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第012話「カンガルー狩りに行こう」

 探索者協会のフードコートにて英気を養った翌日――俺は予定通り次元収納袋を手に入れるべく、ネコカンガルーの出現する国立エリアへとやってきた。


 ここは危険度2の区域で、ドロップ目的以外でも、裏世界に少し慣れてきた初心者が腕試しをするためによく訪れる場所でもある。


 また、表世界では駅から少し歩くと桜並木が有名な通りがあるのだが、ここ裏世界では、春だけでなく年中桜に似た謎の花が咲き乱れており、とても美しい景観を楽しむことができるのだ。


 そのため、非常に探索者の多いエリアでもある。


 今現在俺の目に映る範囲にも数人の探索者の姿が見て取れるし、いつもは他のパーティを避けている俺であるが、今日は誰とも接触しないというのは難しいかもしれない。


「皆さんこんにちは~! 今日も佐東鈴香の裏世界配信やっていきますよ~!」



:待ってました!

:今日も鈴香ちゃんを拝みに来たぞ!

:かわいすぎワロタw

:昨日食べまくってたみたいだからしっかり運動しないとなw

:俺もスズちゃんとお布団の上で運動してぇ……

:鈴香ちゃんを推し始めてから毎日が楽しいわ

:生き甲斐

:トイレで仕事サボって見てますw

:今日は何するん?

:今日はおしっこ見れる?



 カメラのスイッチをオンにして、ふわスラの前で両手をフリフリしながら挨拶をすると、早速視聴者から沢山の反応が返ってきた。


 チャンネル登録者数50万人を突破し、もう大人気配信者と呼ばれて差し支えない佐東鈴香の配信を見に来る視聴者は、日々増加の一途を辿っており、現在では同時接続数5000人以上が当たり前になっている。


「仕事はサボっちゃ、めっですよ! 今日はネコカンガルーを討伐して次元収納袋を手に入れたいと思います!」



:『めっ』頂きました!

:ワイも鈴香ママにめっされたい人生だった

:ネコカンガルーか。あいつ、結構強いけど大丈夫?

:声が癒されるんじゃ~

:疲れたおっさんの心を浄化していく鈴香たその声

:ワシの荒んだ魂も浄化してくれぇ……

:スズちゃんに癒されにきてるおっさん多すぎだろw



「私の配信でちょっとでも元気になってくれるなら、それはとても嬉しいです。ネコカンガルーは強敵ですけど、大丈夫ですよ。ほら、私Dランクに上がったので」


 カメラの前に、シンプルなデザインのEランクと違う、金縁で装飾されたDランクのライセンスをかざしてドヤ顔を決めると、コメントはまた一段と盛り上がりを見せる。



:うろやろ?

:まだ探索者になって一ヶ月位のはずなのに、もうプロって……

:やはり天才か

:十代で魔術師は天才だってはっきりわかんだね

:鈴香はワシが育てたw

:ドヤ顔たすかる

:探索者歴15年で先日ようやくプロになったワイ、あまりの才能の差に咽び泣く

:涙拭けよおっさんw

:↑プロになれるだけでも凄いわ



「そんなわけで、もうプロの探索者ですからね! 今日は私の凄さを見せつけてあげますよ~」


 バールのようなものをブンブンと振り回しながらカメラに向かって胸を張る。


 ワイワイと盛り上がる視聴者のコメントを聞きながら、俺はネコカンガルーを探して桜通りを歩き出した。



:赤スパ投げたいんやが、鈴香たそ投げ銭機能解放しないの?

:プロなら未成年でも使えるぞ

:俺のお金でスズちゃんを幸せにしたい

:俺も俺も!

:ワイのお金もスズちゃんに貢がせて!

:赤スパ投げたらおしっこ見れる?

:Dランクになったことで貢ぎおじさんが大量発生してて草



 探索者ランクがDのプロになると、裏チャンネルの投げ銭機能が解放されたり、アイテムを購入する際に割引が効いたり、協会で専用の施設が利用可能になったりと、様々な恩恵を受けられるようになる。


 専用施設はプロのライセンスさえあれば身分証明書がなくても利用可能で、特に"探索者銀行"なんかは俺のような正体不明の人間でも口座を作ることができるので大変便利だ。


 ……で、投げ銭機能はプロになったら未成年だろうが外国人だろうが使えるんだけど、俺はそれを利用していない。


 だって、さすがに佐東鈴香というキャラクターを使って、見知らぬ人から金を搾り取るのは気が引けるからな。カメラは回しているけど収益化すらしていないし。


 俺の目的は人気を得ることであり、この配信でお金を稼ぐつもりは毛頭ないのだ。


「投げ銭は今後も解放する気はないですよ。最近は安定してモンスターを狩れるようになってきましたし、お金も結構稼げていますからね。……それに、皆さんの応援が力になってますから、私にとってそれが一番の報酬なんです」



:トゥンク

:は? ガチ恋させる気なの?

:推し変しようと思ってももう遅い

:スズちゃんの沼にズブズブとハマっていくんじゃ~

:嫌じゃ嫌じゃ! 我に貢がせたもれぇ~!

:もうプロになったんだから俺らのはした金とか必要ないだろうしなぁ~



 探索者は非常に儲かる。


 特に他の職業より優遇されている点の一つに、税金が挙げられるだろう。


 なんと、日本政府は裏世界関連の収入に関して全く税金をかけていないのだ。


 これは探索者ライセンスは外国人でも俺のような偽名でも取得可能なので、いちいちそいつら全員の所得を把握して取り立てるのが面倒なのが一つ。


 そして、とにかく裏世界のアイテムは税金なんか目じゃないほど大きな利益を国に与えてくれるので、いくらでも稼いで好き放題させて、どんどん日本にアイテムを納品してもらう方が得だと判断されているからだ。


 実際、それで日本経済はずっと右肩上がりなのだから、この対応は間違っていないんだろう。


「――む、早速現れたようですよ!」


 前方にある桜の木の陰から、猫のような耳と尻尾が生えている、カンガルーに似た見た目をしたモンスターが飛び出してきた。


 こいつがネコカンガルーだ。


 大きさは表世界のカンガルーとワラビーの中間くらいで、そこまで強くはないのだが、お腹の袋からアイテムを取り出して投げつけてくるという特徴がある。


 通常はただの石などが多いのだが、稀に鋭いナイフのような武器や、爆発する玉など危険なものを所持している個体もいるので、油断は禁物だ。


『きゅるるるるっ!』


「え~いっ! やあああっ!!」


 飛びかかってきたネコカンガルーを、バールのようなもので叩き落とす。


 地面を転がったネコカンガルーは、お腹の袋からソフトボールほどの大きさの石を取り出して投げつけてくるが、俺はそれを難なく躱すと、無防備になった胴体にトドメの一撃を叩き込んだ。


『きゅっ!』


 短い悲鳴を最期に、そのまま光の粒子になって消滅するネコカンガルー。


「ふ~、楽勝ですね~!」



:はぇぇ……

:強くなったなぁ~

:嘘やろ……ワイいつもこいつめちゃくちゃ苦労して狩ってるのに……

:これがプロの実力か

:負けそうにないし今日もおしっこ見られないんか……

:↑おしっこおじさんはいい加減諦めて帰れw

:スズたそが『おしっ娘同盟』で四天王入りしてからこういう輩多いなw



 どうやら世の中には『おしっ娘同盟』なる謎の団体が存在するそうで、その中で鈴香は最近おしっ娘四天王の一人に認定されてしまったのだとか……。


 そのせいで俺の配信を覗いている人の中に、ちょくちょくそういう嗜好を持つ変態が増えてしまっているのだ。


 まあ、自分で蒔いた種だし、しょうがないと言えばしょうがないんだが……。


 ちなみに他の四天王三人に関してはあまり詳しく調べていない。これ以上深淵を覗くのは危険と判断したからだ。


「ざ、残念ながらドロップアイテムは出なかったようですね。ですがこの調子でどんどん――」



「――あの! 佐東鈴香ちゃんですよね? 私、鈴香ちゃんのファンなんです! 握手してください!」


「ちょ、ちょっと! 配信中なんじゃないの? 急に話しかけたら駄目だって!」



 桜並木を眺めながら視聴者と会話していると、後ろから声をかけられた。


 振り返るとそこには、女子高生と思わしき二人の女の子が立っており、そのうちの一人は俺に向かって手を伸ばしてきている。


「あ、大丈夫ですよ。握手ですね。はい、どうぞ」


「わぁ~、ありがとうございます! やばぁ……リアルだとマジ超絶美少女……。それにおててすべすべ~」


「あ、ズルい! 私も! 私もいいですか!?」


 にっこり笑って差し出された手を握ると、女子高生二人はきゃいきゃいと黄色い声を上げて喜んだ。


 その後、一緒に写真を撮ったりサインを書いたりとファンサービスをしてあげると、彼女たちは満足そうな様子で去って行った。


「思ってたよりちっちゃくてかわいかったね~。あんな子が妹だったらな~」


「わかる~。鈴香ちゃんって、なんかこう……女の子だけど母性をくすぐるよね~」


 去り際にそんな会話が聞こえ、俺はぷんすかと頬を膨らませた。


 ち、小さくないわ! 女子高生の平均身長にちょっと届かないだけだい!



:おっさんだけじゃなくJKにまでモテるのか……

:俺の脂ぎった手でも握手してくれそう

:てか身長低いと思ってたけどやっぱJKより小っちゃいんだw

:↑でもおっぱいは大きいから!

:もうすっかり人気配信者やね

:初回見たときは絶対引退しちゃうと思ってたけど、よくぞここまで

:古参のワイ、後方腕組おじさんとして嬉しい

:あっ、なんかガラの悪い二人組が近づいてくる

:スズちゃん絡まれそう

:国立は人多いからこういうトラブルがあるんだよなぁ……



 視聴者の声に反応して桜通りの端っこに視線を移すと、確かにガラの悪そうな男たちがニヤニヤしながらこちらへ向かってきているのが確認できた。


 派手に染めた真っ赤と真っ青の髪を逆立てた二人組で、いかにも頭が悪そうな見た目をしている。


「カメラ入りと思われるふわスラを二つほど周囲に展開していますね。配信者でしょうか? ……皆さん。あの二人、どなたかご存じですか?」



:すまんが知らん、ただのチンピラじゃね?

:有財兄弟だと思う

:ああ、あいつらか

:有名なん?

有財(うざい)(えん)有財(うざい)じょうっていう迷惑系配信者

:関わり合いにならないほうがええで

:優しく対応すると調子に乗るタイプの奴らや

:不快そうな顔しながら無視して足早に立ち去るのがおすすめ



 小声で視聴者に助言を求めると、色々教えてくれた。


 最初は過激な視聴者が多かった佐東鈴香の配信だが、今ではむしろ信者と呼ばれる人たちのほうが多く、こうして手助けをしてくれることもしばしばある。


 ……まったく、ありがたい限りだぜ。


「おっ、かわいい子がいると思って来てみれば……君、佐東鈴香ちゃんじゃね?」


「ひゅ~、実物めっちゃかわええやん! 俺、君のチャンネル登録してるし! ねえ、俺らのこと知ってる?」


「……」


 目の前までやってきた有財兄弟は、へらへらと笑いながら馴れ馴れしく話しかけてきたが、俺は視聴者の助言通り無視を決め込んで歩き出す。


 だが、二人は俺の両隣に並ぶようにして、歩幅を合わせてついてきた。


「俺らチャンネル登録者数10万人を超える大人気配信者なんだよね。人気者同士がこうして出会えた記念に、今日はいっちょコラボ配信としゃれこもうぜ」


「うぇーい! それめっちゃ名案じゃん! 絶対バズるって!」


「…………」


 上機嫌にはしゃぎながら肩に伸ばしてきた男たちの手を避けると、俺はそのままスタスタと歩みを速める。


 すると彼らは急に不機嫌な表情になり、舌打ちをしながらその場に立ち止まって地面を蹴りつけた。


「ちっ、お高くとまってんじゃねえよ! ガキがちょっと人気でただけで調子乗りやがって」


「あ~、よく見りゃブスだったわ。みなさ~ん、佐東鈴香はたぶん加工してま~す! 配信を見てる視聴者は騙されないほうがいいですよ~」


 立ち去る俺の背中に向かって、そんな誹謗中傷を浴びせてくる有財兄弟。


 ……うぜぇ。


 ああやってわざと叩かれるようなこと言って再生数稼いでるんだな。迷惑系ってほんと害悪だわ。


 しかしどうやらこれ以上絡んでくる様子はないようなので、俺は再びネコカンガルーを討伐するため、桜並木の奥へと歩みを進めた。

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