第014話「魔王と聖王」
かつて、裏世界には絶大な力を持った二体のモンスターが存在しました。
一体は全身が真っ黒な闇で覆われた、その姿形すら定かでない不気味なモンスターで、目につくもの全てに襲い掛かるといった非常に凶暴な性質を持っており、探索者を含め裏世界のあらゆる生命を脅かしていたといいます。
このモンスターはその身に十三もの特殊な能力を宿しており、厄災魔王の一欠片を竜巻や落雷などの災害と例えるなら、こちらは天から降り注ぐ巨大隕石のような、天変地異と呼ぶべき力を持っていたそうです。
それは、まさに人が抗えぬ天災そのもの。
人々はそのモンスターのことを、底の見えぬほどの災厄という意味を込め、【魔王アビス・ディザスター】と呼ぶことにしたのです。
そして、その魔王と相対するもう一体のモンスターは、アビス・ディザスターとは真逆の存在でした。
その身に太陽のような輝きを宿した、真っ白で美しいクジラのようなモンスターで、裏世界の空を優雅に泳ぎ回りながら、地上の生命を慈しむように見守っていたといいます。
彼はモンスターであるのに非常に温厚な性格をしており、自らに危害を加える者には容赦しないものの、向こうから攻撃されない限りは無闇に襲い掛かるような真似は決してしませんでした。
それだけでなく、気まぐれなのか……はたまた知性があるのか、モンスターに襲われている人間を自らの背に乗せて、助けてくれることさえあったそうです。
やがてこのクジラのようなモンスターは、巨大で偉大な救済者という意味合いを込めて、【聖王グラン・メサイア】と呼ばれるようになりました。
「これが、魔王アビス・ディザスターと聖王グラン・メサイアのお話です。……ここまではわかりましたか?」
:はーい!
:やっぱ声良すぎやろ。ナレーションの仕事もいけるんちゃうか?
:本当に耳心地が良い……鈴ちゃんの声、ずっと聞いていたい
:ぼく聖王の写真見たことある! めちゃくちゃ綺麗だった!
:あれすげーよな。俺、あれ見てからクジラが好きになったわ
:聖王グラン・メサイアって聖王十字団となんか関係あるの?
:↑あるで
:『かつて』いたってことは今はいないんですか?
:うん、続きを聞こうか
:せんせーい、続きを早く~!
視聴者たちは俺の話に聴き入ってくれているようで、離脱者の波はいつの間にか収まっており、それどころか徐々に人が増え始めていた。
俺は子供たちの期待に応えるように話を続ける。
この二体のモンスターは巨大ではありましたが、それでも大きさは精々20メートルくらいだったといいます。
なので、広い日本でお互い自由に行動していれば、そうそう出くわすことはありません。
それに魔王は主に西日本を、聖王は東日本を縄張りにしていたため、80年前に日本に裏世界が出現してから50年以上もの間、実際に二体は一度も遭遇することはなかったそうです。
……しかし、今から20数年前――1999年の7月のことでした。
魔王がなんの気まぐれか群馬の中心部に出現したことで、偶然その場所にいた聖王と邂逅してしまったのです。
魔王アビス・ディザスターは、出会い頭に上空に浮かぶ聖王グラン・メサイアを有無を言わさず巨大な竜巻で叩き落とすと、その身に秘めた十三の能力を一斉に発動させました。
それは通常のモンスターであれば跡形も残らないほど無慈悲な攻撃でしたが、聖王はその身に纏う光によってそれを防ぎきると、逆に魔王に反撃を喰らわせることに成功します。
――そこから、二体のモンスターの熾烈な戦いが幕を開けたのです!
魔王と聖王の力は拮抗しており、戦いは一進一退の様相を呈していました。
そのときの裏世界の群馬県は、まさに世界の終わりのような光景が広がっていたといいます。
そして……三日三晩に及ぶ死闘の末、ついに二体は相打ちという形で力尽きたのでした。
聖王グラン・メサイアは、輝く光となって天へと昇っていき、やがて77もの強大な魔力が凝縮されたアイテムに変化して、裏世界の日本各地に散らばりました。
それらは"メサイアレリック"と呼ばれ、その一つ一つが超常の力を秘めていたことから、今では裏世界の中でも最高の価値を持つお宝として、探索者たちの垂涎の的となっています。
一方、魔王アビス・ディザスターは聖王によって致命的な傷をその身に負ったものの、消滅はせずに、その肉体は砕け散って能力と同じ十三の欠片に分かれました。
分離した欠片は、やがて魔王の力を宿した十三体のモンスターとして、裏世界の各地にて再誕したのです。
これが"厄災魔王の一欠片"と呼ばれるモンスターの正体であり、裏世界の各地にて今も猛威を振るっているというわけですね。
ちなみにこの戦いによって、裏世界の群馬県は魔素の濃度が異常に高まり、県全土が凶悪なモンスターが跋扈する危険度10の魔境へと変貌してしまいました。
中心部には、"奈落"という最難関ダンジョンまで誕生する始末で、これが"大魔境グンマ"と呼ばれる所以になっています。
「そんなわけで、厄災魔王の一欠片は魔王ほど絶望的な存在というわけではありませんが、それでも災害と表現して差し支えないほどの強力なモンスターです。なので、皆さんももし裏世界へ探索しに行く際は十分注意してくださいね」
:すごくわかりやすかったです!
:解説動画とか投稿しても人気出そう
:聖王と魔王の決戦見たかったなー
:大魔境グンマの由来初めて知ったわw
:せんせー、質問でーす! そのメサイアレリックってどんなアイテムなんですか?
:やたら記録が詳しいけど、これって誰が見てたん?
:せんせーい、彼氏いますか?
「メサイアレリックは聖王十字団の公式サイトに行けば、詳しい説明が載っていますよ。彼らは聖王に助けられた人々が立ち上げた組織で、メサイアレリックの回収を活動のメインとしていますから」
裏世界最大規模のクラン、聖王十字団。
真っ白なクジラに十字をあしらったエンブレムを身に纏っている彼らは、聖王に倣って人々の救済を活動理念として掲げている正義の組織だ。
いや、だった……と表現したほうが正しいだろう。
当初はそのような理念を掲げて活動していた彼らであったが、時が経ち、人が増えていくにつれて、思想は徐々に腐敗していった。
今では権威と金儲けに目が眩んだ欲深い組織と化しており、聖王の使徒の名のもとに時には過激とも取れる行動でメサイアレリックを回収したりするなど、非難の対象になることもしばしばだ。
「記録がやたら詳細なのは、当時最強と謳われていたSランクパーティが遠くから聖王と魔王の戦いを観戦していたからだそうですよ。彼らの力をもってしても、二体のモンスターに近寄ることすらできなかったようですが……。あと彼氏はいません!」
:彼氏がいないのがわかっておじさん一安心
:ワイにもチャンスあるけ?
:あるはずねーだろw
:ガチ恋勢多すぎて草
:倒されたぞ!
:厄災魔王の一欠片が倒された!?
:ザンクが勝ったのか!?
:マジで? うそやろ?
「え、本当ですか!?」
視聴者のコメントに釣られて、俺は思わずスマホでニュースサイトを確認する。
すると、そこには厄災魔王の一欠片の一角が切封斬玖によって倒されたという記事で溢れかえっていた。
「どうやら、本当みたいですね……。日本人で厄災魔王の一欠片を倒したのって、斬玖さんが初めてですよね? ……うわー、これはちょっと凄いことになりましたね」
:凄いとか言ってる場合かww
:やべえよ、やべえよ……
:ザンクにまでさん付けしてる鈴ちゃん可愛い
:厄災魔王の一欠片って何体か倒されてるんですか?
:今まで三体倒されてるけど、外国人しか倒せてなかった
:日本人で倒したのは切封斬玖が初
:倒されると何かマズいことがあるんですか?
:ある
「厄災魔王の一欠片を倒すと……倒した者にその力が継承されるんですよ。それはモンスターだけでなく、人にも及ぶんです」
つまりは……だ。
あの人殺しさえ躊躇しない冷酷な切封斬玖が、厄災魔王の一欠片の一角になってしまったというわけである。
:探索者協会が緊急会見を開くらしい
:ザンクのやつ、裏世界から出てこないよな?
:万が一ザンクが表に出てきて暴れたら……
:日本終了のお知らせ
:日本人の厄災魔王の一欠片他にいないもんなぁ……
:でもあいつムカつく奴は平気で殺すけど子供とか無差別に殺すタイプじゃないし、意外と大丈夫なんじゃね?
:俺もそれほど心配する必要はないと思うけどな
切封斬玖に一体倒されたことによって、厄災魔王の一欠片は、これで九体がモンスター、四人が人という割合になった。
しかし、人間の四人中ザンク以外は全員外国人であり、彼らにはザンクから日本を守護する義務も義理もないので、政府も探索者協会も頭が痛いことだろう。
何故ホームであり、探索者の数も一番多い日本人にこれまで厄災魔王の一欠片を倒す者が現れなかったかというと、それは性格的な面が大きな要因として挙げられるんじゃないかと俺は思っている。
日本人は心のどこかで安定を求めている節があり、厄災魔王の一欠片を倒すくらいになると、ザンクくらいイカれた奴じゃないと務まらないのかもしれない。
:アーサー・ロックハートに有事の際はザンクを止めて欲しいと頼んでるらしいぞ
:妥当だね
:アーサーは親日で性格も真面目だから、たぶん助けてくれる
:四人の厄災魔王の一欠片で唯一まともだしな
:戦女神の聖域のリーダーだし、パーティメンバーもきっと協力してくれるよ!
:メンバーの5人中4人がSランクの戦女神の聖域相手だと、さすがにザンクも勝てんでしょ
:なら安心だな
:ワイ、鈴香ちゃんの次に戦女神の聖域も好き
:俺も……と、スズキだけは別に好きじゃないがw
:スズキだけAランクだし恰好もダサいからなwww
コメントがアーサーの話題で持ちきりになったところで、俺は人知れず溜め息を漏らす。
そう、我らがリーダーは、なんと厄災魔王の一欠片の一角であったのだ。
いつもデータデータ言ってるだけのメガネではなく、実はあれでめちゃくちゃ強いメガネなのである。
しかし、自分には関係ない話だと高を括っていたが、もしアーサーが切封斬玖と激突するような事態になれば、俺もパーティメンバーとしてその争いに参戦しなければいけないだろう。
……いやだな~。俺は平和主義者なのにな~。
それと最後の二人! お前らのID覚えたからな!
「はいはい、みなさ~ん。ザンクさんの話題はここまでにしましょう。そろそろ私の配信に意識を戻してもらえれば、私は大変嬉しいです」
パンパンっと手を叩いて視聴者の意識を再び自分へと向けると、彼らは俺の意図を汲んでくれたのか、すぐに普段通りの雰囲気に戻ってくれた。
俺はそんな彼らに感謝しながら、次元収納袋求めてもうしばらくの間、国立エリアの探索配信を続行することに決めたのだった。