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第002話「裏ちゃんねる」

「と、意気込んだはいいが……ゼロから二ヶ月で100万人は結構難易度が高いよな」


 自宅に帰った俺は、リビングのソファーにぐでっと寝ころびながら、スマホで探索者専用の動画サイト【裏ちゃんねる】を閲覧していた。


 裏ちゃんねるは裏世界関連の動画を専門的に扱っている、日本政府が直々に運営しているサイトで、アメリカのニューチューブには及ばないものの、世界でもトップレベルの登録者数を誇る動画プラットフォームだ。


 裏世界配信者は、基本的にこのサイトに自分のチャンネルを作って投稿を行う。


 トップページを見てみると、最新の人気動画がピックアップされており、一番上にある『注目の動画!』という欄のサムネイルには、見覚えのある全身黒ずくめの仮面の男が地面に四つん這いになって項垂れている姿が映っていた。


 動画のタイトルは、『遂に人気投票の結果発表、その衝撃の結末とは……!?』と書かれている。


「……」


 俺は無言でその動画に低評価を入れると、気を取り直してチャンネル登録者数ランキングを上から順に確認していく。


「"戦女神の聖域"、"聖王十字団"、"切封 斬玖"、"U・B・A"、"ダン学Sクラス"。やはりこの五組は別格だな……」



・全員が一騎当千の実力者で、さらにチームの連携力に定評がある、裏世界最強かつ最高人気を誇る五人組のパーティ【戦女神の聖域(ヴァルハラ)


・団員総数は1000人を超え、そのエンブレムを身につけているだけで他の探索者から一目置かれるほどの裏世界最大規模のクラン【聖王十字団(せいおうじゅうじだん)


・個人の実力は裏世界最強とも噂され、その狂気的なキャラで人気を博すソロ探索者【切封(きりふ) 斬玖(ざんく)


・歌って踊って、しかも戦える美少女アイドルユニット【U・B・Aアンダーワールド・バトル・エンジェルス


・日本最大の探索者専門教育機関――"ダンジョン学園"の中でも、天才中の天才しか入れない超エリートクラスの生徒たちで構成された【ダン学Sクラス】



 他にもまだまだ実力派パーティは存在するが、人気という観点から見ればこの五組が頭一つ抜けている。


 ニューチューブと違って裏世界関連の動画だけを扱っているサイトなのにも関わらず、チャンネル登録者数が軽く1000万を超えているのだから。


「100万超えくらいならそれなりの数がいるが……」


 それでも何十年もやってるような古参やキャラの濃い連中、またはエロ配信や死を恐れない過激なチャレンジ企画なんかをやってる奴らばかりだ。


 新参者が二ヶ月で達成するのは、かなり厳しい壁と言えるだろう。


 今度は動画のランキングを上から順に見ていく。


「うわ、また切封斬玖の動画が一位かよ……」


 ランキングの一番上にある動画をタップすると、耳に大量のピアスをつけたツーブロックの目つきの悪い男が、身の丈を超える大剣を軽々と振り回しながら、人型モンスターの首を次々と切り飛ばしている動画が再生される。


 そのような過激な内容にも関わらず、コメ欄は大盛り上がりで男の無双っぷりを賞賛していた。


 こいつは通称"首斬りザンク"と呼ばれており、ソロで難関ダンジョンをいくつも攻略している裏世界最強の一角と名高い探索者だ。


 しかし、モンスターだけでなく、気に入らない相手なら人間だろうが容赦なく殺害し、その様子を配信しているという超危険人物でもある。


「こんな奴がBANされずにライセンスも剥奪されないんだから、この国はイカれてるよなぁ」


 首斬りザンクの動画を閉じてランキングを下にスクロールしていくが、他にも普通の国では到底許されないような過激な動画が多数ランクインしている。


 だけど、ここ日本においてはそれらは何の問題にもならない。



 ――戦後、日本中に裏世界への扉が現れてから、この国は裏世界と共に発展を遂げてきた。


 モンスターやダンジョンから取れる、表世界のどこにも存在しない未知の素材や資源は、日本に巨万の富をもたらし、人々の生活に潤いを与え、この国の在り方を根本から変えてしまう。


 裏世界特需などすぐに終わるだろうと、諸外国は"バブル"なんて言葉を使って日本を揶揄(やゆ)したが、"昭和"から"永成(えいせい)"、そして"令保(れいほう)"へと元号が移り変わっても、バブルは弾けることなく、日本は裏世界と共に成長を続けて、いつしか世界一の経済大国になっていた。


 ……裏世界があったからこそ、今の日本があるといっても過言ではない。


 そのため、裏世界至上主義の日本政府は裏世界に関する規制を一切行わないし、あっちで起こった事件や事故などは自己責任というスタンスを貫いている。


 まあ、さすがに向こうで堂々と殺人などの凶悪犯罪を犯してる切封斬玖のような奴は、戻ってきたときに逮捕されるが……。


 あいつは基本的に裏世界から出て来る事はなく、ライセンス管理やアイテム売買などは全て代理人のような人がやっているため、逮捕出来ずにいるらしい。


 だが、犯罪者だろうがどれだけヤバい奴だろうが、政府は探索者ライセンスを剥奪することはしないで放置しているので、こういった奴らの動画が消されずにサイトに残っているのだ。


 ……と、裏ちゃんねるはこんな感じのやべーサイトなので、世界の殆どの国では接続を禁止されているが、それでも裏世界への魅力に抗えず、あらゆる手段を使ってアクセスする人々が後を絶たない。


 国民への悪影響を懸念した各国の政府からは、こんな人権意識の欠片もないサイトは即刻閉鎖すべきだと非難の声が上がっているが、日本政府はのらりくらりと躱し続けている。


 世界一の経済大国である日本が、他国の顔色を窺ってサイトを閉鎖するなんてことは一切ありえないのだ。


 ……そんなわけで、これが裏世界と共に80年もの歴史を歩んできた、海外から"クレイジージャパン"と呼ばれている日本の現状なのである。



「さて、それじゃあそろそろ準備を始めますか」


 スマホをポケットに突っ込み立ち上がると、リビングから出て目的の場所へと向かう。


 アーサーは罰ゲームの条件として、戦女神の聖域(ヴァルハラ)のスズキだと絶対にバレないように正体を隠して配信を行えと命じてきた。


 リノによると、俺はネットでは戦闘で使えない奴というレッテルを貼られてしまっているらしいが、チャンネル登録者数が1000万人以上もいる戦女神の聖域(ヴァルハラ)のファンの中には、当然俺が実力者だということを理解している人も一定数は存在する。


 なので、俺はそんな彼らに悟られないように実力を隠しながら、なお且つ人気を獲得しなくてはならないわけだ。


 なら、やはりリノの言う通り、ここは俺の特技(・・)を活用するべきだろう。


 というか、あいつらもそれを期待してのこの罰ゲーム内容なんだろうし。


 無駄に広い家の中を歩き回って、二階の一番奥にある部屋へ到着すると、引き戸を引いて中に入る。


 室内の照明を付けると、まるでアパレルショップの倉庫のような広い空間に、膨大な数の衣服が所狭しと並んでいる光景が飛び込んできた。



 ――大量のラックや収納棚。ハンガーにかけられた女性物の服、服、服……。



 セーラー服、ブレザー、ナース服、メイド服、ゴスロリ、巫女服といった定番のコスプレ衣装から、一着何十万もするような高級ブランド品や、その辺の女の子が着てそうな量産型の服まで、本当に多種多様だ。


「う~ん、どれにすっかな……」


 広い衣装部屋の中を歩き回って、候補に挙がった服を次々に身体に重ねてみる。


 ……とりあえずこれにしてみっか。


 おへそが出そうな短めのキャミソールとショートパンツ、そして縞々のニーソックスを手に取って、部屋の隅にある大きな姿見の前にある椅子に座る。


「まずはメイクから……っと」


 姿見の横に置かれていたメイクボックスを開けて、慣れた手つきでメイクを施していく。


 顔は幼げ、だけど目つきはちょっと鋭い感じにして……。


 両手にメイク道具を持って高速かつ丁寧に顔へ彩りを加えていくと、やがて鏡には普段の俺とはまるっきり印象の違う、小生意気そうな女の子の姿が映った。


「ん、良い感じだ。次は……」


 髪は黒色で少し短めのツインテール、瞳の色も髪と同じ黒、胸はあまり盛らずに控えめで子供っぽく……。


 メイクボックスの隣に置いてある小道具入れの中から、リボンやカラコンなどのアイテムを取り出して、それらを手際よく装着していく。


 そして最後にあれこれと細かい偽装を施した後、先程選んだキャミソールとショートパンツ、縞々のニーソックスを身につけて、鏡の前でくるりと回って最終チェック。


「あ~、あ~、あ~、あ~~~」


 ……ん~、声はちょっと高めで子供っぽい感じにして……っと。


 何度も声出しをして声帯を震わせ、ちょっと幼い女の子っぽい声色になるように意識して調整していく。


 ついでに表情筋も調節して、顔つきをもう少し生意気そうな感じに変えて……。


 ……よし、これで準備OKだ。


 鏡の前に立った俺は、すぅ~っと大きく息を吸い込むと、口元に手を当てながら人を小馬鹿にするような声で喋り始めた。


「それじゃ~今日はぁ~、怖くて自分では裏世界に潜れないなっさけな〜いおにーさんたちのためにぃ~、私が裏世界の歩き方ってゆーのを教えてあげるからぁ~、そこで感謝しながら見てろ♥」


 鏡の中ではクソ生意気そうな少女が、ツインテールをぴょこぴょこと揺らしながらニヤニヤと人を見下すような笑みを浮かべている。


 ……うむ、今日も完璧な出来だ。


「あ、視聴者のおにーさんはっけ~ん♥ ……えいっ! よわよわ~♥ あれぇ~視聴者のおにーさんかと思ったらゴブリンだったぁ♥ 頭ツルツルなうえにざこすぎだから、おにーさんたちとゴブリンの区別がつかなくて困っちゃう~♥」


 一人でぶつぶつと喋りながら、カメラ目線で挑発的ポーズをキメる。


 そしてキャミソールを掴んでおへそをチラ見せすると、ニーソに指を入れて少し引っ張り上げ、ショートパンツとの間にできた絶対領域を強調した。


 その立ち振る舞いはどこからどう見ても小生意気なメスガキそのもので――。


「う~ん、駄目だな……」


 溜め息を吐きながらドカッと椅子に座ると、俺は姿見に映る自分の姿を改めてまじまじと見つめた。


 人気は出る、出るだろうが……。


 あまりにも特定の層を狙い過ぎて、二ヶ月で100万の大台に乗せるのは少し厳しい気がする。


「それにこのキャラを二ヶ月も続けるのは単純にしんどいしな……」


 衣服をポンポンと脱ぎ捨てて全裸になり、メスガキメイクを落とすと、俺は再び部屋の中をウロウロと歩き回って次の衣装を探し始めた――。

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