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第029話「デメリット」

「どうした? かかって来ないのか? そっちの少年、この状況でまだ全身を魔力で覆ってすらいないのはさすがにどうかと思うぞ?」


「……い、いや。俺は」


 渡良瀬が一歩こちらに近づくと、種口くんは小さく後ずさった。


 地面に倒れながら俺たちのやり取りを見守っていたクラスメイトたちも、不審そうな顔つきになってざわめき始める。


「あの人、どうしたんだろう……」


「なんか震えてないか?」


「……もしかしてなんだけど。彼、魔力で体を覆うことができないんじゃないの?」


「まさか。プロでそんな奴いるわけないだろ」


「でも、あいつつい先日までFクラスの最底辺だった奴だろ。やっぱりDクラスにあがったのはなんかの間違いだった可能性もあるぜ」


 ざわざわと囁き合っている生徒たちの表情が、次第に冷たいものに変わっていく。


 種口くんも自分に向けられている蔑むような視線に気づいたようで、慌てて魔力を身体に纏わせようとするが――


「――うぐぅ!?」


 全身どころか拳にちょっとの魔力を集めただけで、留めておくことすら出来ずに霧散してしまった。


 これを見た渡良瀬の顔が失望したように曇る。


「ふぅ……。Dクラスは全員がプロの探索者だと聞いていたが……まさかここまでの未熟者が混じっているとはな。いくら学生とはいえ、君のような存在はここにいるべきではない。すぐにこの場から立ち去りたまえ」


「……っ!」


「どうした? 早く去れと言っている」


「やば……あいつマジで魔力による身体強化すらできねぇのかよ」


「格闘王の言う通りだな。何しにこの授業受けてんだよ」


「てか、私たちまであの人と同レベルって思われるのが恥ずかしいんですけど!」


「早くFクラスに戻ってくれねぇかな」


 生徒たちの声が次第に大きくなっていき、種口くんに向けられる視線も厳しさを増していく。


 彼らの言っていることは厳しいが、正しくもある。プロの探索者が魔力で身体強化すらできないなどということは、あってはならないのだから。


 ……なぜ種口くんは【鬼眼】を使わない?


 ニナから聞いた彼の魔術。発動すると身体能力や魔力量、魔力操作技術が大幅に向上するという強力な能力だ。


 普段は凡人以下の魔力量と魔力操作技術しか持たない種口くんであるが、【鬼眼】の力を解放することで、あの黒ティラノすらも単独で葬り去るようなとてつもない力を振るうことができる。


 開放度が上がるにつれて肉体にかかる負荷も増加していくらしいが、20パーセント程度までなら筋肉痛程度で収まるようだし、自然治癒力の上昇するここ裏校舎ではうってつけの力といえる。


 それを何故発動しない?


「貴様……たかが授業でいくらなんでもビビり過ぎだろう。そのような体たらくでよくこの学園に入学できたものだ。どうせ探索者を目指したのも楽に金を稼げそうだとか、他人の視線を集めたかっただけとかそういう理由だろ」


「違っ!?」


「だったらせめてかかってくる気概を見せてみろ。無理ならとっとと去れ」


「っ……くそっ」


 種口くんの口から悔しそうな呻き声が漏れる。


 これだけ言われてもなお【鬼眼】を使おうとしないのは……。



 ――なるほど、読めてきたぞ……彼の力の秘密が!



 普段はまともに身体強化すらできない種口くんが、魔術を使用しただけで黒ティラノをワンパンで撃破できるほどの超人になれるなんて、あまりにも能力のブースト効果が高すぎると思っていたのだ。


 おそらく彼の【鬼眼】には、その高すぎる力を打ち消すような大きなデメリットが最低でも二つ存在していると考えられる。


 一つは発動した後に訪れる身体の反動。


 これは黒ティラノを倒したとき実際に俺も目にしている。現状では50パーセント以上の力を開放した場合、肉体に深刻なダメージが入り死の危険すら伴うようだ。


 だが、これは上手く使えばポーション等で治すことが可能だし、魔術の練度を上げていけば負荷を抑えることも可能になるはずだ。要はリスクマネジメントさえしっかりしていれば問題はない。


 重要なのはもう一つのデメリット。


 噂では種口くんは、性格の悪い同級生からいじめのような行為をされていたそうだ。しかし彼は、手を出されても決して反撃することはなかったという。


 やり返す勇気がないなんてことは、彼の今までの行動から絶対にあり得ないだろうし、俺は勝手に心優しい性格だから人を傷つけたくなかったのだろうと解釈していたが……今の光景を見て違うと分かった。


 それにさっきから顔を青ざめたり足を震わせている挙動……俺から見ると少し演技くさい。まるでなにかを隠すためにただの臆病者だと周囲に思わせようとしているかのように感じる。


 これまでの状況から導き出される仮説は一つ――



 彼は【鬼眼(・・)を発動した状態で人間(・・・・・・・・・・)を攻撃することができ(・・・・・・・・・・)ない(・・)のだ。



 攻撃しない(・・・・・)のではなく、できない(・・・・)が正しいのだろう。


 そして彼はそれを誰にも悟られないようにと普段から演技をしている。


 先ほど渡良瀬に煽られたとき、彼は一瞬怒りの表情を覗かせて瞳に大量の魔力が宿したが、すぐにハッとしたような顔つきになりそれを霧散させてしまった。


 俺の予想が正しければ――【鬼眼】を発動した状態では、強制的に人間に対する暴力行為が不可能になる。もしくは人間を攻撃してしまった場合、尋常ならざる反動が現れるといったところか。


 いや、これまで彼がDランクに上がれずにずっとEランクで燻っていたことを考えると、人間に近い姿形をしたモンスターにすら攻撃できない可能性が高い。


 これは探索者として活動するには致命的な欠陥だ。


 裏世界では犯罪者のような人間とのトラブルは日常茶飯事だし、危険度の低い区域ではゴブリンやオーク、コボルトといった亜人系モンスターと遭遇することも多い。


 また、逆に最高難易度の区域では知性を持った人間に近い外見をしたモンスターが出現するようになる。


 あの厄災魔王の一欠片(ディザスター・ワン)も、約半数が人間に近い姿をしているという報告があるくらいだからな。


 このデメリットを克服しない限り、種口くんが探索者として大成する未来はないだろう。


 ダン学は探索者育成の名門校ではあるが……良くも悪くも日本的であり、彼のような尖ったタイプをうまく伸ばせる場所ではない。俺なら彼の問題を解決する方法をいくつか教えてやることはできるが――



「時間の無駄だな。強制的に君を追い出すしかないようだ」


 渡良瀬がそう呟きながらこちらに近づいて来たので、俺は種口くんを庇うように前へ進み出る。


「先生、まだ私が残っていますよ」


「ん? ほう……魔力量は年相応だが、全身を覆う魔力に一切の乱れがない。素晴らしい魔力操作技術だな」


「恐縮です。……ですが」


 俺は全身を覆っている魔力を霧散させると、生身の状態になって渡良瀬の前に立つ。


「どういうつもりかね? まさかその状態で俺とやり合うつもりか?」


「えぇ、もちろん」


「……この格闘王渡良瀬も舐められたものだな。いいだろう、こういう無謀な若者が裏世界ではどうなるのか、今ここでその体に教えてやろう」


 ピキピキっとこめかみに青筋が浮かび上がる渡良瀬。


 先程からのやり取りで想像してはいたが、やはりかなり短気な性格のようだ。


「佐東さん!」


「見ててください迅くん。戦闘は魔力量だけで決まるわけではないということをお見せします」


 全身に膨大な魔力をまとった渡良瀬が、超スピードでこちらに詰め寄ってくると、俺のジャージの胸ぐらを掴む。


 そう来ると思ってたよ。


 さっきから男子はパンチや蹴りで無遠慮に攻撃していたが、女子は全員を投げ技で大けがをさせないように配慮して対処していた。こいつは世間体を気にするタイプの人間でもあるのだろう。


 だからこそ、最初に仕掛けるときは絶対に掴んでくると思ったのだ。


「……ぬぅん!」


 渡良瀬は胸ぐらを掴んでいる右腕に力を込めて投げ技を掛けようとするが、俺は身体を脱力させて重心をずらすと、その力を利用しながら軽く掴まれている手を引く。


 すると渡良瀬の体は勝手に勢いよく回転していき、そのまま地面へと叩きつけられた。


「――うぐぅッ!?」


「す、すげぇ!? 佐東さんが格闘王を投げ飛ばしたぞ!」


「まったく身体を魔力で強化してないのにどうなってるの!?」


「お、俺ネットで見たことあるぞ! あれ合気道の達人が使ってた技だ!?」


「魔力なしでこんなことできんのかよ!」


「うらやましい……俺も鈴香ちゃんに投げ飛ばされたい」


 生徒たちからは驚嘆の声があがり、種口くんは口をぽかんと開けて茫然としている。


 格闘王だかなんだか知らんが、うちの親父のほうがもっと色々な戦闘技術に精通しているからな。


 スズは身体が小さいから覚えておいたほうがいいって、柔術の類は子供の頃からたっぷり仕込まれているのである。


「一撃……入れましたよね? これで単位は貰えるんです――」



「こ、この小娘がぉぉぉーーーーーーッ!!!」



 渡良瀬は叫び声をあげながら凄い勢いで回転して起き上がると、右腕を思い切り振りかぶって強烈なボディーブローを放ってきた。


「――ちょっ!?」


 おいおいおい! ふざけんな!! 命の危険を伴うような攻撃はしないから安心しろってさっき言ってただろ!


 鈴香(おれ)は今全身を魔力で覆ってないんだぞ!


 この魔力量にスピード! Dランクでは到底避けられるような攻撃じゃないし、俺じゃなかったら確実に内臓破裂コースだろうがっ!!


 ……ああもう! 忍が見てるしおかしな挙動はできねぇ!


 鈴香(おれ)でギリギリ可能なレベルで魔力ガードして攻撃を喰らうしかねぇ!



 ――ドゴォオッ!!



「うげぇぇッッ!!」


 渡良瀬のパンチが腹部にめり込み、十数メートルほど吹き飛ばされた俺は、地面に激しく叩きつけられてその場に倒れ込む。


「き、きゃぁぁぁぁぁぁぁ!? さ、佐東さん!?」


「ちょっ! 今のはヤバすぎだろ!?」


「格闘王!? あんた何やってんだよ!」


「お、おいっ! 誰か治療班呼べ!」


「ごほぉっ……うぇぇぇ……ッ」


 鈴香の魔術【重石の処女(タングステンヘッド)】を使ったという設定で、Dランク相当ではあるが魔力を極限まで腹部分に集中させたので骨や内臓に損傷はないが、それでもかなりの衝撃があった。


 びちゃびちゃと吐瀉物を吐き出して悶絶する。


 グラウンドの上に倒れたまま腹を押さえて苦しんでいると、ボブと種口くんが慌てた様子でこちらに駆け寄ってきた。


「さ、佐東さん!! 大丈夫!?」


「げほっ……げほっ……。な、なんとか……」


「OH~、良かった! 咄嗟に魔術を使って防御したんデスね。凄い反応速度デス」


「あっ、俺ポーション持ってたんだ! 佐東さん、これ飲んで!」


 種口くんがポーションを差し出してきたので、俺はそれを受け取って一気に飲み干す。


「あ、ありがとう迅くん……。助かりました」


「よ、よかった……。無事で本当によかった……」


 心底安堵した表情を見せる種口くん。


 そしてボブは俺の無事を確認すると、怒りの表情を浮かべながら渡良瀬に詰め寄っていった。


「渡良瀬センセイ! 今のはいくらなんでもやりすぎでショウ! 佐東サンだから無事デシタが、普通の生徒なら死んでいてもおかしくなかったデスヨ!」


「……うぐっ」


 正気に戻ったのか、渡良瀬は罰が悪そうに顔を歪めている。


「それに彼女はあなたに一撃入れていマス。あの時点で勝負はついていたのではないデスか?」


「そうだよなぁ~。鈴香ちゃんも終わったと思って力を抜いてたし、あれはちょっと卑怯じゃね?」


「格闘王って聞いてたから期待してたのに、こんなの見せられたら萎えちゃうわ」


「佐東さんのほうが一枚上手だったって感じだな」


「しかも女の子相手にあんな本気パンチ撃つとか大人げなさすぎるだろ……」


 生徒たちの辛辣な言葉が次々と浴びせかけられると、渡良瀬はギリリと歯を食いしばって憤怒の形相になる。


「だ、黙れッ! あのように相手を倒したと思った瞬間こそが一番の危険時なのだということを俺は教えたかっただけだ! それに女だから手加減しろなどというセリフを吐いた奴は今すぐ探索者を辞めろ! 裏世界にはゴブリンを筆頭に女子供こそ執拗に狙ってくる厄介な魔物や犯罪者が多いんだからなっ!」


 唾を飛ばしながらそれっぽい理屈を並べる渡良瀬だったが、結局のところ俺みたいな少女に思わぬ反撃をされて怒り狂っただけってのが丸わかりである。


 やれやれ、大人ってのはまず感情で行動した後に言い訳をして自分は悪くないと正当化しようとするからなぁ。まったく厄介な生き物だよ。


「そ、そちらの女子には約束通り単位をやろう。それで満足だろう! これにて解散だ!」


 生徒たちの冷たい視線に耐えられなくなったのか、渡良瀬は捨て台詞のようにそう告げると、そそくさとその場から立ち去ってしまった。


 ……"渡良瀬(わたらせ) (だい)"、ね。てめぇ覚えておくからな。


 この腹パンの借りはいずれ必ず返してやる。


「私たちも帰りましょうか」


「そうしまショウ。なんだか後味の悪い授業だったデスね」


「……佐東さん、本当にごめん。俺が一緒に戦えてたらあんなことにならなかったかもしれないのに」


「いえいえ。私は無事なので気にしないで――」


 その場から歩きだそうとするが、ふと後ろを振り返ると数人の男子が俺のゲロの前でしゃがみこんでいるのを発見してしまう。


 俺は急いで彼らの元へと駆け寄り――グラウンドの砂を蹴りつけてゲロの上へ降らせた。


「ああっ! お宝が!」


「四天王の生吐瀉物が!」


「せっかく集めて保存瓶にいれようとしてたのに!」


「我々『ゲロイン同盟』の聖遺物となり得たはずの至宝ぁぁぁぁ!」


「…………」


 ちょっとしたことでは動じない俺だが、さすがにドン引きである。


 鈴香おれがゴブリンにやられてゲロを吐いたりおしっこを漏らすシーンがネットミーム化した影響で、最近ゲロとおしっこに並々ならぬ執着を示すオタクが増えてしまっているらしいのだ。


 そしてどうやら世の中には『ゲロイン同盟』なる謎の団体が存在するそうで、その中で鈴香は最近ゲロイン四天王の一人に認定されてしまったのだとか……。


 ……なんか前にもこんな解説した気がするな。


 天を仰ぐように空を見上げると、屋上にいた忍はいつの間にか姿を消していた。


 俺は大きく溜め息をつくと、渡良瀬に殴られた腹を擦りながらゆっくりとした足取りで裏校舎をあとにしたのだった。

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 あ~…つまり迅くんは完全体セ○と戦ってた時の孫○飯みたいな心構えってことですかね現状? ○飯も○ルに対して「こんな戦い意味がない」「お前みたいな悪人でも殺したくない」と、力を振る…
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