第018話「やっちまったぜ」
『スズは追放中だから、チームのアイテムは使用不可だと言わなかったかい?』
「ですからそれどころじゃないんですよ! 私の配信を見ていたならわかりますよね!?」
探索者協会に隣接した総合病院。
俺はそこの中庭にあるベンチに座って、スマホに耳を当てながらアーサーに訴えかけていた。
瀕死の重傷を負った種口くんを救うには、最高レベルの回復アイテムが必要だ。今の佐東鈴香ではどう足掻いても手が届かないので、スズキとして戦女神の聖域のアイテムを使わせてもらう必要がある。
『悪いけど、切封斬玖の件についての協会からの対応で、今回のスズの配信は見ていないんだよ……』
「あ~……そういえばそんなこともありましたね……」
『それより電話口でくらいその美少女演技と変声をやめたらどうだい? 最初誰かわからなくて、スズだって気付くのに少し時間が掛かってしまったよ』
「私は変装時には完璧を追求したいタイプなので。とにかく簡単に状況を説明しますとですね――」
……
…………
………………
『なるほど。それなら致し方ないね』
一通りの説明が終わると、アーサーはなんとか納得してくれた。
こいつは典型的な善人なので、たとえルールを破ることになろうとも、こういう事情があるとかなり融通を利かせてくれる。
『エリクサーが必要かい?』
「いえ、全身がボロボロのようですが、肉体の損傷だけみたいなので、マキシポーションで大丈夫だと思います」
エリクサーは傷だけでなく、病気や呪いなどの状態異常まで完全に治してくれる奇跡のような効果をもたらす回復アイテムだ。
だが、超高難易度のダンジョンの宝箱やボスモンスターからしかドロップしないので、当然レア度は最高ランク。売れば天文学的数字がつくだろう。
トップ探索者パーティである戦女神の聖域ですら、ストックは二個しか持っておらず、おいそれと使うわけにはいかない。
一方マキシポーションはエリクサーのように病気や呪いなどは治せないが、肉体の損傷だけなら欠損すら治せるほどの超強力な回復アイテムである。
こちらも非常にレアだが、戦女神の聖域は十数個のストックを持っているので、一つや二つ使っても特に問題ない。
ちなみに、ポーションは一番レア度の低いものでも一つで軽い骨折程度なら治せるほどの回復効果がある。
ただし効果が高い反面、一般的に想像するようなゲームにおけるポーションよりもやや希少で、雑魚敵からもドロップするものの確率はそこまで高くなく、探索者協会のショップにも普通に売っているがかなり値が張るのが難点だ。
『しかし、出所はどうするんだい? うちのアイテムだとは公表できないだろう?』
「あのティラノサウルスのようなモンスターのドロップアイテムだったことにします。それなら倒したのも種口さんですし、問題ないかと」
『なるほど、それは名案だ。では、すぐにレイコに届けさせるから、少し待っててくれるかな?』
「はい、ありがとうございます」
俺はアーサーとの通話を切ると、スマホをバッグにしまいながら空を見上げた。
そして一分もしないうちに、俺の座っているベンチの隣に、すぅ~っと浮かび上がるようにマキシポーションの入った小瓶が現れる。
……相変わらず便利な能力だなぁ~。
レイコの魔術に感心しつつ、俺はマキシポーションの瓶を手に取ると、すぐに種口くんの眠る病室へ向かったのだった。
「ですから先生! 私のライセンスにツケてマキシポーションを使用してください! Bランクの私であれば協会からお借りできますよね!」
「しかし長南さん……マキシポーションは非常に希少なんですよ。あなたはまだ学生の身なのに、相当の借金を背負うことになりますよ? 親御さんにはちゃんとお話されていますか?」
「そ、それは……。でもこのままだと迅が……迅が……」
俺が種口くんの病室に戻ると、そこではダン学の制服を着た、黒髪ポニーテールの少女と医師が押し問答していた。
少女は背中に竹刀入れのような物を背負っており、すらりと伸びた四肢と引き締まった肉体をしていて、なんだかサムライガールみたいな雰囲気のある子だ。
アパートの大家である俺は、ある程度住人の個人情報を知っているが、種口くんは家族もいない天涯孤独の身だったはず。なので彼女は、おそらく恋人か一番仲の良い友人といったところだろう。
「全身の骨が砕け、筋肉や臓器もズタボロで、どうやら右目は失明もしています。しかし応急処置として低級ポーションが投与されているので、今日明日で命がどうこうということはありません。一度親御さんを交えて、ゆっくり話し合ってから決めてください」
医師の男性の言葉に、少女は全身をチューブで繋がれた種口くんを痛ましそうに見つめながら、唇を嚙んで押し黙る。
俺はそんな少女の隣に立つと、マキシポーションの小瓶を手のひらの上に乗せて、彼女たちの前に差し出した。
「先生、マキシポーションってもしかしてこれのことじゃないでしょうか?」
「これは……。君、一体これをどこで手に入れたんだね……!?」
「実はこれ、種口さんが倒したモンスターからドロップしたんです。あのときは彼を病院に運ぶのに必死で、鑑定する暇もなく鞄に入れてしまっていたんですが……」
「なんという僥倖! その色合いは十中八九マキシポーションだ! すぐに隣の協会で鑑定してもらいなさい!」
医師が興奮したようにまくし立て、少女は驚愕の表情で俺の手の中の小瓶を見つめる。
俺は医師に軽く会釈すると、一緒に行くと言って聞かない少女を連れて、協会へと向かった。
◇
「え~っ!? 佐東さん、迅と同じアパートに住んでるんですか!?」
「ええ、そうなんですよ。……あと、鈴香でいいですよ。どうやら同い年みたいですし」
協会で鑑定をしてもらうと、当然だが無事マキシポーションであることが証明されたので、早速種口くんに使用するために病院に戻ることにした。
道中、少女と色々話をしたのだが、彼女はダン学の一年生でBランク探索者の長南爾那さんというらしい。種口くんとは小学校に上がったときからの友人で、いわゆる幼馴染というやつのようだ。
「じゃあ鈴香って呼ぶね。私は爾那でいいよ」
「はい、よろしくお願いします爾那さん」
「敬語や『さん』付けはいらないよ~。私たちは同い年で同じ探索者なんだから、もっとフランクに行こうよ」
「……すみません。敬語は癖のようなものなので。では"ニナ"とだけ呼ばさせてもらいますね」
背中をバシバシと叩きながら笑うニナに、俺は苦笑しながら答えた。
彼女は人懐っこい性格のようで、裏表がなさそうなところが好感がもてる。コミュ力も相当高いようで、学校では女子の中心的ポジションにいるようなタイプだな。
そして魔力使いとしても、武道家としても非常に優秀だ。
魔核はまだないようだが、肉体の内側に残る魔力の残滓から推測するに、裏世界のもう少し魔素濃度の濃い場所で修行を積めば、数年後には魔核を得ても不思議ではないくらいに魔素との親和性が高そうに見える。
足運びや筋肉の付き方を見ると、彼女はおそらく剣を使うタイプだな。それも幼少期から十年単位の修行を積み重ねた手練れだ。
魔術はどうだろうか。将来的に魔核を得られそうなほどなので、既に発現していても不思議ではないが……。
……いかんな。純粋に好意を向けてくれる相手に対しても、どうしても分析をしてしまう。俺の悪い癖だ。
「鈴香、マキシポーション貰っていい?」
「あ、はい」
いつの間にか種口くんのいる病室に着いていたので、俺はニナにマキシポーションを渡した。
ニナは種口くんの眠るベッドへと向かい、口に繋がれているチューブを外すと、小瓶の蓋を開けて中の液体を彼の口に垂らす。
するとすぐに効果が現れたようで、彼の全身が淡く発光し始めた。
「……ん? あ、あれ? 俺は一体……」
「迅! 良かったぁ~!!」
「うわっ!? 爾那、お前なんでここに……。ていうかここ病院か? なんで俺はこんなところにいるんだ……?」
目を覚ました種口くんに、ニナが感極まったように抱き着き、彼は混乱した様子で周囲を見回す。
その後、ニナや医師から説明を受けた種口くんは、やっと自分が死にかけたことを思い出したようで、俺に向かって深々と頭を下げてきた。
「佐東さん、ありがとうございます。俺を病院に運んでくれたり、マキシポーションまで使ってくれて……。なんてお礼を言ったらいいのか……」
「い、いえ! むしろお礼を言いたいのはこっちの方でして……。種口さんが助けてくれなかったら、私は今頃モンスターの餌になっていたかもしれないんですから」
お互いにぺこぺこと頭を下げながら会話する俺たちを、ニナがクスクスと笑いながら眺めていた。
……しかし、これにて一件落着だな。
迷惑系配信者のせいで一時はどうなることかと思ったが、結局俺の正体はバレずに済んだし、種口くんも完全に元通りに回復できた。
めでたしめでたしの大団円――
「でも、その髪の毛……元に戻らなかったね」
ニナが種口くんの前髪の一部を指で摘まみながら言う。
よく見ると、彼の前髪が一房だけ真っ白になってしまっている。しかし身体に異常はないみたいだから、特に問題はなさそうに思えるが……。
「身体は治っても、完全には元通りとまではいかなかったみたいだ。先生によると、寿命も数年分は縮んでしまった可能性が高いそうだ」
「――え゛っ?」
思わず美少女とはかけ離れた、野太い声が漏れてしまう俺。
額からも冷や汗が流れ落ち、心臓がバクバクと激しく鼓動する。
「でもよかったよ。俺の命をちょっとばかし削る。たったそれだけで全員無事だったんだから」
「そう……だよね。あの場であの化け物を倒せるのは迅しかいなかった。なら、迅は正しいことをしたんだよ。……立派だったと私は思う」
「ああ、もしあのときあの場に運よくSランク級の探索者が居合わせでもしたら、俺も無茶しないでよかったのかもしれないが、そんな都合のよい話はないからな」
「うん……そんな人がいたなら迅が命を削る必要もなかっただろうけど、いなかったものは仕方がないもんね。……ん? 鈴香、なんだか顔色が悪いけど大丈夫?」
「い、いえ……。お気にナサラズニ……」
「汗も凄いけど、大丈夫ですか? 佐東さん」
「ダ、大丈夫デス……。問題アリマセン……」
にこにこと微笑みながら、みんな無事でよかったと語り合い、そして俺の心配までしてくれる二人。
「でも、ちょっと疲れたので……今日はこれで失礼しますね……」
「うん、お大事にね!」
「佐東さん、今日は本当にありがとう!」
最後まで善意100パーセントの笑顔を向けて手を振る彼らに、精一杯の愛想笑いをしながら病室を抜け出すと、俺はよろよろとした足取りで家路についたのだった。