第026話「一年Dクラス」★
「種口くん、おめでとう。今日から君はDクラスだ」
「ほ、本当ですか流井先生! ありがとうございます!!」
あの黒いティラノサウルスのようなモンスターを倒した翌週の月曜日。
ようやく病院から退院して学園に復帰した俺は、担任の流井先生にDクラスへの昇格を告げられた。
もうFクラスから抜け出せないんじゃ……と、一時は諦めかけていたけど、これでやっとスタートラインに立つことができた!
「プロになった生徒を、いつまでもFクラスに置いておくわけにはいかないからね」
入院中、探索者協会の職員さんが病室に訪れ、あのときの状況を聞き取り調査していった。
すると数日後……なんとDランク昇格の通知が俺の元へと届けられたのだ。
「……でも、本当に俺なんかがプロになっていいんですかね?」
「もちろんだよ。実際、君はあの凶悪なモンスターを一人で倒しただろう?」
「だけど、ネットの情報は間違いで、あの封印石の下にはダンジョンがあったって協会の人に言われました。本当はあの化け物は大したことなかったのでは……」
「いや、私も協会の職員から聞いたがね。確かにネットで噂になっているほどではなかったようだが、アマチュアが討伐するのは厳しいモンスターだったそうだよ。Dランク昇格は妥当だ」
俺の肩をポンっと叩いて、Dクラスのバッジを制服に付けてくれる先生。
思わずジ~ンっと涙ぐんでしまう。
「私は君に何度も普通の高校に転校したほうがいいと言っていたが……ふふっ、どうやら私の目は節穴だったようだ。だが、嬉しい誤算だよ。君は本当に努力家だから、報われてほしいと思っていたんだ」
「先生……」
「だが、ここからが本番だ。プロでも一年から進級できずにそのままドロップアウトしてしまう生徒も大勢いる。プロになったからといって満足せず、しっかりと上を目指すんだよ」
「はい!」
このダンジョン学園は、全校生徒が1000人を超えるマンモス校だ。
しかしその内訳としては、二年生と三年生がそれぞれ150名ほどで、残りの七割以上は全て一年生である。
何故こんなにも一年生の割合が多いかというと、それはこの学園はDランクのプロにならない限り二年生へ進級できないという仕組みになっているからだ。
一年生はその殆どがアマチュアであり、彼らは全員がEクラスに在籍している。一クラスの人数は最大40人なので、EクラスだけE-1、E-2といった風にいくつもクラスがある。
二年生からはEクラスがなくなり、D~Aの四クラスで大体150名くらいになるというわけだ。
FクラスとSクラスはE~Aクラスとは別枠扱いであり、多くても一学年で10名を超えることはない。
SクラスはAランクの中でも特に優秀な生徒や、Sランクの生徒しか入れない特別なクラスであり、逆にFクラスは教師たちに探索者になれる可能性なしと判断された落ちこぼれや、特殊な事情を抱えた生徒だけが所属するクラスだ。
「それと、おそらく周りからのやっかみも多くなると思うが……まあ君ならきっと上手くやっていけると私は信じている」
「が、頑張ります」
一度Fクラスに落ちた生徒が上にあがれることは殆どない。
しかも一気にDクラスとなれば、今まで俺を見下していたEクラスや、これから同じクラスになる生徒たちから、妬み嫉みの感情を向けられるのは必至だ。
それに、このタイミングでの昇格。もし俺がネットで話題の『恐竜ワンパン男』だと犬瀬のような奴らにバレたら、なにをされるかわかったもんじゃない。
先生たちや探索者協会の人たちは秘匿してくれてるみたいだけど、ネットでダン学の生徒だってことは既に広まっているし、俺の後ろ姿が映った動画も出回ってるからなぁ……。
なんとか隠し通さなくては……。
Fクラスと共に一年Dクラスの担任も兼任している流井先生だが、このあと他の生徒の対応もしなくてはならないらしく、俺は一人でDクラスの教室へと向かう。
教室の前へとたどり着くと、中から大勢の生徒がワイワイと騒いでいる声が聞こえてきた。
ダン学は大学のような単位制であり、必ずしも毎日登校しなければいけないわけではない。しかし、一年の生徒は例外を除いて最低でも週三回の登校が義務付けられており、今日も殆どの生徒が朝から登校しているようだ。
「よ、よしっ……」
意を決して教室の扉を開く。
すると俺が中に入った途端全員の会話がピタリと止まり、彼らは一斉にこちらに視線を向けてきた。
「ねえ……あれってFクラスの人じゃない?」
「ああ、厄災魔王の一欠片を倒すとか言ってる狂人だろ?」
「なんでここにいるんだ?」
「……そういや俺さっき職員室で、Dクラスへの昇格が決まった奴がいるって先生たちが話してるのを聞いちまったんだけど、まさかあいつの事じゃないよな?」
「は? ありえねーって。FクラスのやつがEを飛び越えて俺らと同じDって……なにか大きな実績でも上げなきゃ無理だろ」
ひそひそと小声で喋り始める生徒たち。
彼らの冷ややかな視線を一身に浴びながら、俺は教室の一番後ろの窓際の席へと向かう。
流井先生によると、あそこがDクラスの俺の席らしい。
「――おい、お前。ちょっとツラ貸せよ」
だが俺が席にたどり着く前に、三名の男子生徒たちに取り囲まれてしまった。
一人は「こいついつの時代の人間だよ」と思わずツッコミを入れてしまいそうになるような、リーゼントヘアーに短ラン、ボンタンといったスタイルの男。
もう一人は金髪で腰パンと、ビジュアル系バンドでギターでもやってそうな、永成の不良といった風貌の男。
最後の一人はあまり尖った特徴がないが、制服を着崩しておしゃれな着こなしをしている、今どきのチャラ男といった雰囲気の男子生徒だ。
「俺の名は英一。夜露死苦」
「僕はDクラスの美しき薔薇、美衣兎だ」
「俺っちは四位だ。覚えておきな、Fクラス」
ヤンキー三連星は、それぞれメンチを切りながらそう名乗った。
……昭和がA、永成がB、令保がCと覚えておこう。
「あ、ああ……。えと……俺は種口だ。よろしく」
「知ってるよ。お前だろ、あの『恐竜ワンパン男』ってのは。なあ?」
「……っ」
「後ろ姿が動画にそっくりだし、いきなりDクラスにあがれる実績とか、タイミング的に考えてアレしかないもんな」
「おいっ、どうなんだよ! お前なのか?」
三人は「ああんっ!?」だとか、「なんとか言えよ!」だとか、「答えろよ、オラ!」だとか言いながら、むさくるしい顔を俺にグイグイと近づけてくる。
ど、どうする……。
ここで認めてしまえば、あっという間に学園中に広まってしまうぞ。そうなれば、これまで以上に俺の学園生活は地獄と化すのが容易に想像できる。
「まあまあ、ミナサン落ち着いてくだサイ」
するとそのとき、一人の男子生徒が俺たちの会話に割り込んできた。
身長が190を優に超える、筋骨隆々でスキンヘッドの黒人男性だ。このクラスにいるってことは俺と同年代のはずだが、その貫禄は教師と言われても違和感がない。
「元Fクラスであるとか、ネットで噂のダレダレであるとか、ソンナことはどうでもいいではアリマセンか。彼は今日からワタシたちと同じDクラスの仲間デス。仲良くしマショウ」
彼はそう言って、俺の肩にポンっと手を置くとニコッと白い歯を見せて微笑む。
な、なんかめちゃくちゃいい人だった。外見で怖そうとか思ってしまって申し訳ない……。
「ちっ、ボブがそう言うなら、今日のところは勘弁してやる」
「まあ、ボブが言うならしゃーないね」
「命拾いしたな。ボブに感謝しろよ、Fクラス」
……ボブ、お前どんだけ信頼されてんだよ。
不良三人組は俺を睨みながらも、渋々といった感じで席へと戻っていく。
俺はホッと胸を撫でおろし、一番後ろの窓際の席へと座る。するとボブと呼ばれたスキンヘッドの黒人男性が、俺の前の席へと腰を下ろした。
……デカすぎて黒板が見えづらいな。
「自己紹介が遅れてスミマセン。ワタシはボブといいマス」
「あ、俺は種口。こちらこそよろしくなボブ」
「わからないコトがアレばなんでも聞いてくだサイ。ワタシはこのクラスの委員長ですからネ。HAHAHAHA!」
互いに自己紹介をして握手を交わす。
どうやらボブはこのクラスのリーダー的な存在らしく、腕っぷしも強く、コミュ力も高ければ人格者でもあるようで、先ほどの不良三人組も彼に対しては頭が上がらないようだ。
……やれやれ。どうなるかと不安だったけど、彼のおかげでなんとか平穏な学園生活が送れそうだな。
「ボブはやっぱりアメリカから?」
「イエ~ス! ワタシの故郷はロサンゼルスです。なので神奈川県より近いのデスヨ」
ボブの故郷であるアメリカは、ロサンゼルスに東京に繋がる転移ポイントが設置されてからは、多くの探索者を目指す人々が日本にやってくるようになり、今では日本に次ぐ探索者大国だ。
ダンジョン学園の生徒は七割が日本人だが、残りの三割は外国人であり、特に『東京国際転移門』で繋がっているアメリカやイギリス等の国々からの留学生が多い。
入学には最低限の日本語の読み書きは必須だが、魔力使いとしての才能が重視されるダン学は、適性があれば外国人であっても優先的に合格できる。
「ワタシはシャイリーンに憧れて探索者になりました。いつか彼女のようなスーパーな存在になって、世界に名を轟かせるのが夢なんデス」
「あっ、俺もシャイリーンめちゃくちゃ好き! 彼女の出てる映画やドラマは全部見てるし!」
「おおっ! ワタシとおなじデスね!」
「俺らの世代だと国境とか関係なくみんなシャイリーンのファンだと思うぞ」
「そうでしょうトモ! 彼女は我がアメリカ合衆国の誇りデスからネ!」
――シャイリーン・ゴールドスタイン。
世界一の美女として有名なハリウッドスター、あのアンジェリーナ・ゴールドスタインの実子にして、"新人類"とすら呼ばれているあらゆる才能を兼ね備えたスーパーガールだ。
母親譲りの輝くような金髪に絶世の美貌。そして母親以上に神秘的な赤と青のオッドアイ。
10歳でアカデミー賞主演女優賞を受賞、12歳で史上最年少のSランク探索者に認定され、14歳でMITに飛び級入学。
彼女は"天才"なんて言葉すら陳腐に思えるほどの怪物だ。
"新人類"、"世界一の美少女"、"全米最強"、"金色の妖精姫"、"神に愛された子供"など様々な二つ名で呼ばれている彼女は、俺たちと同年代であり、俺らの世代の男子はたぶん皆が初恋の相手はシャイリーン、と言っても過言ではないくらいだろう。
しかし、そんな彼女も現在は――
「――おはよう。どうやら今日は殆どの生徒が登校しているようだね。ちょうどよかった」
ボブと楽しく談笑していると、教室の扉が開いて流井先生が入ってきた。そして、彼の後ろには長い黒髪を腰まで伸ばした、容姿端麗な女子生徒が立っている。
クラスメイトたちが彼女を目にした瞬間、教室中が一気にザワつき始めた。
先程俺が入ってきたときのネガティブな反応とは真逆の、好意的……というか、興奮に近い反応だ。
「ねえ、あの子って配信者の佐東鈴香ちゃんじゃない!?」
「本当だ! やばっ、実物めちゃくちゃ可愛い……」
「俺ファンなんだよ! チャンネル登録もしてるし!」
「もしかして転校生? これから私たちと同じクラスになるの!?」
「やった! 俺の隣に座ってくれ! おい、そこお前どけよ!」
「あ、あんたこそどっか行きなさいよ!」
教室中に響き渡るほどの黄色い歓声が湧き起こる。
……あ、あれは佐東さんじゃないか。何故こんな場所に……。
いや、彼女の実力ならダン学に転入できてもおかしくはないけど、前に学校にはあまり興味がないと言ってたから、ここに来るなんて思いもしなかった。
しかし彼女と知り合いだとバレるとまた面倒なことになりそうだし、ここは他人のフリをしよう。
そう思って彼女から視線を逸らそうとしたが、俺に気づいた佐東さんはニコッと笑って小さく手を振ると、バチンッとウインクまで飛ばしてくる。
……ちょ、ちょっと佐東さん!?
クラスメイトたちの視線が一瞬俺に集まるが、彼女が自己紹介を始めたため、すぐにそちらに関心が移っていった。
「知ってる人もいるかもしれませんが、佐東鈴香です。今日からこのクラスの一員になります。配信業をしながらなので毎日は登校できませんが、皆さんと仲良くできたら嬉しいです」
そう言ってぺこりと頭を下げる佐東さん。
長い黒髪がふわっと揺れて、ここからでもフローラルないい香りが漂ってくるかのような錯覚を覚えるほど、彼女の仕草には華があった。
「それじゃあ佐東さんは……一番後ろの窓際の隣の席に座ってくれるかい」
「はい、わかりました」
……え? せ、先生!? なんでそこ!?
俺、めちゃくちゃ他の生徒たちから睨まれてるんですけど!
しかし佐東さんは特に気にした様子もなく、先生に言われた通りに俺の隣の席へと座る。
「……種口さん、これからよろしくお願いしますね」
「よ、よろしくお願いします」
周りから「え? あいつ佐東さんと知り合いなの?」とか「おい、どういうことだよ」とか「Fクラスのくせにふざけやがって」といった、怨嗟の声が聞こえてくる。
俺はそっと机を佐東さん側から離して距離を取るが、彼女は何故か追跡するかのように『バチコーンッ!』と机をぴったりとくっつけてきた。
……何故くっつけたし。
「なんだか私たち縁があるみたいですね。せっかくクラスメイトになったんですし、これからは種口さんじゃなくて迅くんって呼ばせてもらってもいいですか?」
「い、いいですけど……」
「私のことも鈴香って呼び捨てでいいですよ」
「いや、それはさすがに……」
「むぅ……ニナは呼び捨てにしてるじゃないですか……」
「彼女とは小学校からの付き合いなので……」
「じゃあせめて敬語はなしでお願いします」
「わ、わかりま……わかったよ」
……ち、近くない? 距離感。
彼女こんなグイグイ来る子だったっけ?
俺が困惑していると、佐東さんは俺の耳元に顔を近づけて、他のクラスメイトに聞かれないように小声で囁く。
「大丈夫ですよ。迅くんが平穏な学園生活を送れるように、私がしっかりフォローしてあげますから」
ふんすっ、と鼻息荒くドヤ顔を決める佐東さん。
さっきまで平穏な学園生活が送れそうだったのに、今まさに平穏じゃなくなりそうになってるんですけど!?
そんな俺の心の叫びなど届くはずもなく、彼女は「予習は完璧なので安心してください」と、意味不明なことを言いながらニコニコと微笑んでいる。
教室中、特に男子から嫉妬と怨嗟のこもった視線を浴びせられながら、俺はこれからの学園生活に一抹の不安を抱くのだった。




