第020話「夜の裏世界」
「……ふっ、やはり裏世界の夜風は心地いいな。舞い散る桜も昼より美しく見える」
裏国立エリアの桜通りを歩きながら、俺はマントをバサッと翻し、夜空に浮かぶ二つの月を見上げて陶酔するように呟いた。
ここ裏世界は表世界と時間もリンクしており、表が夜になるとこちらも夜になる。そして空には大小二つの月が浮かび、昼よりも幻想的な光景が目の前に広がるのだ。
しかし、昼間にあれほど探索者に溢れていたこの通りも、今はちらほらと人影が見える程度である。
何故そのようなことになっているかというと、一つ目の理由として、裏世界には街灯の類いが存在しないため、夜になると月以外に光源がなくなってしまい、見通しが悪くなるからだ。
そして二つ目は、単純に危険度が高いから。
裏世界は夜になると同じエリアでも昼より魔素の濃度が上がり、モンスターの強さと狂暴性が増す傾向にある。更には夜にしか出現しない強いモンスターもいるので、基本的に探索者は昼に活動するというわけだ。
「まあ、俺たちからすれば夜のほうがありがたいんだけどな」
俺たち"インネイト"は、より魔素が充満した環境のほうが身体能力と魔力量が跳ね上がる。
なので、俺たちにとっては裏世界の夜こそが、一番活動に適した環境なのだ。
「……って、なんでお前そんな離れて歩いてるの? せっかく久々に一緒に裏世界に来たんだから、もっと近くに寄れよ」
「ちょ、ちょっと近寄らないでよ! 知り合いだと思われたら恥ずかしいからもっと離れて歩いてよね!」
ガーン……。
数メートルほど後ろを歩いていたリノにゆっくりと近付こうとすると、彼女は慌てて俺からさらに距離を取った。
ひ、酷い……。俺はただ妹と一緒にお出かけしたいだけだというのに……。
「一体俺のなにが不満だというんだ!」
「その恰好に決まってるでしょ!? なにそのクソダサ衣装は!?」
「はぁ~? かっこいいだろうが!? これのどこがダサいんだよ!?」
くるりと一回転して、自分の衣装をリノに見せつけるようにポーズを決める。
だが妹はそんな俺の姿に対して、まるで汚物でも見るかのような蔑みの視線を送ってくるのだった。
「一応聞くけど……まずその仮面はなに?」
「ふふふ……前にお前が顔全体を覆うような仮面はキャラが立たないって言っただろ? だからアドバイスに従って目元だけを隠せるこのデザインにしたんだよ」
「……で、その頭に被ってるシルクハットみたいなやつは?」
「シルクハットだ!」
「……なんで全身白ずくめなの?」
「え? だって黒ずくめは厨二病っぽくてダサいってお前が言ったんじゃん。だから清潔でクール雰囲気を醸し出す白にしたんだよ。どうだ? 最高にイケてるだろ?」
「どこが!? なんなの! そのタキ○ード仮面と怪盗○ッドが混ざったような衣装は!? どっからどう見てもただの変質者でしょ!?」
な、なんてことを言うんだこの角メスガキは!
タキ○ード仮面は永成の時代に女の子たちのハートを鷲掴みにして、怪盗○ッドは令保となった今もなお愛され続けているというのに……!
……どうやら俺の妹はセンスと常識がぶっ壊れているようだな。
「そ、それより裏谷保天満宮が見えてきたぞ。どうだ? なにか感じないか?」
「あっ……本当だ。とても危険度2の区域とは思えないような禍々しい魔力が漂ってるね」
ふむ……。リノも俺と同じ感覚を覚えたようだな。
なら、やはりあの封印石は、あのティラノサウルスのようなモンスターを封印していただけではない、とみて間違いないだろう。
二人で真っ赤な鳥居を潜り、神社の本殿へ続く階段を下り始める。
ちなみに辺りからは完全に人気がなくなったので、リノも渋々ながら俺の横を歩き始めた。
……そして、例の封印石の前まで辿り着いたのだが。
「やっぱりまだ禍々しい魔力が漏れているな」
「なんだろうね。スズ、とりあえず完全にぶっ壊してみたら?」
大岩は、『封』という文字が書かれたお札が剥がされ、注連縄も切られて二つに割られていたが、まだ原形を留めていた。
リノの言うようにこれを完全に破壊すれば、この禍々しい魔力が漏れている現象の正体が分かるかもしれない。
こんな怪しい岩を壊すなんて普通なら躊躇するかもしれないが、世界に24人しかいないSランクのうち二人がここにいるのだから、恐れることは何もないだろう。
「…………ん」
「お~……相変わらずまるで服でも着ているみたいにナチュラルに魔力を纏うよね。しかも薄い膜のようでありながら、その中身はとんでもない密度で詰まってる……。これほど綺麗で無駄のない魔力の流れは、スズ以外に見たことないよ」
精神を集中して全身に魔力を行き渡らせると、リノはうっとりした瞳で俺を見つめていた。
ふっ……。どうやら俺の美しすぎる魔力の波動に、さすがの妹様も魅了されちまったようだな。
「これでそのクソダサ衣装さえ着ていなければ、完璧なのにね~」
「うるさいなぁ……っと。オラァ!!」
――ドゴォォォォンッ!!
リノの軽口を無視して拳を振りかぶり岩に叩きつけると、轟音とともに大岩は粉々に砕け散った。
すると、岩のあった場所の下に、どこかに続いているであろう真っ黒な空間の裂け目が現れる。
「これって……もしかしてダンジョンの入り口?」
「……どうやらそうみたいだな」
ダンジョンは大きく分けて二つの種類が存在する。
一つはボスを倒せば消滅するタイプで、もう一つはボスが倒されても消滅せずに残り続けるタイプだ。
特徴として、前者は稀にダンジョンの中のモンスターが外に出てくることがあり、後者は決して外に出てくることがない。
前者のタイプを放置しておくと、その区域の危険度より強力なモンスターが外に這い出てしまい、探索者たちに大きな被害が出てしまう可能性があるので、見つけ次第早急にボスを討伐してダンジョンを消滅させることが推奨されている。
このダンジョンは明らかに前者のタイプであり、つまりは種口くんが倒した化け物はここから這い出てきた一体にすぎず、この中にはあのようなモンスターが大量に巣食っている可能性もあるということだろう。
……が、そんなことで怯む俺たちではない。
俺たちはこのような誰も攻略していないダンジョンをいくつも踏破してきた、裏世界で最強レベルの探索者なのだから。
「よし、行くぞ!」
「うん! さっさと攻略して家帰ってのんびりしよ!」
まるでピクニックにでも行くかのように、俺とリノはその禍々しい魔力を放つ真っ黒な空間に足を踏み入れたのだった。