第023話「恐竜ワンパン男」
「ふぅ~、さっぱりしました!」
風呂から上がった俺は、頭にタオルを巻いて髪の毛の水気を取りながら、新品の下着とピンク色のかわいいパジャマに袖を通す。
脱衣所の隅には、見るも無残な姿となった俺のタキシードと白マントが綺麗に折りたたまれていた。
……う~む。全身白ずくめにあんな落とし穴が潜んでいるとはな。
カッコいい衣装であるのは間違いないが、毎回こんな風に汚れてしまってはたまったもんじゃないし、またスズキに相応しい新たな衣装を探さねばなるまい……。
そんなことを考えながらリビングに戻ると、そこにはソファーに座って片眼鏡をかけたリノが、百円玉くらいの大きさの黒い花のような物体を興味津々といった様子で眺めていた。
「それ、さっきの黒ティラノダンジョンの攻略報酬で貰ったやつですか?」
「うん、結構レアなマジックアイテムみたい。……ってなんで鈴香ちゃんの恰好してるわけ?」
「リノがずっと女の子の恰好してろって言ったからですよーだ。よーだ!」
「……すねないでよ」
「つーん!」
「でも鈴香ちゃんかわいい! こうして間近で対面するのは初めてだけど、スズのキャラの中で二番目に好きかも」
リノの隣にぼふっと座ると、彼女は俺にギュッと抱きついて頬ずりをしてきた。
その拍子に黒い花のような物体がソファーの上に落ちたので、俺はそれを拾ってまじまじと観察してみる。
「わぁ~、かわいい! これ、お花のヘアピンですか?」
「感性が完全に女子なんだよなぁ……」
「今は女子なんだからいいんです! それより、これってどんな効果があるんですか?」
「ほら、自分で見てみなよ。ボスからドロップした指輪もあるから、それも合わせてさ」
左目にかけていた片眼鏡を外し、テーブルの上に置かれていた銀色の指輪と共に、俺に手渡してくるリノ。
非消費型の鑑定アイテムは非常にレアで、通常は使い捨ての物を使うか協会に行って鑑定してもらうしかないのだが、戦女神の聖域はパーティ単独で所有している。
この"鑑定モノクル"がそれで、魔力を込めて対象のアイテムを見るだけで、それがどんな効果を持っているのかを詳細に表示してくれるのだ。
俺は早速モノクルを嵌めて、まずは指輪のほうを鑑定してみることにした。
【名称】:カメレオンリング
【詳細】:魔力を流すことで自分の身体を周囲の景色と同化させ、透明に見せかけることができる。ただし実際に消えているわけではないので、触れればわかるし当然攻撃も当たる。擬態中は常に魔力を消費している状態なので、魔力量の少ない者ではせいぜい十数秒が限界。
ほうほう……中々に面白いアイテムだな。
俺は右手の人差し指にカメレオンリングを嵌めると、魔力を流して試してみることにする。
「どうです? ちゃんと消えてますか?」
「うん、消えてるよ。ただ気配も匂いもするし、魔力も感じるから、感覚の鋭い人や手練れの魔力使いなら結構簡単にわかるかな」
なるほど……。でも使い道は色々ありそうだし、とりあえずこれは装備しておくとしよう。
続けて黒い花のヘアピンを鑑定してみる。
【名称】:黒の幻想花
【詳細】:魔力を流すことで周囲に不可視の花粉を撒き散らし、対象に弱毒、麻痺、睡眠、混乱、暗闇などの様々な状態異常を与える。状態異常はいずれも時間経過で回復し、魔力が高い者ほど効果時間が短い。また、花粉は火や水に弱く、使用者の魔力を上回る相手には効果がない。魔力操作が得意な者は、花粉を一極集中させることで非常に強力な状態異常を対象に与えることもできるが、逆に魔力操作が未熟な者が使用すると、自分や味方に状態異常を付与してしまうことがある。
……へぇ~、これはかなり強力なマジックアイテムだぞ。さすがは難易度8~9とみられる消滅型ダンジョンの攻略報酬だな。
消滅型ダンジョンは一回しか攻略することができないので、非消滅型のダンジョンに比べて攻略報酬のレア度が高い傾向があるのだ。
頭に巻いていたタオルをほどいて、俺は早速このヘアピンを前髪にセットした。
そして魔力を流してみると、花はぽわっと淡い光を放ち、周囲にキラキラした粉のようなものを撒き散らし始める。
「ちょっとスズ……。もしかして黒の幻想花使ってる?」
「ええ、せっかくですからちょっと実験を……。リノにはこのキラキラしたの見えないんですか?」
「見えない。たぶん使用者にしか見えないんじゃない? でも嫌な感覚はするから、手練れなら状態異常の付与は気づけると思うよ」
パリパリっとリノの身体が放電して、彼女へ向かって行った花粉は全て焼き払われてしまった。
まあ、リノクラスの相手には通用しなさそうだけど、それでも結構射程距離も広そうだし、与える状態異常の種類も使い手の任意で選べるようなので、かなり有用性があるのではないだろうか。
鈴香のヘアピンとしてこれから使っていくことにしよう。
……しかし、ヘアピンが可愛いのは言わずもがなだが、このモノクルも結構カッコよくないか?
次のスズキの衣装は仮面じゃなくてモノクルにしてみようかな……。モノクルと顔全体を覆うような黒マスク。うん、悪くないな。
「はい、鑑定モノクル返しますね」
「うん。これは便利なアイテムだけど、ダサいのが玉に瑕だよねー。老紳士とかなら似合いそうだけどさー、若者でこんなの普段からつけてるような人とは絶対お近づきになりたくないし」
「……」
や、やっぱりモノクルはやめておくか……。
俺は黒の幻想花をつけた前髪を指でくるくるといじりながら、ソファーの背もたれに寄り掛かってスマホの電源を入れた。
「そういえばさ、例の彼……種口くん。めちゃくちゃバズってるよ」
「え? さっきも十分バズってませんでしたか?」
「そうなんだけど、ニュースになるほどじゃなかったじゃん。でも、私たちがダンジョン攻略してるうちにYでトレンド入りするくらいになっててさ。ほら」
リノは俺のスマホを勝手に操作して、Yの画面を表示させる。
そこには『ワカラセマン』、『セナミリン』などのワードを退けて、『恐竜ワンパン男』というワードがトレンドの一番上に表示されていた。
「と、トレンド1位!?」
「そう。タイムラインもすごいことになってるよ」
タイムラインを見てみると、俺と女子高生二人がピンチに陥っているところに種口くんが颯爽と現れ、右ストレートで黒ティラノの頭部をふっ飛ばすシーンの切り抜き動画が大量投下されている。
こうやって映像で見てみると、これがまたなんとも爽快感のある光景だった。
一番バズっている切り抜き動画のコメント欄を覗いてみると――
:恐竜ワンパン男強すぎワロタw
:美少女配信者の佐東鈴香ちゃんを救ったヒーロー
:あんな化け物に一人で立ち向かうとか漢すぎる
:もしかしてSランク探索者か?
:顔はよく見えないけど絶対イケメン
:どこかの国の王子って噂もあるぞ
:恐竜ワンパン男さん抱いて!
:俺と結婚してくれ!!
といった具合に、過剰とも思えるほどに彼の実力と勇気を賞賛する書き込みで溢れていた。
「こ、これはどういうことですか? いくらなんでもここまで話題になってるのはおかしいと思うのですが……」
「それがだね、鈴香ちゃん……この記事を見てよ」
リノはスマホの画面をスワイプして、今回の事件に関する記事で一番閲覧数の多いものを表示する。
そこには、黒ティラノをワンパンで倒した種口くんについて、専門家が考察した内容が記載されていた。
《裏谷保天満宮の封印石を間近で見たことのあるAランク探索者数名に聞き取り調査を行った結果、誰もがあそこに封印されているモノは数人程度のAランクパーティでは討伐不可能という見解を示していました。すなわち、今回現れた黒いティラノサウルスのようなモンスターは、最低でも複数のAランクパーティ、もしくはSランク探索者でなければ討伐することは非常に困難と推測されます。それを一撃で倒してしまった少年は、一体何者なのだろうか……?》
や、やべーぞこれ……。
裏谷保天満宮の封印石の下には、難易度8~9レベルのダンジョンが隠されていたことを彼らは知らない。
だからインタビューを受けたAランク探索者たちは、あの黒ティラノ単体が封印石から漏れていた禍々しい魔力の根源だと解釈してしまったのだろう。
本当はあれ一体だけならそこまで強くはないのだが、見た目がデカくて凶悪だったのと、あの場にいたのが相手の実力を見極められない初級探索者たちだけだったのも災いし、多くの人が種口くんをSランク級だと勘違いする事態になったわけだ。
Sランクは世界で24人しかいないので、無名の少年がこのような活躍をすれば、あいつは何者だと大騒ぎになるのは無理もない。
ダンジョンは協会に報告する前に俺たちが消してしまったし、今更真相を話したところで信じてもらえるかどうか……。
「で、でも人気者になるってのいうは悪くないですよね! これで種口くんは、周りから一目置かれる存在になったわけですし」
「そうだったらいいんだけどさぁ……。言ったでしょ? 彼……ダン学じゃ悪い意味で目立ってるって。権力者の息子とかから嫌がらせもされてるって噂も聞いたことあるよ」
「……そ、そうなんですか?」
「うん、それに実際にSランク級の実力だったらまだいいけどさ、それは勘違いで種口くん……本当は魔術使わなきゃまだEランク級なんでしょ? 本当の実力がバレたらマズいことになるんじゃないかな……」
「う、う~ん……。けど、動画には顔ははっきりとは映っていなかったですし、彼も自慢して回るような性格ではないので、そこまで心配する必要はないんじゃないですか? 人間は飽きやすい生き物ですし、時間が経てばこの騒ぎも収まるでしょう」
「それがそうもいかなそうなんだよね……」
先ほどの切り抜き動画のコメント欄を更新して見せてくるリノ。
:しかしSランクにこんな男いたっけ?
:いなかったと思う
:Sランクは世界で24人しかいないからいたら絶対覚えてるわ
:十代と見られる黒髪の少年でたぶん日本人
:それで普段は顔を隠してる奴となると……
:戦女神の聖域のスズキか! あいつ実はSランク級って噂あるし!
:↑スズキはもっとチビだろwww
:確かにスズキはチビだから絶対違うなww
:スズキなら恰好ももっとダサいだろうしなw
:よく見たらインナーにダン学の体操服着てね?
:マジだ!?
:てことは恐竜ワンパン男はダン学の生徒なのか?
「ほら、もう特定されそうになってる」
「…………」
下から4番目と5番目と6番目のやつ、ちゃんとYのアカウント控えたからな。お前らは絶対許さん。
しかしどうすんだこれ……。お、俺のせいじゃないよな?
「俺のせいじゃないよな? って顔してるけどほぼスズの責任だと思うよ?」
「ちょ、ちょっとはあるかもですが、ほぼってことはない……んじゃないですか?」
「種口くんが黒ティラノを倒す羽目になったのも、寿命を削らせちゃったのもスズの判断が遅かったからでしょ? それにこの切り抜き動画もスズが配信してたやつが拡散されてんじゃん。あと協会に報告しないでダンジョンを消しちゃったのもスズだよね?」
……あ、改めて言われてみるとほぼ全て俺の責任では!?
俺のせいで、あの善良な少年の未来が踏みにじられようとしているというのか……!?
「んおおぉぉ……」
「美少女は頭を抱えて悶えているだけでも絵になるから得だよね。鈴香ちゃんモードでよかったねぇ~」
「私は……どうすればいいのでしょうか?」
「ふ~む……このまま放っておくのもマズいと思うから、アーサーにでも相談してみようか。彼なら協会に顔が効くし、何かいいアイデアも出してくれるかもだし」
「そ、そうしましょう。ここは頼りになる大人に相談するのが一番です!」
俺たちはいくら強くても子供だから、やれることに限界がある。ちょうど権力のある大人が身近にいるのだから、困ったときは頼らせていただこう。
早速アーサーにメッセージを送ると、チームのチャットルームにログインするようにとの返事があったので、俺たちは黒ティラノダンジョンを消し飛ばしたことについての報告も兼ねて、そこで会議を開くことにした。