第035話「コラボ配信」
「そこでワタシは言ってやったんデスよ『ワタシなんかヤっちゃいマシたか? これくらいクレイジージャパンではごく普通のことデスよ』ってね! HAHAHA!」
「さすがにそれは日本でも普通じゃないだろっ!?」
「あはははっ! ボブくんは面白いですね~」
ボブのジョークに種口くんがツッコミをいれ、その横で俺はくすくすと笑う。
そんな風に俺たちが他愛もない雑談をしながら学食でお昼を食べていると、英一がなにやら慌てた様子でこちらに走って来た。
「はぁ……はぁっ……。お前ら、ここに居たのか」
「あ、英一くん。聞いてくださいよ、ボブくんが面白いんですよ」
「それどころじゃねぇって! お前らこれを見ろよ!」
そう言って英一が俺たちに見せてきたスマホには、裏世界関連のゴシップを主に扱うニュースサイトの画面が表示されていた。
『恐竜ワンパン男の正体、遂に判明! その素顔が明らかに!?』
記事には黒目線は入っているものの、ダンジョン学園の制服を着た男子生徒が写っている写真が何枚も載っている。
内容も元Fクラスの生徒であったが、今はDクラスに在籍しているということまで詳細に書かれており、少しでも種口くんを知っている人ならば、すぐに彼と結び付けることができるだろう。
「OH~、ついにバレてしまいマシタか」
「くそが! 誰がチクりやがったんだ!」
ボブと英一は既に種口くん本人から自分が恐竜ワンパン男であるということを明かされており、彼らはそれを秘密にしてくれていた。
最近はクラス内でも種口くんを悪く言う人は殆ど居なくなったし、やっと彼が安心して修行に専念できる環境が整ったと思っていた矢先に、これである。
「あ~、さすがに隠し通せなかったか……」
「……なんかあまり焦ってないですね?」
「まぁ、いつかはバレるだろうとは思っていたからね」
噂とは、いつの時代もどこからともなく流れていくものである。
ダン学の学生であることと、後ろ姿が映った動画がネット上で拡散されている以上、彼もいずれこうなることを覚悟していたのだろう。
「で、どうすんだ? お前の『力』を見せてみろと絡んでくる奴らが増えるかもしれねぇぜ」
「まだ恐竜ワンパン男はSランク級だと疑っている人も多いみたいデスからね~」
既に協会からは封印石の下にはダンジョンがあって、あの黒ティラノ単体はそこまでのモンスターではなかったことが公式に発表されている。
しかし最初の動画がバズったときのインパクトが強くて、未だに種口くんをSランク級の探索者だと信じている者は一定数いるようだった。
「う~ん、それならもういっそ、私の配信に出て直に弁明しちゃいます?」
「……俺が、佐東さんの配信に?」
「はい、そこで改めて黒ティラノは見た目より強くなかったこと、そして迅くんはプロになりたての新人探索者に過ぎないことを説明するんです。そうすればネットの噂もある程度収束していくと思うんですよね」
「おぅ、ナイスアイデアじゃねぇか!」
「種口サンが強すぎズ、弱すぎズ、というところを視聴者に見せつけるわけデスね! それはいいかもしれまセン!」
英一とボブの二人は俺の考えに賛同してくれたが、肝心の種口くんの表情は浮かない様子だ。
「アイデア自体はいいと思うんだけど……男が佐東さんの配信に出るとかファンに叩かれない?」
「あはは~、私のファンはそこまで狭量じゃないですよ~」
「そ、そうかなぁ? それに生配信で素顔を晒すのはやっぱちょっと勇気がいるというか……」
「それなら私がカッコいい変装道具を用意してあげますよ! 私、男の子のそういう服のセンスにはちょっと自信があるんです!」
「おい種口、女にここまで誘われておいて断るなんざ男じゃねぇぞ」
「その通りデスね。ここは男らしくビシッと決めるべきデス」
「わ、わかったよ……。それじゃあお願いしようかな」
俺たちの熱量に押されたのか、種口くんは折れるように承諾する。
こうして佐東鈴香初の、ゲストを招いての裏世界配信は急遽決定したのだった。
◇
数日後――俺と種口くんがやって来たのは、裏世界の"高尾山"だ。
東京都の外れに位置するこの山は、難易度2~3の比較的安全な区域で、ネコカンガルーから次元収納袋を入手した初心者や、プロになりたての人々が主に活動しているエリアだ。
ここには"モヒカンザル"という、名前の通り世紀末のような髪型をした猿が生息しており、それ以外のモンスターは一切出現しない。
モヒカンザルは素手の個体の他に、様々な武器を持った個体も存在し、それらを倒すと稀にその種類の武器をドロップすることがある。
特殊効果の付いたレアな武器は滅多に出ないが、それでもバールのようなものを卒業して、少しでもマシな武器を手に入れたい駆け出しの探索者にとっては、絶好のスポットだ。
そして獣系モンスターのモヒカンザルしか出現しないここは、種口くんの【鬼眼】とも相性がいいので、今日のコラボ配信を行う舞台としてはピッタリの場所なのであった。
「迅くん、それでは配信を開始しますが準備はよろしいですか?」
「――ちょ、ちょっと待ってよ佐東さん!」
「どうかされました?」
「ほ、本当にこの格好でやるの?」
「ふふっ、すごくカッコいいじゃないですか。似合ってますよ」
「え~……本当? 俺的にはめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど……。いや、でも佐東さんが言うならやっぱカッコいい……のか?」
困惑した表情を浮かべる種口くんは今、尻尾の生えた緑のスウェットパンツに、背びれとトゲのついた緑のフード付きパーカーという出で立ちをしている。
パーカーの胸部にはグーパンチのイラストが描かれていて、そのカッコよさといったらもう尋常ではなかった。
これは『恐竜ワンパン男』という称号にちなんで、俺が彼のために自らデザインを起こし、そして縫製まで施した渾身のオリジナル衣装だ。
自分でも一度着てみて「がお~!」ってポーズをしてみたら、リノもめちゃくちゃかわいいって褒めてくれたし、今回はセンス的に問題はないはず。
ついでに顔を隠すために、モノクルと黒マスクも着けてもらったけど、これがまた最高にイケてる感じになってしまっている。
……う~ん、自分の衣装でないのが残念なくらいだぜ。
種口くんがカッコいい衣装とイヤホンとマイクを無事装着できたのを確認し終えてから、俺はふわスラの中にカメラと配信デバイスをセットする。
「では配信を始めていきますね~」
「え!? ちょ、まだ心の準備が――」
「みなさんこんにちは~、佐東鈴香です~! Yでも告知した通り、今日はなんとゲストをお呼びしております!」
わたわたと慌てる種口くんを余所に、俺はポチッと配信ボタンを押して視聴者に挨拶をする。
すると瞬く間に大量のコメントが流れ出した。
:きゃー! 男よ! 鈴香たその隣に男がいるわぁぁぁ!!
:男消えろ男消えろ男消えろ男消えろ
:やめてよぉ! スズたその初ゲストが男だなんてぇ!!!
:あぁぁぁああぁぁぁああぁぁ!!!!!
:ガチ恋勢発狂しすぎワロタw
:落ち着けよ、Yで自分を助けてくれた恐竜ワンパン男の噂が変な方向に行っているから誤解を解いてあげたいって言ってただろw
:まぁみんなノリで騒いでるだけだから気にすんなww
:↑俺は本気だ。おいワンパン男、スズちゃんの一メートル以内に近づくなよ!
:つかワンパン男の恰好草なんだwww
:ダサすぎて草生える
「ちょっと佐東さん!? ファンの人たち殺伐としてるし恰好もダサいって言われてるんだけどっ!?」
「あ、あれ~……おかしいですね……? あはは……」
ま、まあゲストとか初めての試みだし、多少のトラブルは仕方がないよね。
……うん、気を取り直して配信を続けるとしますか。




