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第016話「俺が倒すしかない②」★

 時は少し遡りまして……。

 今回は紅茶荘103号室の種口たねぐち (じん)くん視点で進行します。

「流井先生、訓練場の鍵をお借りしてもいいですか?」


「種口くん……今日もこんな早朝から魔力の訓練かい?」


 職員室にいた担任の"流井(あらい) 吾一(ごいち)"先生に声をかけると、彼は溜め息を吐きながらも机の引き出しから鍵を取り出してこちらに差し出してきた。


「何度もこんな事を言うのは酷だと思うが……種口くんは一般の高校に編入したほうがいいと私は思う。君は真面目で学力も高いし、いずれは探索者協会やダンジョン省の重役に就くことも夢ではないだろう」


 流井先生はオールバックにした髪を右手でかいたあと、眼鏡の奥にある優しい瞳を俺に向けながら、諭すように言葉を口にする。


「私はなにも意地悪で言ってるんじゃないんだ。君の魔力使いとしての素質はお世辞にも高いとは言えない。加えて、それを補うと思われていた魔術にも大きな欠陥がある。それは自分でもわかっているんだろう?」


「はい……わかっています」


 誰もやりたがらないFクラスの担任を、嫌な顔一つせずに引き受けてくれている流井先生。


 彼は俺のような落ちこぼれを……そして、それでも探索者を諦めきれずに無残な末路を辿った若者を何人も見てきたのだろう。


 だから、きっと彼の言っていることは正しいのだ。


「それでも……俺はやらなくちゃいけないんです」


「ふぅ……まぁ、君がそう言うなら納得ができるまでやるといい。ただ、今度のダンジョン実習で結果を出せないと、単位が足りずに留年してしまうよ」


 Fクラスの生徒は裏校舎(・・・)に入ることが許されておらず、裏世界関連のカリキュラムの殆どを受けることができない。なので実習授業で単位を取れなければ、再び一年生をやり直すことになる。


 そうなれば周りからの視線や扱いも更に悪くなること請け合いだし、しかも二回留年すると、学園から退学の勧告が下されてしまう。


 だから、次の実習ではなんとしても結果を残さなければならない。


 俺は少し憐みの混じった視線を向ける流井先生に会釈をすると、そのまま訓練場へと足を向けた。




「……う、くぅ……。はぁ……はぁ……」


 訓練場の床に跪き、荒い呼吸を繰り返す。


 駄目だ……。ほんの僅かの魔力を右の拳に纏わせるだけの作業なのに……もう魔力が底をついてしまった。


 纏った魔力もすぐに霧散してしまうし、魔力量も魔力操作の精度も、何もかもが普通の探索者たちと比べて遥かに劣っていることは明白だ。


 流井先生が探索者を諦めろと言うのも無理からぬことだろう。


「ん? もう一時間も経っていたのか……。そろそろ戻らないと他のクラスの奴らが来そうだな」


 ダンジョン学園の地下にある、魔力訓練場。


 体育館ほどの広さのこの部屋には、"魔呼器まこき"と呼ばれる、魔素を延々と排出し続ける壺のようなアイテムが設置されている。


 本来魔力は魔素のある裏世界でなければ使えないのだが、これがあるおかげで、この訓練場でだけは魔力を行使することができるのだ。


 魔呼器はかなりのレアアイテムであり、ダンジョン学園ですら一つしか所有していない。


 Fクラスの生徒以外は裏校舎に行けばいくらでも魔力を使用する練習ができるが、それでも教室に近いこちらを利用する生徒は多い。


 そのため他のクラスの奴らに占領されて使えないという事態にならないように、俺はいつも早起きして早朝にここを利用していた。


 ……しかし、そろそろ切り上げたほうがいいだろう。Fクラスの俺が朝早くに訓練をしているのを見て馬鹿にしてくるやつも多いからな。


 そう思って、急いで訓練場を出ようとした瞬間――



「おっ、そこにいるのはFクラスくんじゃねーか! 落ちこぼれが生意気にも朝っぱらから魔力訓練かよ!」



 ぎゃはは、と下品な笑い声が聞こえてきたのでそちらに視線を向ける。


 するとそこには、制服にAクラスのバッジを光らせ、嗜虐的(しぎゃくてき)な笑みを浮かべた長髪の男子生徒が立っていた。


 彼の後ろには取り巻きと思わしき生徒たちも数人控えており、皆一様に俺を見下すような目をしている。


「い、犬瀬……。なんの用だよ……」


「おい、『さん』をつけろよ底辺野郎」


 俺がたった一言発しただけで、激昂して胸ぐらを掴みながら睨みをきかせてくる長髪の男子。


「ぐぅっ……、は、離せよ……」


「あぁ? Fクラス風情がなに俺に意見してんだよ。俺を誰だと思ってやがる?」


 この男は戦後に裏世界の探索で財を築いた一族、犬瀬家の長男、"犬瀬(いぬせ) 華馬(はるま)"だ。


 犬瀬家は探索者協会にも強い影響力を持っている名家で、現在の当主はダン学の理事の一人でもあるため、学園で犬瀬に逆らえる者は殆どいない。


 胸倉を掴んだまま手に魔力を込めて俺を宙吊りにする犬瀬。


 なんとか抵抗しようと試みるが、俺の魔力量ではどうすることもできない……。


「お前魔術師なんだろ? だったら魔術の一つでも使って俺を止めてみろよ。どうした? 見せてみろよ。Fクラスの底辺魔術がどんなもんかをよ」


「ぐぁ……が……。や、やめてくれ……」


「はっ、無様だな。知ってるぜ? てめぇ、びびりで人間相手だとろくに喧嘩もできないらしいじゃねーか。人間タイプのモンスターからもすぐに逃げちまうってな」


 そう思ってくれてたほうがありがたい……。


 俺の魔術の欠落をこいつに知られたら、どうなるかわかったもんじゃない。


「犬瀬さん、もう離してあげたほうがいいんじゃないっスか? そろそろ首の骨が折れそうな勢いっスよ」


「はははっ! そりゃやべえ! こんなゴミ虫なやつが俺の腕力に耐えられるわけがねーか! 胸倉掴んだだけで犯罪者になっちまうところだったぜ!」


 取り巻きの一言で、犬瀬は俺の首から手を離し、地面に投げ捨てた。


 俺は受け身を取ることもできずに無様に床へと転がり、ゲホゲホと咳き込む。


「っけ、目障りだからさっさとダン学も探索者も辞めろよな。お前みたいな無能は在籍しているだけで、ダン学の名に泥を塗ることになるんだからよ!」


「お、俺にはやらなければいけないことがあるんだ。だからFクラスに落ちようが、探索者を辞めるつもりは……ない」


「落ちこぼれが! この俺に口答えしてんじゃ――」



「ちょっと犬瀬くん! なにやってるの!?」



 再び犬瀬が俺の胸ぐらを掴もうとしたところで、凛とした声が訓練場に響き渡る。


 声のした方を見ると、そこには長い黒髪をポニーテールに結い上げた、意志の強そうな目をした一人の女子生徒が立っていた。


「また迅にちょっかいかけているの? そういう陰湿なことはやめなさいって何度も言ってるでしょう」


「ちっ、うるせーのが来やがった」


「迅、大丈夫? 怪我はない?」


「あ、ああ……大丈夫だ。ありがとう、爾那」


 犬瀬を無視するように俺のもとに駆け寄ってきたのは、小学校からの同級生である"長南(おさなみ) 爾那(にな)"だった。


 彼女はSクラス入りも夢じゃないと言われている、一年のAクラス最強と名高い生徒であるにも関わらず、学園で最底辺の俺にも子供の頃と変わらず接してくれる。


「犬瀬くん……あなた、お爺さんがダン学の理事だからって、いくらなんでも横暴すぎるんじゃない?」


「おいおいおい、まるで俺がイジメでもしてるみたいな言い草じゃねーか」


「違うの?」


「ちげぇよ、これは俺の優しさだ! いい機会だ。知らねー奴もいるみてーだから、俺が直々にこいつの夢を教えてやる!」


 いつの間にか訓練場には多くの生徒が集まっており、遠巻きに俺たちの様子を眺めていた。


 犬瀬はそんな彼らに語り掛けるように大げさに身振り手振りをしながら、大声でその"真実"を暴露する。



「こいつはな、Fクラスの最底辺野郎でありながら……"厄災魔王の一欠片(ディザスター・ワン)"を討伐することを大真面目に目指しているんだぜっ!!」



 その一言で、この場にいる全ての生徒たちがざわめき出した。


 先ほどまで同情的な視線を送っていた人たちも、今では呆れたような目で俺のことを見ている。中には侮蔑の表情を向ける者までいる始末だ。


「裏世界に"厄災魔王の一欠片(ディザスター・ワン)"が出現して早20数年。十三体のうち、これまで討伐されたのはたった三体のみ! 倒したのは全員が外国人で、しかもSランクの探索者だ! 日本人は未だ一人として討伐できてねーんだよ! それをFクラスの落ちこぼれが討伐するだぁ?」


 犬瀬の演説に呼応するように、生徒たちの俺を見る視線が鋭くなっていく。


「小学校にあがったばかりの子供が、サッカー日本代表のエースとしてWCで優勝することが夢だと語るのは微笑ましいと思うよな? だがよぉ、高校の部活でベンチにも入れねー万年球拾いが同じようなことを真剣に言い出したらどうだ? 止めてやるのが優しさってもんだろ!」


 優しさなど微塵も感じられない小馬鹿にするような口調で、犬瀬は俺に向かって指をさしながら高らかに笑い声をあげた。


 そして周りの生徒たちも、徐々に犬瀬に同調するようにクスクスと笑い出す。


「いい加減にしてっ! みんな訓練にきたんでしょう? 人を笑っている暇があったら、少しでも努力をしたほうがよっぽど有意義な時間の使い方だと思うんだけど?」


「……はっ、委員長様は言うことが違うな。まあいいさ、お前は一年のAクラスで唯一俺と対等に競える実力者だから偉そうな口を利くことを許可してやっているが、俺がSクラスに上がった暁にはそんな態度も取れなくなるだろうぜ」


 爾那に嘲笑のこもった視線を向けたあと、犬瀬は興がさめたとでも言わんばかりに訓練場を去っていく。取り巻きたちも慌ててその背中を追いかけていった。


 途端に静まり返る訓練場。


 静寂が耳に痛く感じるなか、俺は床からゆっくり立ち上がると、爾那に軽く頭を下げてから出口へと足を向けた。


「迅、今日も裏世界に行くの?」


「ああ……。俺には休んでる暇なんてないから」


「迅……まだ亜音(つぐね)さんのことを、あの人はもう……」


「姉さんはまだ生きているっ!」


 思わず大声を出してしまい、爾那は驚いたようにビクッと肩を震わせる。


「す、すまない……。でも、俺は……そう、信じているんだ……」


 数年前、俺の目の前で【厄災魔王の一欠片(ディザスター・ワン)《No.09》――"全てを飲み込むモノ(ヒュージオリフィス)"】の巨大な口に呑まれてしまった俺の姉さん。


 あのとき、俺はなにもすることができなかった。


 ただ、恐怖で呆然と立ち尽くす俺を庇った姉さんが、モンスターの体内に消えていくのを見てることしかできず……気がつけば爾那に抱えられて、安全な場所に避難させられていた。


 爾那も一緒に見ていたんだ。数年前にモンスターに食われた姉を未だ諦めきれないでいる俺の姿は、彼女からしてみれば狂ってしまったとしか思えないかもしれない。


 だけど、俺には姉さんがまだ生きているという確信めいた予感があった。


 これは俺の妄想の類ではなく、"全てを飲み込むモノ(ヒュージオリフィス)"の口に呑まれた人間は、消化されるのではなくどこか別の場所に飛ばされるのではないかという仮説が、裏世界の研究者たちの間でも議論されているのだ。


 過去か、未来か、別の星か……あるいは異世界か。


 死んではいないといっても、通常では戻ってこれるような場所ではないかもしれない。しかし――


「俺が"全てを飲み込むモノ(ヒュージオリフィス)"を倒し、その能力を奪えば、姉さんをこっちに呼び戻すことだってできるかもしれない」


 それは、あまりにも荒唐無稽な話であり、俺の希望的観測による夢物語なのかもしれない。


 だが、それでも可能性がゼロでない限り、俺はこの夢を追い続ける。


「……爾那、もう俺には関わらないほうがいい。犬瀬が言ってたことは、あながち間違いじゃない。こんな狂っているとしか言いようのない夢を持っている俺と関わり続けたら……お前まで白い目で見られるかもしれない。それは、嫌だから……」


 それだけ言うと、今にも泣き出しそうな顔をする爾那に背を向けて、俺は訓練場をあとにした。

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