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第015話「俺が倒すしかない①」

「やりました~! 遂にドロップしましたよ!」


 もう何体目かわからないネコカンガルーを倒したところで、ようやく地面にシンプルな麻袋のようなアイテムが出現した。


 俺は喜び勇んでそれを拾い上げる。


 百均で売ってそうな安っぽいベージュの麻袋で、デザインもダサいし耐久性も全然なさそうな見た目をしているが、袋を開いて中を覗き込むと、そこには宇宙のような真っ暗な空間が広がっていた。


 ぐい~っと中に手を突っ込んでみると、肩の辺りまで完全に入ってしまい、明らかに袋の大きさと中の空間の大きさが釣り合っていない。


 これが次元収納袋だ。


 容量は鑑定してもらわないと正確にはわからないものの、見た目より遥かに多くの物を収納できることは間違いない。



:お~、一回の探索で出たのは運いいな

:おめでとう、鈴ちゃん!

:おめ~

:でもこれ次元収納袋の中ではしょぼいんだよな~

:耐久性低いしな

:伸縮性もないから開口部以上に大きなものは収納できないしね

:他のバッグの内袋にしとくといいよ



 コメントでは俺が次元収納袋を入手したことを祝福する声と、これよりも性能の良い袋があるという指摘の二つで溢れかえっていた。


 まあ、確かにこの麻袋は使い勝手は決していいとは言えないが……。それでもあるとないでは大違いだ。


 初心者はまずはこれを入手して、そして次にバールのようなものを卒業するため、武器を落とすモンスターを狩りに行く、というのがセオリーとされている。


 こうやって徐々に装備を整えつつ、同時に魔力使いとしての実力も上げて強くなっていくのが探索者を長く続けるコツなのだ。


 早速手に入れたダサい次元収納袋を、かわいいピンク色のショルダーバッグの内袋として取り付けると、俺は意気揚々と歩き出した。


「さて、今日の目標はこれで達成しましたが、ここまで歩いてきたので、せっかくだしこの先にある神社――"裏谷保天満宮"まで行ってみましょうか」


 裏世界は表世界の地形とほぼ同じであり、桜の木があった場所に似たような植物が生えているなど、景観も似通っていることが多い。


 もちろん、表では新築の建物が裏では廃墟だったり、民家が更地になっていたりなど色々と様変わりしていることも多々あるが、巨大な建物や歴史を感じるような建造物は、裏世界でも大体似たような感じのものが存在してるのだ。


 特に裏世界の神社は、神秘的かつ幻想的で魔素濃度も濃いことから、裏世界屈指のパワースポットとして探索者たちの間では人気だった。


 そんなわけで……魔素入りの空気が大好きな俺としては、近くに神社があれば必ず参拝しなければ気が済まない。


 しばらく歩くと、真っ赤な鳥居が見えてくる。


「わあ~! 素敵な景色!」


 境内に一歩足を踏み入れると、紅葉のような不思議な植物が風に吹かれて舞う光景に出迎えられた。


 ゆっくりと景色を堪能しながら、歴史を感じさせる苔むした石階段を下っていく。


 満開の紅い花々が咲き誇る境内を歩き回りながら、俺は大きく深呼吸をした。


 ……あ~、たまらねぇぜ。


 魔素が俺の体内の魔核と絡み合い、血管を循環して身体中に染み渡る。脳が痺れて蕩けるような感覚がして、あまりの気持ちよさに身悶えしてしまう。


 はぇ~……ここは天国か?



:鈴香ちゃんトリップしてるw

:顔エロすぎじゃねwww

:やばいやばい、鼻血出ちゃう……

:紅い花びらが舞い散る中で佇む鈴ちゃん尊すぎる

:十代で魔術師の子って大抵魔素との親和性が高いらしいからな

:薬やってるみたいな顔になってんぞw

:清楚系美少女がしていい顔じゃないwww



 おっと、いかんいかん。魔素があまりにも美味しすぎて、ついトリップしてしまったようだ。


 俺は気を持ち直すと、鞄からハンカチを取り出して口から垂れている涎を拭い、再び参拝に戻る。


 最後に神社の奥に鎮座している大岩を拝んで、今日の探索配信は終了することにしようか。


「ここが裏谷保天満宮の本殿前です。"封印石"と呼ばれているこの岩からは、なにやら怪しげな魔力も漏れてますし、決して触らないようにしておきましょうね」


 本殿の前に鎮座している、注連縄が巻かれ、『封』といういかにもな文字が書かれたお札が貼られた高さ三メートルほどの大きな岩の前に立って、俺は視聴者にそう説明する。



:あからさま過ぎるもんなw

:絶対中になんかいるだろwww

:でもこれ今までよく無事だったな

:死んでみた系配信者が破壊とかしそうなもんだけど

:あまりにも怪しすぎて本物の馬鹿しか触らんだろ

:ゲームと違って現実には命は一つしかないからな

:キッズでもわかる



 コメントでも言われてるように、こんなあからさまに怪しいものを触りたがる人間はいない。


 だって、目の前に立ってみると明らかに「あ、これやべえやつだ」ってわかるような禍々しいオーラが漏れてるからな。普段アホやってる配信者とかでも、さすがにこれを破壊して中を確認しようなんて考えないだろう。


 たっぷりと魔素を摂取して満足した俺は、今日の探索を終えようと来た道を戻ることにした。


「それではみなさん、本日の探索はここまでにしたいと思います。次回もぜひ――」



「ったくよぉ~! 今日は全然視聴者が集まんなかったじゃねえか! クソがッ!」


「ザンクのクソ野郎が話題を全部持っていきやがったからなぁ~。なんかあいつよりバズるようなネタがどっかに転がってねえかなあ?」



 配信を終了させようとしたそのとき、神社の入り口の方からガラの悪そうな男たちの声が聞こえてきて、俺は慌てて社の陰に隠れる。


 階段を下りて行く彼らの後ろ姿を確認すると、派手に染めた真っ赤と真っ青の髪をした、いかにも頭が悪そうな二人組だった。


 ……あいつらは、さっき会った迷惑系配信者の有財兄弟じゃないか。関わり合いになりたくないし、さっさと退散してしまおう。


 そう思って神社から出た俺は、足早にその場を立ち去ろうとしたのだが……。


 今度こそカメラのスイッチを切って配信を止めようとした瞬間、神社の奥の方から突如とてつもない魔力が膨れ上がるのを感じて、俺は慌ててそちらに視線を向けた。



『グルルルルァァアアアアアアッーーーー!!』


「ぎゃぁぁぁーーー! 誰か助けてくれぇーーーっ!」


「ひ、ひぃっ、嫌だ! 俺はまだ死にたくねぇーーーーッ!」



 神社の奥――本殿の方から耳をつんざくような獣の雄叫びと、男たちの悲鳴が聞こえてきた。

 

 同時に、木々を薙ぎ倒しながら、全長15メートルはあるんじゃないかと思えるような巨大な漆黒の獣が神社の外へと飛び出してくる。


 それはまるでティラノサウルスのような見た目をしており、しかして顔はどこか人の面影を感じさせる、なんとも不気味で歪な化物だった。

 

 腕は猿のように毛深く、その左右の手には、赤と青の髪をした有財兄弟が無様に掴まれている。


「……も、もしかして封印が解けちゃったんですか?」



:鈴ちゃん逃げろ!

:まさか有財兄弟がやったのか?

:想像以上の馬鹿がいた

:あんなの勝てっこないって、早く逃げて!

:やばいやばいやばい!

:危険度2の区域に出現していいモンスターじゃないって!



 漆黒の怪物は、有財兄弟を握りしめたまま悠々と裏谷保天満宮をあとにし、雄たけびを響かせながら辺りを蹂躙しだした。


 周辺にはまだ多くの探索者が残っており、怪物の姿を見ては悲鳴を上げて逃げ惑い始める。


「だ、誰か助けろぉぉーーーッ!」


「バズる! 絶対バズるぞ! 俺たちを助ければ一躍有名に――――ぎゃぁぁぁぁぁあーーーーッ!」


 大声で喚き散らす有財兄弟は、無慈悲にも怪物の口に放り込まれてしまった。


 最後の最後までバズるだのなんだのと、本当に迷惑系配信者の鑑みたいなやつらだったな。


 ……しかし、これはまずいぞ。


 あいつらは自業自得だが、このままあの怪物を放置すれば、罪のない人たちにまで被害が及んでしまう可能性がある。


 救援を呼ぼうにも、この危険度2というエリアは少し厄介で……。


 東小金井のような危険度1のエリアには金剛姉妹のような初心者育成者がいたりするのだが、ここはちょうど独り立ちしたばかりの脱初心者たちが集う場所なので、高ランクの探索者があまりいないのだ。


 それに……あの巨体と膂力に加えて、全身を覆う膨大な魔力の鎧。


 ……危険度7。いや、本来なら8か9のエリアでしか出現しないようなモンスターだ。たとえAランクの探索者でも単独撃破は難しいかもしれない。


 どうする……? 俺が倒すしかないか?


「…………」


 魔力を探知して半径500メートルほどの反応をチェックしてみるが、やはり周辺にあの怪物を倒せそうな探索者は俺以外にはいなそうだ。


 しかし、鈴香にはどう転んでもあんな化物に敵うような実力はまだ備わっていない設定だし、周りにはカメラ入りと思われる他の探索者たちのふわスラがいくつも浮いているので、倒してしまえば俺の正体がバレてしまう可能性がある。


 戦女神の聖域(ヴァルハラ)のスズキだとまでは特定されないかもしれないが、少なくとも鈴香が実力を偽っていたことだけは確実に知られて、今まで築いてきた信頼が地に落ちるだろう。


 ……仕方ない。まずはカメラをオフにして、どこかに隠れて鈴香の変装を解く。


 それから、適当な姿に化けて――


「きゃぁーーーーー!」


「ミ、ミナぁーーーーッ!」


 俺が頭を悩ませていると、女子高生くらいの少女が、怪物が暴れて薙ぎ倒された木に下半身を挟まれて動けなくなっており、友人と思わしき女の子が必死に木の幹をどかそうとしていた。


 周辺の他の探索者たちは無事に逃げおおせたようだが、彼女たちは逃げ遅れてしまったようで、怪物はゆっくりと二人のもとに近づき始めている。


 ……あ、あの子たちはさっき俺のファンだって言ってた子たちじゃないか!


 くそ、まだ上空にいくつかふわスラが浮いているし、隠れて変装を解いてる時間もない!


「サ、サキ……。私はいいから、早く逃げて!」


「そんなことできるわけないでしょ! 誰か助けてくださいっ! 友達が動けないんですっ!!」


 ああ~~っ、もうやるしかない! 俺がこのまま倒すしかない!


 俺は覚悟を決めると、地面を蹴って女の子たちと怪物の間に割って入る。


「わ、私が相手です!」


 ちくしょう! この後のことを考えると足が震えちまうぜ!


 せっかくここまで順調に佐東鈴香として人気が上がってきてたのに、めちゃくちゃ叩かれるんだろうなぁ……。



:ちょ、戦う気なのか!

:やめてくれ!

:早く逃げろって!

:ああ……あの子たちさっき鈴ちゃんに握手してもらってたファンの子たちだ……

:鈴ちゃん逃げてぇぇぇえ!!

:ああぁぁぁぁ、嫌だぁぁ!

:鈴香ちゃんが死ぬところなんて見たくない!



 怪物は目の前に現れた俺に反応して動きを止めると、人のような顔を醜く歪ませて、ニタァと気味の悪い笑みを浮かべた。


 そして、毛むくじゃらの右手を握りしめ、天高く振り上げる。


 ……佐東鈴香のファンの皆さん、申し訳ありません。


 今から清楚系JKとはかけ離れた動きをして皆さんを幻滅させてしまうかもしれませんが、どうかご容赦ください……。


 俺が心の中で視聴者たちに謝りながら、体内で練っていた魔力を一気に解放しようとした、まさにその瞬間だった――



「うおぉぉぉぉぉおおーーーッ!!」



 突如さっきまでは感じられなかった膨大な魔力が後方に現れたかと思うと、雄叫びを上げながら一人の少年が俺の横を猛スピードで駆け抜けて、怪物へと突進していった。


 中肉中背の、どこにでもいそうな平凡な見た目をした少年。


 目元が隠れるくらいの少し長い黒髪を靡かせながら、少年は恐ろしいほどの脚力で飛び上がると――輝かんばかりの魔力を纏った右手を振りかぶり……。


 そのまま怪物の顔面に拳をめり込ませた――――!

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