可能性が高いと思う。
何度か襲われてもおかしくないような場所を歩いたりしたのだが、いまだに仕掛けてくる気配はない。
俺が配信をしているからか、それとも二人で行動しているからか……。いずれにせよ、かなり慎重な性格をしているらしい。
このことから推測されるのは……奴のターゲットは鈴香か、恐竜ワンパン男か、どちらか一方だということだ。
どちらもあり得る。俺たちはここ数ヶ月で一気に知名度を上げた十代の若者。そういった人間を快く思わない輩は一定数存在する。
おそらくだが……俺たちがバラけたタイミングでどちらかを襲ってくるはずだ。
このままカメラを回し続けながら、二人片時も離れないまま裏世界を抜けてしまえば今日はやり過ごせるかもしれない。
……だが、俺の勘が告げている。こいつは放置しておかないほうがいい。ここで確実に捕らえておくべきだ、と。
とりあえず種口くんにはこの件については触れずに、さっさと猿どもを倒して、まずは今日の配信を終わらせてしまおう。
それから『追跡者逆捕縛作戦』の開始といこうか。




