第003話「キャラメイク」
「べ、別にあんたたちの為に配信してるわけじゃないんだから、勘違いしないでよねっ!!」
「へ~、やっぱオタクくんも裏世界に興味ある感じ? じゃあ、あーしと一緒に冒険にでも行ってみちゃう?」
「……ん、配信を開始する。頑張る……ので、ボクを……応援して欲しい」
「先輩、先輩! 裏世界っスよ、裏世界! めっちゃテンション上がるっス!」
「ほほぉ……わざわざ儂の動画を観に来るとは、お主たちなかなか見所があるのぅ。よし、今日は儂が裏世界の歩き方を教えてやるから、心して聞くのじゃぞ?」
「ご主人様、前方にモンスターが出現いたしました。仕留めますか?」
「OH~、ここが裏世界デスか~。実にベリーホットでファンタスティックな場所デスね~」
「こ、この私がオーク如きに負けるなんて。……くっ、殺せっ!」
「オーッホッホッホ~! わたくしにかかれば、こんな低級ダンジョンなんて朝飯前ですわぁ~!」
鏡の前で多種多様なメイク、服装、声色、仕草を駆使して様々なキャラを演じていく。
そのどれもが完璧な出来映えで、人気が出ること間違いなしという自信はある。
……あるのだが。
「やはりどこか物足りない気がするな……」
うーむと唸りながら、最後に着ていたお嬢様風の衣装を脱ぎ捨てて、ばたりとその場に大の字で倒れ込む。
裏ちゃんねるの人気配信者たちは皆、視聴者を楽しませるために様々な工夫を凝らしている。
なのでこういったキャラ付けを行っている者は多く、どうしてもどこかで見たような、誰かと被ったキャラになりがちなのだ。
……特に最後のやつなんて完全にレイコそのままだしな。
「ここは逆に、あまり濃いキャラ付けをするのはやめて王道で行くのもありか?」
色物に慣れ過ぎた裏ちゃんねるの視聴者にとって、王道の美少女キャラはかえって新鮮に映るかもしれない。
それに、俺にとってもそっちのほうがやりやすい。何故なら俺は演じているとき、あまり人にキャラを作ってると思われたくないタイプだからだ。
『こんな子、現実には絶対いないだろ。確実に演技だな……』
と、思われるより……。
『こんなかわいい子、現実じゃ絶対いないよな……。いや、でもこの娘だけは本物かも。演技とかキャラ作りとかじゃなくて、素でこういう子なのかもしれない……』
と、思わせるくらいの絶妙な塩梅で視聴者をやきもきさせたいのだ。
なので、そういう意味でもここは、俺が一番得意な現実にいそうでいない系美少女で攻めるのが最適解だろう。
「よし……」
俺はむくりとその場に起き上がると、脱ぎ散らかした服や小物を元の場所に片付けて、頭の中に出来上がった一人の美少女をイメージしながら衣装部屋の中を物色し始めた。
可愛く……そして動きやすく、しかし簡単にパンツが見えないような絶妙な長さのチェックのスカート。
清潔感があり、清楚なイメージを与える白を基調としたブラウス。
その上に羽織る、肌の露出を完全に隠すようなふわりとした淡いベージュのカーディガン。
スカートと太ももの間に生まれる魅惑の隙間を演出する黒のニーハイソックス。
まさに清楚系女子高生とでも言わんばかりのコーディネートに着替えた俺は、鏡の前でくるりと一回転して全体のバランスを確認する。
「うん、やはり俺はこのスタイルが一番しっくりくるな」
……さて、次はメイクや髪型、声や表情などの細かな調整だ。
髪型はもちろん、超王道の黒髪ロングがいいだろう。
腰のあたりまで伸びる、艶やかで美しいさらさらとしたストレートヘア。前髪は目にかからず、それでいて眉が綺麗に見えるくらいの絶妙なバランスに。
目はあまりいじり過ぎず、俺本来の良さを前面に出しつつも……清楚で優し気な印象を与える、垂れ目気味のぱっちり二重に。
瞳の色は純和風な黒い瞳ではなく、少し明るめな茶色で。
唇は桜色で、ぷるっと瑞々しい果実のように。
「ふむ……メイクはこれくらいでいいか」
今回は結構ナチュラル気味のメイクなので、俺の元々の顔の造形の良さが存分に活かされている。
あまりいじり過ぎないと正体がバレるリスクも高まるが、髪型や色、表情や仕草、それに服装、そして声すらも完全に変えてしまえば印象はかなり変わってくるので、これくらいなら問題はないだろう。
「あ~、あ~、あああ~~」
声は、そうだな……。
"鈴を転がすような"という表現がぴったりな、耳心地のいいウィスパーボイスで。視聴者がずっと聞いていたいと感じてくれるような、そんな声をイメージして。
そしてあまり抑揚を付けず、それでいて柔らかみを感じさせる喋り方を意識する。
「皆さんこんにちは。今日から裏世界での冒険を実況していきますので、応援よろしくお願いしますね」
視聴者の心をくすぐるような、とびっきりの美少女スマイルを浮かべながら、胸の前で両こぶしを『ぞい!』と握り締める。
……うん、完璧だ。
どこからどう見ても、清楚系黒髪ロングJKそのものである。
「あ、胸がまだそのままだったな。どれくらいの膨らみにしておくべきか……」
無難に平均くらいの大きさに……いや、ここはFカップくらいまで盛っておいたほうがいいかもしれない。
あまり体のラインが出ない服を着ているので、盛ってもあまり意味はないと思えるかもしれないが、清楚系美少女が脱いだら実は……というギャップは、視聴者の興味を惹くには十分な効果を発揮するはずだ。
……というわけで、俺は胸をつるぺたの状態から、たわわに実ったFカップへと擬態させる。
「おお! これは人気出そうだぞ!」
変装を完成させた俺は、鏡の前で色々なポーズを取りながら、自分の美少女ぶりを確認する。
これならやり方次第ではあるが、二ヶ月でチャンネル登録者数100万超えの人気配信者に上り詰めることも夢じゃないかもしれない。
「さて、後は細かいキャラ設定を決めて解像度を高めるか」
まずは名前だが……そうだな、"佐東 鈴香"でいいか。
名前を考えるのはあまり得意じゃないし、俺は子供の頃から親しい人にスズと呼ばれることが多いので、名前のどこかに"スズ"が入っているほうがしっくりくるのだ。
……よし、この調子でどんどん決めていくぞ。
年齢は俺と同じ16歳。
父親は物心つく前に事故で亡くなっており、家族は母親のみ。
しかし、中学卒業まで女手一つで育ててくれた母親は、過労がたたって病に倒れ、現在は病院で入院中である。
そんな母親の入院費を稼ぎながら、病気を完治させる回復アイテムを手に入れるために、高校には進学せず裏世界で探索者兼配信者としての人生を歩み始めた。
誰に対しても敬語で話す礼儀正しい性格。モンスターにすら『ゴブリンさん』など、さん付けで呼んだりする。
性格は善人過ぎるくらい善人。それは時に人を苛立たせることもあれど、大抵は周りの人々から好感を持たれ、愛される。
エッチなことには免疫がなく、そういった話題を振られただけで顔を真っ赤にしてしまう。
……が、実は無知なわけではなく、むしろ性知識は人並み以上に持っている、いわゆる"むっつりスケベ"。無知な子ならなんとも思わないエロ単語にうっかり反応してしまい、それをいじられる。そんな少しおバカで可愛い一面も。
基本的に臆病で、ちょっとしたことですぐに泣いてしまう気弱な女の子。
しかし、大事な目的や仲間が危機に晒されたときなど、ここぞというときには誰よりも強い心を発揮出来る勇気も持っている。
探索者としての才能は、一言でいえば"天才"。
けれどまだ駆け出しのため、その実力は突出したものではない。だが、たまにはその才能の片鱗を見せることもある。
「私の名前は佐東鈴香です。年齢は16歳で――――」
……
…………
………………
――カチ、コチ、カチ、コチ。
静まり返った部屋の中で、時計の秒針が刻む無機質な音だけが鳴り続ける。
ハッとして思わず時計を凝視すると、いつの間にか時刻は深夜0時を回っていた。
この部屋に来たのが確か19時くらいだったから……どうやら私は、随分と長い時間ぼうっとしていたようだ。
「……いけませんね。ライセンスを買ったり、探索の準備に必要な物を買い揃えたりとやることは山積みだというのに」
衣装部屋から出ると、広い廊下を抜けてリビングへと戻り、ソファーに座ってノートパソコンの電源を点ける。
リノから言われましたが、私はパーティを追放されたので拠点にあるアイテムは使用出来なくなってしまったんですよね。
お金はありますが、探索に必要な物はほぼ全て拠点に置いてあったので、また新しく買い揃える必要があります。
「とりあえずは【探索者ライセンス】と【ふわスラ】、それにカメラがあれば十分でしょう」
"探索者ライセンス"とは、日本政府が探索者を管理するために発行している免許証のようなものです。
これがないと裏ちゃんねるに動画を投稿できないので、配信者には必須のアイテムだと言えるでしょう。
それ以外にも、裏世界から持ち帰った未鑑定のアイテムを無料で鑑定してもらえたり、それらの売却がスムーズに行えるようになったりと、様々な恩恵を受けることができます。
なくても勝手に裏世界に行くことは可能ですが、これがないと上記の恩恵が得られないだけじゃなく、救援対象としての優先度も低くなるので、裏世界に行くなら絶対に取得しておきたい物ですね。
お値段は10万円で、なんと外国人はおろか未成年や私のように偽名でも購入が可能。
……免許証というよりは、アカウントの購入というべきかもしれません。
ライセンスには下はEから上はSまでランクが設定されていて、高ランクになればなるほどアイテムの売買で優遇されたり、裏世界関連の特別な施設を優先的に利用できたりします。
特別な施設の最たる例が、『東京国際転移門』ですね。
裏世界で見つかったアイテムの中で、史上最高のお宝と称される転移ポータルは、最大で五つの転移ポイントを登録することが可能で、本体のある場所と転移ポイントを一瞬で行き来できるという、まさに夢のようなアイテムなのです。
国際社会での日本の地位をさらに盤石なものにしたこのアイテムは、現在"ロサンゼルス"、"ロンドン"、"ドバイ"、"シドニー"、そして"月"の五つの転移ポイントが登録されており、毎日のように世界中の人々から使用予約が殺到する大人気施設になっています。
もちろんお値段も航空券より遥かに高額であるこの施設を、上級探索者になれば格安かつ優先的に使用することができるというのですから、驚きですよね。
このような恩恵を抜きにしても、探索者は大人気職業であり、ランクは単純にその人の実力を示す指標となるため、高ランカーは世間から芸能人やスポーツ選手に匹敵するほどの羨望と尊敬の眼差しを受けることになります。
そういった理由もあって、探索者たちは基本的に高ランクを目指して日々活動しているというわけですね。
次に"ふわスラ"ですが、正式名称はふわふわスライムといって、裏世界のモンスターや宝箱からドロップする、柔らかいゼリーのような物質です。
大きさはピンポン玉ほどの小さなものから、学校の運動会で使う大玉転がしの玉ほど大きなものまで様々。
このふわスラは、裏世界産の魔道具の中でも特に人気の高い代物で、特徴と用途は以下の通りです。
・とても触り心地がよく、初めてこの物質に触れた者はその感触の虜になってしまう。
・衝撃を吸収する性質があり、打撃はおろか、斬撃やさらには炎のような攻撃にすら高い耐性を持つ。
・ふわスラに数秒間触れて使用者登録を行えば、その人物の傍にふわふわと浮遊して付いてくるようになる。
・ある程度の命令も可能。
・半透明であり、中に様々な物を入れて持ち運ぶこともできる。
……おわかりいただけたでしょうか?
そう、このふわスラは、とても便利なアイテムなのです!
特に配信者にとっては、カメラをふわスラの体内に仕込むことによって、両手をフリーにすることができるうえに、上空や様々な角度から撮影することが可能になるという、まさに至れり尽くせりのアイテムと言えるでしょう。
利便性は高いですがそれほどレアなアイテムでもないので、カメラを入れる程度の大きさなら10万円程度で手に入ります。
なので、裏世界配信者として活動するなら、"探索者ライセンス"と"ふわスラ"で初期費用が20万円ほどかかることになりますね。
画質にこだわって、スマホではなく高性能カメラや専用配信機材を買う場合は、お金がもっとかかってしまいますが……。
「まあ、私はお金に困っていませんし、この程度の出費は――――」
……
……
……んん?
「ああ……またやってしまいました……」
やれやれ……入り込みすぎて、いつの間にか脳内まで"佐東 鈴香"になってしまってたぜ……。
ガワはどれだけ完璧に作り上げてもいいが、思考までそっちに引っ張られすぎると危ない。トップ探索者である俺が、初心者である佐東鈴香の動きをしてしまう可能性があるからだ。
「外はとことんかわいく、そして内では冷静に……ですね!」
ぺちぺちと優しく両頬を軽く叩いて気合を入れ直すと、俺はパソコンのマウスをカチカチとクリックして必要な物を買い揃えていった。




