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第022話「姉と弟」★

「――――雷花よ、敵を蹴散らせ!」


『ゴギャアァァーーーーッ!?』


 身体からパリパリと紫電を(ほとばし)らせ、美しい雷の花を周囲に舞い散らせながら私は走る。


 ボスに近づくにしたがってモンスターの数はどんどんと増えていくが、私の雷花はその(ことごと)くを蹴散らし、そして光の粒子へと還していった。


「ちくしょう! カッコつけやがって! だが俺だって負けてねーからな!」


 スズは私に対抗するように高速で動き回りながら、両手両足で黒ティラノたちを弾き飛ばしていく。


 その度にいちいちマントをバサバサと翻したり、どこからか取り出したバラを口に咥えてポーズを決めたりしているが……ハッキリ言ってめちゃくちゃダサい。


 女の子の恰好をしているときはあんなに完璧なのに、なんで男の子の恰好をするとこんなにも残念なのか……。


 ……ってまあ、どう考えても私たちの両親の影響なんだけどね。


 ママはファッションセンスが抜群なんだけど、幼少期からスズに女の子の恰好ばかりさせて、その着こなし方まで徹底的に仕込んでいたから……。


 そしてパパは強くてイケメンなんだけど、着てる服が壊滅的にダサいという欠点を抱えている。


 スズはそんな両親が大好きなので、その姿を見習って真似をするようになったのが運の尽き……。


 パパは精悍な顔つきで背も高くスッとした体形をしているから、クソダサい服を着ててもなぜか妙にサマになってしまうんだけど、スズはちっちゃくて童顔でママそっくりの女顔だから、パパの真似をするととてつもなく不格好になってしまうのだ。


「喰らうがいい! 必殺――"ローズ・スティンガー"!!」


 今度は口に咥えているバラに魔力を通して硬質化させ、それを投擲し始めた。しかもキメ顔で。


 バラは黒ティラノに突き刺さってはいるが、どう考えてもパンチやキックのほうが威力が高い。まったくもって意味不明な攻撃だ。


 ……はぁ、カメラが回ってなくて本当によかった。


 お姉ちゃん(・・・・・)として、こんな恥ずかしい弟の姿は人様には絶対に見せられない。


 スズと私は同じ日のほぼ同じ時間に生まれたらしく、彼は自分が兄だと主張しているので、普段はそれを尊重して私も妹っぽく振る舞ってあげているが……。


 はっきり言って本人以外はみんな私のほうが姉だという認識だ。


 家族や仲間たちは言うまでもなく、もしスズが何も偽装を施してない状態で私たちが二人並んで立ち、道行く人に「どちらが年上だと思いますか?」と尋ねれば、十人中十人が私を選ぶだろう。


 だって――



 ――スズは子供だから(・・・・・)



 これは比喩的な意味ではなく、本当にそうなのだ。


 スズは鈴香ちゃんらに変装するときだけでなく、普段も化粧や能力による細かい偽装をしており、16歳という年相応の容姿に見せかけている。


 けれども……本来はもっと幼く、中学生……いや、下手すれば小学生でも通用するようなあどけない顔立ちをしている。


 身長も私より大きいと本人は主張しているが、女子高校生の平均にちょっと足りない私よりも明らかに小さい。


 言うなればショタ……いや、ロリっ子とでも表現するのが一番近いだろうか。


 とにかく本来のスズは、とてもじゃないが16歳には見えないのだ。


 声変わりもまだしていないし、女子と一緒に着替えたりお風呂に入っても全く平気なくらい性に対する意識も薄い。


 精神面も普段は頑張って大人になろうと努力しているようだけど、家族や親しい人たちと一緒のとき……特に私と二人っきりだと素が出て、しばしばお子様になってしまう。


 今みたいに変な恰好ではしゃいだり、チームで急に人気投票と罰ゲームをやろうとか言いだしたりするのがまさにそれだ。


 このように実際の年齢より幼く見えるのは、スズが病気だとか、なにか欠落があるからだとか、そういうわけじゃない。


 むしろ逆だ。


 パパによると、スズはネオ――


「おいリノ、ボスに接近するぞ!」


「……ん?」


 スズの声に我に返り顔をあげると、前方にボスと思わしき大きな影があった。


 全長30メートルはありそうな巨体で、胸元が膨らんでおり、どこか人間のおばさんのような顔を持つ女型の黒ティラノだ。


 その足元には大量の卵が散乱しており、そこから次々と新たな黒ティラノたちが孵化しているのが見える。


「うん、あいつがボスで間違いなさそうだね。よし、さっさと片付けちゃう――」


「――待て! ここは俺に任せてもらおうか!!」


 私が前に出ようとすると、スズが白いマントをはためかせながら行く手を阻んできた。


 う~ん、正直もう私が倒してしまいたいんだけど……スズがあまりにもワクワクした表情をしているものだから、お姉ちゃんとしては止めにくい。


「いいけどさ。……さっきから使ってるそのバラはなによ?」


「ふっ……俺は佐東鈴香として配信をしながらも、戦女神の聖域(ヴァルハラ)鈴輝(すずき)としても人気を獲得していけるように色々と試行錯誤していたのだ。いっぱい名作漫画を読破した結果、攻撃にバラを使う男キャラは総じてカッコいいという法則があることを発見した」


 ドヤ顔でアホなことを言いだすスズに、私は顔に手を当てて深く溜め息を吐いた。


 ……またレイコのやつだな。あいつには今度ちゃんと注意しておかないと。


 スズはお子様なので、周りの影響をすごく受けやすい。


 といっても、この子は家族や信頼している人以外にはあまり気を許さないので、本来はあまり心配は要らないんだけど……厄介なことにスズはレイコにかなり懐いてしまっているのだ。


 レイコはスズを可愛がってはいるが、同時にアホでお調子者でもあるので……この子に変なことを教えこんでからかうことが結構ある。


 特に最近はスズの男の子としての琴線(きんせん)に触れそうな漫画やアニメやゲームを見つけては布教活動をしているので、色々と影響を受けてしまっているようで、保護者としては頭が痛い……。



「次の人気投票一位は……この俺だぁーーーーッ!!」



 スズは地面を踏みしめ勢いよく宙へと飛び上がると、右手にバラを握りしめながら思い切り振りかぶった。


 そしてそのまま拳に大量の魔力を込めて、ボスのボディに強烈な一撃をお見舞いする。


「必殺――"美しきバラパンチ"!」


 ドゴンッという衝撃音と共に、ボスティラノの巨躯が後方に吹き飛んで、足元の卵をバキバキと潰しながら地面に尻もちをつく。


 スズは空中で一回転しながら私の隣に華麗に着地すると、マントをバサリと翻してポーズを取った。


「綺麗なバラには棘がある。俺の棘は……ちょっとばかり痛いぜ?」


「……」


 チラチラとこっちを見ながら、私がどんな反応をするのか期待の眼差しを向けているスズ。


 まるで褒めてアピールしてる飼い犬みたいに、尻尾をブンブンと振っている幻影が見えるほどだ。


「ねえ? どう? カッコよかった?」


 ……ついに自分で聞いてきちゃったよ。


 姉としては嘘を言って褒めてやりたくもなるが……甘やかすのはよくない。


 両親や仲間たちはこの子にだだ甘だから、せめて私だけは厳しいお姉ちゃんになるんだと心に決めているのだ。


「ぜんっぜんカッコよくない! マイナス5億点!」


「……え、嘘? き、決め台詞がマズかったかな? 『魔力入りのバラは痛かろう』と『綺麗なバラには棘がある』のどっちにするか悩んだんだけど……」


「それどっちもパクリでしょ!? 決め台詞くらい自分で考えなよ!」


 しかも前者の人ってめちゃくちゃかませ犬キャラじゃん!


「そもそも右手にバラ握った意味なんかあった!? むしろ棘が刺さって拳から血が滲んでるし! どう考えても普通に殴ったほうが威力出るよね!?」


 バリバリと身体を放電させながら、刺さらない程度にスズの額にツノをぐりぐりと押し付ける。


「いだだだっ!? わ、わかった! バラ攻撃はもう封印するから!」


「うん、よろしい。でもまぁ、バラ攻撃だけじゃなくて男の子の恰好も封印したほうがいいと思うよ? 男の子としてのセンス終わってるんだからさ。……ね?」


「急に優しげな顔になって辛辣な言葉投げつけてくるのやめてくれますか!?」


「はいはい。ほら、ボスが怒ってるよ? もうさっさとトドメ刺してよ」


「お、おう……」


 スズは少し凹みながらも再びボスティラノと対峙する。


 しかしそこから動こうとしない。たぶん難易度8から9と同等と思われるエリアのボスなだけあって、想像以上に硬かったのかもしれない。


 戦女神の聖域(ヴァルハラ)でのスズは後衛職なので、これといった決め手になるような高火力の攻撃手段をもっていないから、どうやってトドメを刺したものかと迷っているのだろう。


「なにしてんの? もう一個の能力(・・・・・・・)使えば余裕でしょ?」


「俺は鈴輝(すずき)のときは鈴輝の能力しか使わないって決めてんだよ」


「その面倒くさい自己制約やめなよ……って思うけど、そういうところがまたスズの変装にリアリティを与えてるんだろうね」


 スズはとにかくこだわりが強い。


 例えば佐東(さとう)鈴香(すずか)ちゃんは、魔術を【重石の処女(タングステンヘッド)】とやらに決めてしまったので、もうそれしか使うことができないと、自分自身にルールを課している。


 もちろん鈴輝や別のキャラも同様だ。変声や肉体の偽装を除いて、特定の能力以外を一切使用しない。


 完全に偽装を解いたときだけ全ての能力を使える……という設定なのだとか。


 他にも鈴香ちゃんの最初のゴブリン戦のように、股間から偽物じゃなくて本物を放出したりと……スズは一切の妥協をしない。


 しかしこれが結果的にスズの変装の精度を恐ろしいほどに高めている。はっきりいって多重人格者かと錯覚するほどに。


 はぁ~……と大きく溜め息をつきながら、私は"ダビデの宝物庫"から妖しく光る一振りの日本刀を取り出して地面に突き刺す。


「これ使いなよ」


「お、天羽々斬(あめのはばきり)じゃん。でもいいのか? 俺は追放中だから戦女神の聖域(ヴァルハラ)のアイテム使っちゃ駄目なんじゃなかったっけ?」


「私とパーティ組んでるんだから今更でしょ。配信もしてないんだし言わなきゃバレないって。ほら、早く」


 天羽々斬はメサイアレリックではないが、超高難易度のダンジョンの攻略報酬として手に入れた伝説級のアイテムだ。


 魔力を込めれば込めるほどに切れ味が上がり、魔力量に応じて刀身の長さも自在に変化させることができるという神剣である。


「いやでも……俺のこのカッコいい衣装と日本刀はちょっと見栄え的に――」


「いいからさっさとやる!」


「ひぎぃっ!? ビリビリさせながらお尻を蹴らないで!」


 ……まったく、本当に子供なんだから。


 スズは渋々と天羽々斬を地面から引き抜くと、立ち上がってこちらを睨みつけてきたボスに向き直り刀を上段に構えた。


 さっきまでのお馬鹿な姿が嘘のように真剣な表情に変わり、ピタッと静止して精神を研ぎ澄ませると、刀に清流の如き魔力を通し始める。


 ……相変わらずとてつもない魔力操作技術だ。


 物質に魔力流すのはかなり高度な技であり、熟練の魔力使いであっても表面に魔力を数秒間纏わせるのがせいぜいだ。


 しかし、スズのそれはまさに通すという表現が相応しい。


 まるで血管の中を流れる血液のように、刃の先端から柄の部分、そして表面だけでなく内側に至るまで一切のムラなく魔力を浸透させており、しかもそれを霧散させることなく何分も維持することができるのだ。


 ここまで美しい魔力の通し方ができる人間は、世界中を探しても片手で数えられるほどしかいないだろう。


『ゴギャアァァーーーーッ!!』


「はぁっ!!」


 あっという間に私たちの身長の数倍の長さにまで伸びた刀身を、スズは突進してきたボスティラノに向かって一気に振り下ろす。


 すると、スパッと小気味のいい音が響き渡り、いとも簡単にボスの頭部が胴体から切り離された。


 ――ブシャアァァッ!!


 頭部を失ったボスティラノの身体は、まるで噴水のように赤黒い血液を吹き出しながら、ズシンと大きな音を立てて地面に崩れ落ちる。


 やがてその巨体は光の粒子となって消えていき、地面には銀色に輝く指輪が残された。


 ボスを倒したことで、周囲のモンスターや卵も消滅していき、私たちの目の前には豪華な装飾が施された宝箱が現れる。


「見たか! これが戦女神の聖域(ヴァルハラ)の白き閃光――涼木(すずき)鈴輝(すずき)の実力だ!」


 天羽々斬を天高く掲げ、顔についた返り血を親指でピっと拭い、カメラがあると想定して決めポーズをとるスズ。


「白き閃光とかカッコつけてるところ悪いんだけど……服、返り血で気持ち悪い赤黒色の総柄になってるよ?」


「……え? ぬあぁぁぁっ!? 俺の一張羅がぁぁっ!!」


「だから裏世界に全身白ずくめで来るほうがおかしいんだって……」


 血で染まったタキシードを見て嘆き悲しむスズをスルーして、私は地面に落ちている銀色の指輪を拾うと、続けて宝箱を開けて中身を回収する。


 するとダンジョンはキラキラした光に包まれていき、気づけば私たちは裏谷保天満宮の本殿前へと戻ってきていたのだった。

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