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第025話「七つのスマホ」

《世界一の美女と称され、その美貌は神をも嫉妬させたとまで言われたハリウッドのスーパースター、"アンジェリーナ・ゴールドスタイン"さんが34歳の若さで亡くなられてから、今日でちょうど三年が経ちました。大の親日家でも知られ、日本でも絶大な人気を誇っていた彼女を(しの)ぶべく、本日は各地で様々な追悼イベントが予定されています》


 涼木家のリビングでもぐもぐと朝食を食べながら、テレビに映し出されるニュースをぼんやりと眺める。


 昨日は夜遅くまで三人で女子会(?)をしていたので、まだ少し眠い。


「んぁ~……。もう食べられませんわぁ~~……」


 ソファーの上で爆睡していたレイコが、大口を空けてむにゃむにゃと寝言を呟きながらボテっと床に落っこちた。


 その寝言リアルで言うやつ初めて見たわ……。


「ふぁ~……おはよぉ……。あれ、今日は鈴香ちゃんじゃないんだ?」


「ええ、昨日から外に不審な輩が大勢徘徊(はいかい)していますからね。今や有名人である鈴香の姿で近辺を歩くのは危険と判断しました」


 欠伸をしながらリビングに入ってきたリノに、後ろで一つ結びにした三つ編みをいじりながら答える。


「その恰好、確か"臼井(うすい) 景乃(けいの)"ちゃんだっけ?」


「はい、よく覚えてましたね」


「委員長って感じでよく見れば可愛いんだけど、なんだか凄く地味な印象で記憶に残りにくい子だよね」


「そういうキャラですから。魔力の質をコントロールして存在感を薄くしてます」


 眼鏡をクイッっと持ち上げて淡々とした口調でそう告げると、リノはなるほど~といった感じで頷いた。


「ふぅ、ご馳走様でした」


「あれ? もう行っちゃうの?」


 鞄を持って席を立つと、リノが名残惜しそうにギュッと抱き着いてきたので、俺は彼女に軽く頬擦りをしてから安心させるように微笑んだ。


「週に一回はちゃんと帰ってきますから」


「……私もたまには紅茶荘、行っていい?」


「リノは連中にマークされているので、軽率な行動は慎んでください」


「わかってるよ……。言ってみただけ」


「いい子ですね。……では行ってきます」


「うん、いってらっしゃ~い」


 笑顔で手を振るリノに小さく手を振り返してから、俺は床に転がってフローリングを涎で汚しているレイコをむぎゅっと踏みつけて、そのまま書斎の隠し通路へと入っていった。





 少し野暮用を済ませてから、臼井景乃の姿のまま紅茶荘に帰ってきた俺は、景乃の部屋である204号室に向かうべく、階段を上って廊下を進む。


 すると、ちょうど二階の廊下を掃除していたトメさんと目が合ったので、俺は彼女に向かってペコリと頭を下げた。


「おや、今日は景乃ちゃんの恰好なんだね。最近は鈴香ちゃんばかりだったから、なんだか新鮮だねぇ」


「トメさん、ただいまです。昨日は実家に泊まってたもので」


「ああ、そういうことかい。リノは元気だったかい?」


「ええ、元気過ぎるくらいですよ」


「……そうかい。ならよかったよ」


 トメさんはそう言って嬉しそうに微笑むと、掃除していた手を止めて俺の頭を撫でてきた。


 その優しい手つきに、俺は思わず目を細める。


「スズ……ここのところなんだか色々大変そうだけど、無理はするんじゃないよ? 私やあいつらのことは気にせず、自分の好きなように生きな」


「……はい」


 と、口では肯定の返事をしたが、それは聞けない相談だ。親父だけに任せておくわけにもいかないし、連中とはいずれ決着を付けなければならない。


 彼女もそれを察しているようで、それ以上は何も言わずに俺の頭から手を放した。


 それからいつものように拳を軽くコツンとぶつけ合ってからトメさんと別れると、俺は204号室の鍵を開けて中に入る。


「ただいま……」


 靴を脱ぎ捨てて、一階と同じ作りになっている玄関ホールを抜けると、そこには広々とした空間が広がっていた。


 紅茶荘の二階は中で全て繋がっているので、間取りは一軒家と比べればやや狭いが、一人で暮らすには広すぎるほどだ。


「ん? あれは……」


 リビングのテーブルの上に、昨日まではなかった紙袋が置かれている。


 手に取って中身を確認してみると、中にはダン学の生徒手帳とDクラスのバッジ、それに女子の体操服とジャージに、教科書一式が入っていた。


 おそらく俺が野暮用を済ませている間に、レイコが届けてくれたのだろう。


「せっかくだし、体操服でも着てみましょうか……」


 景乃の変装を解くと、もう手慣れた鈴香のメイクをパパッと顔に施してから、ダン学の校章がプリントされた白いTシャツと紺色の短パンという体操着に着替え、紺色のジャージを上だけ羽織る。


 ジャージは下まで着こまないで生足を出しつつ、上着のジッパーを胸元まで下げて谷間が強調されるようにするのがポイントだ。


 ついでに長い黒髪を後ろでポニーテールに結んで、最後に黒の幻想花を前髪に付けて完成っと。


「うん、いい感じですね。ダン学は制服だけじゃなく体操服も可愛いですし、大満足です!」


 姿見の前でくるくると回りながらファッションチェックをしていると、テーブルに置いていたスマホがブーブーと振動した。


 画面を見ると、レイコからの着信だったので、通話ボタンを押して電話に出る。



『ごきげんよう、スズ。荷物は届いてまして?』


「ええ、先程受け取りました。早速体操服に袖を通してみたところ、サイズもピッタリですしとても良い感じです」


『それは良かったですわ! ダン学の入学手続きはもう完了したので、来週の月曜から登校できるらしいですわよ』


「さすがアーサーは仕事が早いですね」


『毎日行く必要はありませんけど、初日は色々と手続きがあるから登校するようにとのことですわ』


「はい、わかりました」


『それと、新しいお薦め漫画を何冊か見繕っておきましたから、必ず読んでくださいませ。ちょうどスズの学園生活の参考になりそうな作品も入っていますから』


「それはありがたいです! 暇なときにでもじっくりと読ませていただきますね!」


『暇なときじゃなくて、学園に行く前には必ず読んでくださいまし。そっちのほうがおもしろ――――いえ、きっと楽しい学園生活を送れるはずですわ』


「はぁ……。まあ、レイコがそう言うなら……」


『ええ、そうしてくださいまし。では、わたくしはこれからお昼寝タイムに入りますので、これで失礼しますわ』



 レイコは言いたい事だけ言い終えると、ブツっと通話を切ってしまった。


 ……あいつ寝てばっかだな。


 まあいいや、俺も今日は探索を休みにすると決めていたし、レイコのお薦め漫画を読んでゆっくり過ごすことにしよう。


 スマホをテーブルに置いてから辺りをキョロキョロと見回すと、ベッドの横にダンボール箱が置いてあるのが目に入った。おそらくあれに漫画が入っているのだろう。


 早速箱を開けて、一番上に積まれていた本を手に取ってみる。


 え~と、なになに……タイトルは――



【魔法学園の最底辺 ~F級と蔑まれている俺ですが、実はSSSSSSSSS級の才能があったようです。覚醒したチートパワーで無双していたら、助けた美少女配信者や幼馴染やアイドルが次々と群がってきてハーレムができてしまった件。やれやれ、俺は平穏に暮らしたいだけなんだがなぁ~】



「……」


 多すぎない? ……『S』


 Sが表紙いっぱいに広がっててヒロインの顔が浸食されてるんだが……。


 ……ま、まあでもレイコが選んだ漫画だしきっと面白いはずだ。あいつのお薦めには外れがないからな。


 この間も新技と新衣装の参考になるようなキャラが出てくる作品をリクエストしたら、俺の琴線(きんせん)に触れるような作品をちゃんと見つけてきてくれたし。


 きっと今回も俺が種口くんをサポートするにあたって、役立つ知識を学べる作品に違いない。


 早速読み始めるためにベッドに腰掛けるが、あることを思い出して、一旦漫画を置いて立ち上がる。


 そして、次元収納袋の中から七つのスマホ(・・・・・・)を取り出すと、それらをテーブルの上に並べてその一つ一つを充電しつつ中身をチェックしていく。


「昨日はリノとレイコと夜通し女子会をしていたせいで、うっかりチェックするのを忘れてしまってたんですよね」


 様々な顔を持つ俺であるが、SNSをやっていたり誰かと連絡を取る必要のあるキャラは、間違って別キャラのアカウントを使ったり、知り合いと電話やメッセージのやり取りをしてしまわないように、それぞれスマホを分けているのだ。


 まあ、変装したとき、俺は連絡を取り合うような親しい人間をなるべく作らないようにしているから、あまり意味のない行為なのかもしれないが……。


 鈴輝、鈴香、景乃とチェックして、四つ目のスマホを手に取る。


 やはり知り合いが少ないので、一日くらい放置しても特に重要な連絡は――


「――げぇ!?」


 四つ目のスマホに表示された、メッセージアプリ『ライソ』の通知の数を見て、俺は思わず変な声を上げてしまった。


 

 ――メッセージ『102』件。



 な、なんだこの数は……。しかも全部同じ相手からだ……。


 俺は戦女神の聖域(ヴァルハラ)以外にもう一つパーティに所属しているのだが、そこのリーダーである"黒鵜(くろう) (しのぶ)"という女から、ひっきりなしにメッセージが送られてきていた。


 このチームはメンバーの数がかなり多く、俺がいなくても特に問題なく回る。


 それにここでの俺は活動をサボっても不自然じゃないような超問題児キャラを演じているから、これまであまり深く追及されることはなかったが……さすがに放置しすぎたかもしれない。


「いやいや、それにしても102件はさすがに多すぎでしょう……」


 とりあえずざっと目を通して内容を確認してみる――。


 ……


 ……


 ……


「ええ~……。昨日の事件の裏でそんなことが起きてたんですか……」


 メッセージを読み終えた俺は、思わず天を仰いで溜め息を漏らした。


 そういえば『恐竜ワンパン男』と一緒にちょっと気になるワードがトレンド入りしてるとは思ってたけど、自分のことで手一杯で直ぐに頭から離れてたわ……。


 忍に高速でメッセージをポチポチと送り、自分は無事なことと後で連絡する旨を伝えると、俺はスマホの電源を落とす。


「やれやれです……。やることが多すぎます……」


 やることは多い。だがどれも焦ったところで解決するような問題じゃないので、一つずつ確実に片付けていくしかない。


 まずはダン学に潜入し、種口くんの周囲に起こるであろう問題を解決しつつ、出来ればアーサーに頼まれた失踪事件も解決するところからだな。


 あとは鈴香のチャンネル登録者数も今月中に達成しておかなければ。アーサーは優しいが、この辺りをなあなあで済ませてくれるような男じゃない。


 もし達成できなければ、本当に追放帰還を更に延長されてしまうだろう。


「ああ、このスマホのように七人に分身することができればいいんですが……」


 そう独り言ちてベッドにごろんと横になると、俺はレイコから薦められた漫画を手に取ってページをめくり始めた。

これにて一章は終了です。

一章ではおバカなイメージの強かったスズですが、二章からはバリバリ活躍します!

先に進むほど面白くなると思うので、引き続きご愛読いただけますと嬉しいです。


ここまででちょっとでも『面白い!』『続きが気になる!』と感じて頂けたならば、ぜひともブックマークや★★★★★評価、感想、いいね等で応援して下さいますようお願い申し上げます!

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