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第017話「俺が倒すしかない③」★

「やった! 遂にゲットしたぞ!」


 国立エリアに通ってネコカンガルーを倒し続けることおよそ一月。やっとお目当ての次元収納袋を手に入れることができて、俺は思わず歓喜の声をあげた。


 これで……これでようやく初心者を卒業したと言えるところか……長かった。


「だけど、こんな調子じゃ"厄災魔王の一欠片(ディザスター・ワン)"を倒すなんて夢のまた夢だよな……」


 普通の状態じゃ危険度2のモンスターさえ倒すことができず、魔術を使ってようやくまともに戦えるレベルだ。そのうえ、ネコカンガルーを数体倒しただけで既に筋肉痛になってしまっている。


 犬瀬が馬鹿にするのも当然だな……。


 しかし、俺はそれでも諦めるわけにはいかない。


「姉さん……。俺が絶対に助けてやるからな」


 俺はそう決意を固めると、もう少しネコカンガルーを狩ってから家に帰ろうと思い、桜通りを歩き始めた。


 すると、ほどなくして前方に真っ赤な鳥居が見えてくる。


 裏谷保天満宮だ。いつの間にかこんなところまで歩いてきていたらしい。


「せっかくだしちょっと寄って行くか」


 犬瀬の言うように、このままでは俺が厄災魔王の一欠片(ディザスター・ワン)を倒すなんて、限りなく不可能に近い。


 俺にはなにか……なにかきっかけ(・・・・)というものが必要な気がする。


 それが神頼みというのも情けない話だが、別に参拝くらいしたってバチは当たらないだろう。


 そう思って鳥居を潜ろうとしたとき、前方から歩いてきた探索者パーティがスマホを見ながら興奮気味に話しているのが聞こえてきた。


「おい見ろよ! 切封斬玖が"厄災魔王の一欠片(ディザスター・ワン)"の一体を倒したらしいぞ!」


「マジじゃねーか!? あれって倒せるもんなのか! やばすぎだろ!」


 ……え? 厄災魔王の一欠片(ディザスター・ワン)が……倒された?


 まさか"全てを飲み込むモノ(ヒュージオリフィス)"が!?


 慌ててさっき手に入れたばかりの次元収納袋の中からスマホを取り出し、ニュースサイトを確認する。


 するとそこには、【厄災魔王の一欠片(ディザスター・ワン)《No.04》――"全てを断ち切るモノ(シザーハンズ)"】が切封斬玖によって討伐された、というニュースが大々的に報じられていた。


 ち、違った……。《No.09》ではなく《No.04》だ。


 ほっとしたような、そして俺じゃなくても《No.09》が倒されたなら姉さんが解放された可能性があるんじゃないかという、残念感が入り混じった複雑な感情が胸中を駆け巡る。


 いや、しかしこれは……倒したのはトップ探索者ではあるが、奴らは絶対に倒すのが不可能というわけではない、ということが証明されたとも取れるんじゃないか?


 なら、やはり俺だって――


「おい、ボケっと突っ立ってんじゃねーよ! 邪魔だ!」


「……あっ、すみません」


 考えに耽っていると、後ろから歩いてきた二人組の探索者に怒鳴られてしまった。


 派手に染めた真っ赤と真っ青の髪をした、なんだかガラの悪そうな連中だ。


「ったくよぉ~。なにが厄災魔王の一欠片(ディザスター・ワン)だよ。どうせ実際は大したことねーモンスターって落ちだろ? 俺らの目の前に出てきやがりゃあ、楽勝でぶっ殺してやんのによぉ~!」


「ああ、だがよぉ~。このままだとしばらく視聴者がザンクの配信に釘付けになっちまうぜ。俺らもなにかハデなことしてバズらせねーと、そろそろやばいぜ?」


 二人組は、俺のことをまるでゴミでも見るかのような目で一瞥すると、そのまま本殿の方へと歩いていく。


 ……ふぅ、参拝でもしていこうかと思ったけど、なんだか気分が削がれちゃったな。今日はもう帰るか。


 俺は次元収納袋にスマホをしまうと、そのまま踵を返して歩き出した。


 しかし、およそ100メートルほど進んだところで、神社の方から凄まじい轟音と、まるで地震でも起きたかのような振動が伝わってくる。


「な、なんだ!?」


 慌てて振り返ると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 

 全長15メートルはあると思われる、真っ黒なティラノサウルスのようなモンスターが、天に向かって大きく口を開けながら雄叫びをあげていたのだ。


 その両手には先程のガラの悪そうな探索者二人が、無惨にも鷲掴みにされている。


 ……そ、そういえば裏谷保天満宮の本殿には、"封印石"と呼ばれているなにかを封印した大岩が安置されている、と聞いたことがある。


 あの二人組がそれを壊してしまったのか!?


「だ、誰か助けろぉぉーーーッ!」


「バズる! 絶対バズるぞ! 俺たちを助ければ一躍有名に――――ぎゃぁぁぁぁぁあーーーーッ!」


 あっさりとモンスターの口に運ばれ、そのままバリバリと咀嚼(そしゃく)されてしまう二人。


 あのままでは彼らが殺されてしまうとわかっていたのに、助けにいくどころか、俺の足はまるで地面に根が生えたかのようにピクリとも動こうとはしなかった。


 だってそうだろう? あんな化け物を俺のようなEランク探索者がどうしろっていうんだ?


 かつて見た"全てを飲み込むモノ(ヒュージオリフィス)"ほどではないかもしれないが、それでもこんな初心者区域に出現していいようなモンスターでないのは、火を見るよりも明らかだ。


「に、逃げなきゃ……。早く、ここから離れなきゃ……」


 震える足を叩き、必死にその場から離れようと駆け出す。化け物の視界に入らないように、決して見つからないように。


 そしてようやくある程度の距離を取ることに成功した俺は、ほっと一息ついたのだが――


「きゃぁーーーーー!」


「ミ、ミナぁーーーーッ!」


 突如聞こえてきた少女の叫び声に、俺の心臓がドクンと跳ね上がる。

 

 声のした方を振り向くと、俺と同い年くらいに見える女の子が、倒れた大木に挟まれて身動きが取れなくなっており、友人と思われる女の子を必死に助け出そうとしていた。


 しかし無情にも化け物はその少女たちの姿を視界に収めると、ゆっくりとそちらに近づいていく。


 た、助けなきゃ! このままだとあの子たちは確実に殺されてしまう!


 さっき食べられてしまった二人とは違う。彼らはきっと、自分の動画をバズらせるためにあの化け物の封印を解こうと思い立ち、その報いを受けた。だけどあの子たちはなにも関係がない。


 辺りを見回すが、ここは危険度2の初心者区域だ。皆逃げ惑うばかりで、あれを倒せるような探索者などいるはずもない。


 ……お、俺が倒すしかない。


 化け物でも相手は一体。後のことを考えなければ、【鬼眼(きがん)】の力を開放すればおそらく倒すことは自体は可能だ。


 人のような顔を持っているが、人間とは程遠い姿形をしているので魔術の発動は問題ない。


 ……が、あれを倒すのに何パーセントの出力が必要になる?


 前に50パーセントの力を開放したときは、全身の骨にヒビが入り、筋肉は所々千切れ、内臓にも甚大な損傷を受けた。中級ポーションを爾那から貸してもらってなんとか回復したが……。


 少なくともあいつは50パーセント程度で倒せるような相手じゃない。


 60……いや、一撃で倒さなければ動けなくなってしまうことを考えると、75パーセントは欲しい。


 だけど、そうすれば俺はどうなる? 骨折程度で済むとは到底思えない。下手をすれば死ぬ可能性もある。


 俺には姉さんを助けるという使命がある。こんなところで見ず知らずの女の子を庇って死ぬなんて、そんな馬鹿げたことをするわけには――



「わ、私が相手です!」



 頭の中で葛藤を続けていると、俺が決断するよりも先に、長く艶やかな黒髪を靡かせた一人の少女が、二人の女の子と化け物の間に立ちはだかった。


 ここから見ても分かるほどの美しい顔立ち。しかし、その表情は恐怖に染まりきっており、足もガクガクと震えている。


「……え? あれは佐東さん!?」


 同じアパートの上の部屋に住んでいる、佐東鈴香さん。


 俺と同い年なのに、大人気配信者で、探索者としての才能も俺なんかとは比べ物にならない凄い人。


 そして、俺がゴミ拾いをしていたら、手が汚れるのも気にせずに手伝ってくれたり……俺がダン学のFクラスだということを告白しても、馬鹿にするどころか励ましてくれた優しい人でもある。


 そんな彼女が、俺がビクついて情けなくも女の子を見殺しにして逃げようかと考えている間に、一人で化け物と戦おうとしている。


 ……俺は、一体なにをしているんだ?


 姉さんを助けるためにここで死ぬわけには行かない?


 あの程度のモンスターが倒せなくて姉さんを救えるのか? 仮に佐東さんたちを見捨てて姉さんを救えたとして、真面目で正義感の強かったあの人が喜ぶとでも思っているのか?


 違うだろ! ここで戦わなければ、俺は一生後悔するぞ!



「――――【鬼眼(きがん)】、解放ッッッッ!!」



 覚悟を決めて魔術を発動させた瞬間、全身から迸るほどの魔力が溢れ出てくる。


 五感が平時とは比べ物にならないほど鋭敏になり、全能感に満たされる。あれほど苦手だった魔力操作も【鬼眼(きがん)】を発動させた途端、まるで呼吸でもするかのように自然にできるようになっていた。


 だが……まだまだ足りない。


 自分の中のリミッターを外すべく、俺は魔眼の力をさらに解放する。


 肉体が熱を帯び、心臓の鼓動がドクンと大きく跳ねる。まるで体中の血液が沸騰しているかのようだ。


 開放度が50パーセントを超えると、全身の骨がギシギシと軋み、筋繊維がブチブチと千切れる感覚に襲われる。


 ……しかしそれでもまだ足りない。もっと……もっとだ!


「ぐ、ぐぎぎぎぎ……。あ、がぁぁあああーーッ!」


 視界が真っ赤に染まり、眼球の隙間からどろりと大量の温かい液体が流れ出てくる。耳の穴や爪の隙間からも同様に、赤い液体がボタボタと地面に滴り落ちた。


 だがそれでも、俺は魔眼の出力を上げ続ける。


 そして――



「うおぉぉぉぉぉおおーーーッ!!」



 魔眼の出力が75パーセントを超えた瞬間、俺は地面を蹴って化け物に向かって駆け出した。


 まるでミサイルにでもなったかのような圧倒的な速度で、佐東さんたちの横を一瞬で駆け抜け、そのまま飛び上がって化け物の頭部に狙いを定めて拳を振り上げる。


 ……一撃だ、一発パンチを打ったら俺はきっと動けなくなってしまうだろう。


 だから、確実に一撃で仕留めなければならない!


 全身の筋肉がブチブチと引き千切れ、あらゆる穴からボタボタと血液が零れ落ちるのを感じるが、そんなことに構っている暇などはない。


 俺は全ての魔力を右拳に集め、化け物の醜い顔面に向かって渾身の右ストレートを繰り出した。


『アギャァァアアアーーーッ!!!』


 俺の拳が化け物の顔面にめり込んだ瞬間、その巨大な首が鈍い音と共にあらぬ方向へとねじ曲がる。


 そしてそのまま拳を振り抜くと、その頭部は首から引きちぎられ、遥か遠くに見える山の方へ向かって吹き飛んでいった。


 大きな音を立てて崩れ落ちる化け物の身体と共に、俺は地面に着地する。


「……た、種口さんですか!?」


 俺の名を呼ぶ声が聞こえる。佐東さんだ。


 彼女は呆けたような表情で、口をポカンと開けている。


 後ろの女の子たちも無事だ。よかった……どうやら誰も怪我はないようだ。


 全員の無事を確認し、化け物の身体が光の粒子となって消えていくのを見届けたところで、俺の身体の内側でなにか大切なものが、プツンと音を立てて切れた。


「――あ」


「種口さん? 種口さん! しっかりしてください!」


 佐東さんの声が聞こえる。……だけど、もう視界が真っ黒でなにも見えないんだ。


 まるで自分の物じゃないみたいに地面に倒れ伏した身体が、誰かに抱き抱えられたのを感じながら、俺の意識は深い闇の中へと沈んでいった――。

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