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第030話「ダン学の授業」

「ってわけでだな、モンスターにはレベルっつーもんが存在する。といってもゲームみたいに分かりやすく数字で表示されるわけじゃないぞ。長く生きて魔素を蓄えてきた奴や、同士討ちや魔力使いを殺したりしたことで魔素を大量に吸収した個体が、より強く凶暴になるっていう意味だ」


 金髪でスタイル抜群の長身美女が、黒板に書き殴った文字をトントンと指で叩きながら教鞭を振るっている。


 彼女は一年Aクラスの担任である"レベッカ・ヴァンダーウォール"先生。


 ベッキーの愛称で生徒たちから慕われている彼女の担当科目である『モンスター学概論Ⅰ』の授業は、今日も教室いっぱいに生徒たちが集まっていた。


 俺も今日はこの授業を筆頭にいくつか受けたい講義があるので、珍しく朝から登校しているぞ。


「大抵のモンスターは強くなったら進化して見た目が変わるんだが……稀に進化しないままレベルだけが上がる奴がいる。そういうのが厄介でな。例えば見た目はただのゴブリンなのに、中身は鬼みてぇに強かったりするパターンもあるから注意が必要だな」


「ベッキーせんせ~い! そういう個体ってどうやって見極めるんですか~?」


「内包している魔力を注視するのが一番だな。モンスターは自分の力を隠すってことはまずしないから、魔力の多寡(たか)を見ればすぐに分かる。ただ、魔力探知は高等技術だから最初は無理だな」


「え~それじゃあ対策のしようがないじゃないですか~」


「まぁそういったタイプは滅多にいないし、魔力を探るまでもなく大抵動きがやべぇから判別しやすい。とにかく危ないと思ったら即逃げるこったな」


 ピッと指を立ててウインクするベッキーに、生徒たちからは感嘆の吐息が漏れる。


 さすがはダン学一の美人教師と称されるだけのことはあるな。俺の母親に少し雰囲気が似てるので、思わず「お母さん」と呼びたくなる衝動にかられるぜ。


「さて、じゃあ今日は最後にこの進化しないままレベルアップしたヤバいモンスターが巻き起こした事件について語ろうか。お前ら、十年前に起きた『ドッペルベンガー事件』については聞いたことあるか?」


「はい、お母さん! 有名なアイドルが二人に分裂したってあれですよね?」


「おい佐東、お母さんってなんだよ!? アタシはまだ26だぞ、せめてお姉ちゃんって呼べ!」


 しまった、心の中で呼んでいたらついポロっと言葉に出てしまったようだ。


 教室内がどっと沸いて、周囲から「佐東さんかわいい~」とか、「俺もパパとかお兄ちゃんとか呼ばれたい!」といった声が聞こえてきて、思わず頬が熱くなる。


 ……だってしょうがないだろう、うちの母親は30代でも20代前半としか思えないくらいの童顔なんだから……。


「まあいい。それでな、この事件はレベルの上がったゴブリンサモナーが引き起こしたものでな――」



 ――ドッペルベンガー事件。


 十年ほど前、当時トップアイドルとして君臨していた"花咲里(かざり) 姫奈(ひめな)"という少女がある日突然二人に増えてしまったという摩訶不思議な騒動のことだ。


 彼女たちは二人ともそれぞれが自分は本物だと主張して譲らず、パニックに陥って暴れた本物のほうが偽物として拘束されてしまうなど、多くの混乱を引き起こした。


 最終的には片方がゴブリンサモナーの召喚した"ミラースライム"が擬態した姿であったことが判明したものの、今までに確認された例がないほどに精巧なコピーだったために、誰も偽物だと気づくことができなかったのだそうだ。



「ミラースライムはゴブリンサモナーのみが召喚で生み出せる特殊なモンスターだ。そのピカピカの身体に映した人間に化ける能力があるが、普通は外見がそっくりなだけで、知能もなく動きも単調。ただ相手を惑わす程度の脅威に過ぎない」


 しかし、ゴブリンサモナーには召喚したモンスターに魔力を流して強化する能力があり――。


「花咲里姫奈は当時U・B・Aアンダーワールド・バトル・エンジェルスに所属していて、探索者もやっていた。それで裏世界でこの高レベルのゴブリンサモナーと遭遇して、やばいと感じて逃げ出したんだが……そのときにミラースライムに姿をコピーされてしまったんだな」


 ミラースライムの弱点は魔力量の少なさにある。


 そのため、人をコピーしてもすぐに魔力がなくなって、数時間も経たずに消滅してしまう場合が殆どだ。


 そしてゴブリンサモナー自身も大した魔力を有していないため、本来であれば強化してもたかが知れているのだが……。


「大量の魔力を持っていた高レベルゴブリンサモナーは、花咲里姫奈のコピーに魔力を延々と注入し続けた。その結果、コピーはどんどんとリアルになり――遂には本物と同等の知能を持つようになったんだ。そしてとうとうコピーは自分が本物だと錯覚してしまい――主人の元から逃げ出して表世界へ行方をくらました」


「え!? モンスターなのに裏世界の門を突破できたんですか?」


「そう、それがこの事件の一番ヤバいポイントだ。普通はモンスターは裏世界から外に出ることは出来ない。だが、あまりにも人間に近づいた個体は境界線を越えられることが明らかになったわけだ」


 通常、ゴブリンサモナーはレベルが上がればゴブリンアークメイジに進化して召喚の能力を失うので、こういった事故は起きない。


 だが特異体質で進化しないままレベルだけが上がったこの個体は、魔力総量のみが大きく増加し――結果としてこのような前代未聞の事態を引き起こした。


「そ、それって……今も俺たちのドッペルベンガーがどこかに潜んでいるかもしれないってことですよね……?」


「ははは、そいつはもう討伐されたから安心しな。……だが、表でもこういったイレギュラーな事態が起こり得るってことは頭の片隅に置いとけよ。探索者として生きていくなら尚更な」


 そう言ってベッキーがパンッと両手を叩いた直後、チャイムが鳴り響いて彼女の授業は終わりを迎えた。


 ……


 ……


 ……


「で、あるからして……裏世界にも海は存在しますが、日本列島の外側は深い霧に包まれていて数メートル先を視認するのも困難な状況となっています。また、空や海に出現するモンスターも非常に強力なものばかりで――」


 もうお爺ちゃんといって差し支えないような老齢の講師が、黒板にチョークをカツカツと走らせながら熱弁しているのは『裏世界の地理と生態系』という授業だ。


 今日は主に裏世界の海について話されているのだが、クラスの生徒たちは大半がうつらうつらと舟を漕いでいる。


 ……こんな面白い内容の授業なのに勿体ないなぁ。


「はい! 先生、質問いいですか?」


「どうぞ、佐東さん」


「裏世界の海の向こうにはなにもないのか、はたまた表と同じように陸地が広がっているのか、先生はどちらだと思いますか?」


「……ふむ。非常に良い質問ですね」


 俺の質問に老講師はにやりと口元を緩ませると、一度メガネを外して綺麗に磨いてから再び装着してこちらに向き直る。


「現状の結論としては、『答えは不明』となります。なにしろ先程も言った通り霧が濃すぎるうえに、表のような高性能の船や航空機の類は一切存在しない。そして出現するモンスターのレベルも相まって、探検隊を組むにも非常に難易度が高いのです」


「衛星の類も一切ないですからね」


 裏世界でロケットの打ち上げを行うことは非常に難しい。


 部品を持ち込んで向こうで組み立てて発射……なんてことも理論上は可能らしいが、裏世界の空には謎の力場が発生しているようで、高高度まで上昇した物体は不思議な力で押し返されてしまうのだ。


 裏世界のマジックアイテムの中には、巨大なふわスラのように人を乗せて飛べるものもあるが、空のモンスターは非常に強力かつ飛んでいる人間に対して執拗に攻撃を仕掛けてくるため、空からの探索は実質不可能に近い。


「ただし近年になってカメラの性能も上がり、以前よりも鮮明に映像記録を残せるようになりました。そして防御性能と機動力に優れたレアなふわスラにカメラを搭載して、一番近い朝鮮半島の方に向かって飛ばしたところ――」


「大陸のような影を捉えたんですね?」


「その通り! その直後にふわスラは巨大な竜のようなモンスターに破壊されて映像は途切れてしまいましたが……。この結果、近年では裏世界の日本の外にも陸地はあるという説が有力になっています」


 いつの間にか眠そうにしていた生徒たちも目を覚ましており、興味深そうに講師の話に耳を傾けている。


「ですが、現状では大陸があっても渡る方法がない。それが一番の問題点ですね。一説によると、何らかの条件を満たせば、日本以外にも裏世界へ繋がる扉が世界各地に出現するのではないかと――」



 ――キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン♪



 話が盛り上がってきたところで、残念ながら授業終了の鐘が鳴ってしまった。


「……時間ですか。仕方ありません、今日はここまでにしましょう」


 講師が教室を出て行くと、クラスメイトたちは次々と椅子から立ち上がる。


 今日はこれが最後の授業だったので、皆これから探索者活動をしたり訓練をしたりとそれぞれ思い思いの時間を過ごすのだろう。


 俺は隣を向いて、真剣な表情で板書の内容をノートに書き写している種口くんに話しかける。


「迅くんは今日も裏世界探索に行くんですか?」


「うん、そのつもりだよ。俺は弱いから少しでも実戦経験を――」


「意味ないだろ、Fクラスの無能がなにやってもさ」


「実戦経験とか時間の無駄だから、さっさと諦めて一般高校にでも転校したほうがいいんじゃねぇの?」


 俺たちの会話を遮るようにして、近くにいた男子たちが嫌味を言いながら横切っていった。


 他のクラスメイトたちもクスクスと笑い声をあげて、小馬鹿にするように種口くんを見つめている。


 ――あの魔力戦闘実技の授業以来、種口くんのDクラスでの評判は地に落ちてしまった。


 そしてここ数日は、いつもこういった陰口を窘めるボブがアメリカの実家に帰省しているため、クラスメイトたちの言葉にも遠慮がなくなってきている。


「……迅くん、そろそろガツンと一言言ったほうがいいんじゃないですか?」


 俺は周りには聞こえないように、そっと種口くんに囁く。


「いや、いいんだ……。言われてる事は全部事実だし……」


「あまり自分を卑下しすぎるのはよくないですよ? 迅くんは十代では滅多にいない魔術師なんですし『やれやれ……魔術も使えないDクラスの盆暗どもはぴーぴー囀るしか脳がなくて困るぜ』みたいな感じで返してやりましょうよ」


「それはさすがにイキりすぎじゃない!?」


「"伊喜利(いきり) 晴武(はれむ)"ならこれくらいは普通に言うと思いますけど……」


「"伊喜利(いきり) 晴武(はれむ)"!? 誰それっ!?」


「晴武は『魔法学園の最底辺(ry』の主人公ですよ? アニメ化も決定してる人気作品なんですけど知りませんか?」


「あ、ああ……漫画の話ね」


「はい! 晴武は魔法学園で最も才能のないF級の落ちこぼれなんですが、自分は天才だと思い込んでいていつも態度がデカいんです。それで様々なトラブルを巻き起こすんですが、彼を大好きな超天才の妹がいつも秘密裏に事件を解決してしまうんですね。それを周りが勝手に晴武の功績だと勘違いしてしまい、彼はどんどん地位を高めていくっていうお話で、これがまたペラペラペラペラ(めっちゃ早口)」


「わ、わかったから落ち着いて!」


「あっ、すみません。つい熱くなってしまいました」


「でも正直ちょっと面白そうと思ってしまった……。てか佐東さんって漫画とか読むんだね」


「はい、幼少期の頃はあまり触れる機会がなかったんですけど、最近漫画に詳しい友人が色々と名作を貸してくれて完全にハマっちゃいました」


「へぇ、そうなんだ」


「日本は裏世界ばかりが有名ですけど、この国の漫画は世界に誇るべきカルチャーですよ! 日本人はもっとオタク文化をリスペクトするべきだと私は思うんです!」


「ははっ! ボブも全く同じこと言ってたよ。なんだか佐東さんってたまに外国人みたいなこと言うよね」


「……」


「佐東さん……?」


「それより迅くん。今日は裏世界に行くって言ってましたが、予定を変更することはできますか?」


「え? まぁ……大丈夫だけど」


「――なら、私と特訓でもしませんか?」

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