第109話「種口迅vs楼桃汰」★
「うおぉぉぉぉ――――ハリケーンパンチッ!!」
「おっと、当たらねぇなぁ!」
互いの攻撃の射程に入ったところで繰り出した拳は、流れるようなステップで華麗に回避されてしまった。
ハリケーンはガリガリと鍾乳石を削り、遠くの水面に命中して派手な水柱を作り出す。
水飛沫がパラパラと降り注ぐ中、楼は地を這うような低姿勢で疾走し、がら空きになった俺の腹部に勢いよく魔力を纏った拳を突き刺してくる。
「オラァァーーーーッッ!!」
「ぐふぅッッ!!」
激痛と共に肺から空気が漏れ出し、内臓が潰れるような感覚がした。吹き飛ばされた体が地面をバウンドしながら転がり、壁に衝突して止まる。
俺は反吐を吐き出しながら咳き込むと、震える体を抑えながら必死に立ち上がった。
……な、なんて威力だ!
スピードもパンチの重さも今まで戦ったどんな敵よりも強い!!
魔力操作の精度も佐東さんに劣らぬ高みに達していて、ダッシュのときは足に、攻撃のインパクトの瞬間には拳に一瞬にして魔力を集約させている。
強い……! 性格は終わっているが、こと魔力使いとしてのセンスと才能だけは本物だと認めざるを得ない!
「なに意外そうなツラしてやがる。俺は聖王ナンバーズのNo.9だぞ? 現役Sランクのアームストロング団長やジョセフさんにも、数年後にはSランク昇格間違いなしと太鼓判を押されてる天才中の天才だ。お前みたいなクソガキが俺に勝とうなんざ百年早ぇんだよッ!!」
「くっ……!」
痛みを堪えつつ、魔王の力を最大限に引き出して再び右腕からハリケーンを放出する。
だか奴は読んでいたと言わんばかりに、右手を振るった瞬間既に俺の左側へと周り込んでいた。
「ワンパターンなんだよッ!!」
「がはぁッ!?」
先ほどと全く同じ箇所に右の拳が炸裂し、さらに左の回し蹴りが顔面に食い込む。
そのまま何度も地面に体を打ち付けながら吹き飛び、小さな湖の中へとドボンと沈んでしまう。
「ぷはぁッ……! はぁ、はぁ……!」
水面から顔を出しつつ荒い呼吸を繰り返していると、上から嘲笑うような声が聞こえてきた。
「はっ! 所詮平凡な亜音の弟だな。魔王の力を得てもこの程度かよ!」
「……姉さんを侮辱するな」
バシャリ、と音を立てて湖から上がり、血の混じった唾をペッと吐き捨てる。
武器を使う様子が見られない。どうやら楼は俺と同じ徒手空拳で戦うタイプのようだ。
しかしワカラセマンのような格闘技ではなく、純粋な喧嘩殺法っぽい戦闘スタイルで、それに高度な魔力操作が加わる変幻自在の攻撃してくるので非常に受けづらい。
右手をスッと構えると、奴はすぐに俺の左に重心をずらし始めた。
俺の魔王の力は右腕に宿っている。それを奴は見抜いており、攻撃の死角に回り込むように立ち回っているのだ。
ならば――!
「ハリケーンパンチッ!!」
「だぁから無駄だっつのッ!!」
放たれた右の拳は、予想通りというように素早く左手側に回り込んだ楼によって避けられてしまう。
が、俺の右拳からハリケーンは放出されなかった。
「ハリケーンパンチ・レフトッ!!」
「なっ……!?」
虚を突かれたように驚愕の表情を浮かべる楼に向けて、左拳からのジャブと同時にハリケーンを放つ。
これまで右腕だけで戦ってきたのはブラフで、実は左手からも魔王の力を行使することはできるのだ。
右手で練った魔力を身体を通して左に流さなければならないので、少しだけタイムラグはあるし威力も落ちるが、それでも十分過ぎるほどの破壊力を持った竜巻が楼に直撃する。
「ぬぅぅおぉぉぉッッ!!?」
暴風に吹き飛ばされた楼は、鍾乳石の柱にぶつかって、砕けた破片と一緒に地面に倒れ伏した。
その隙を逃さず、俺は魔王の力を全開にして猛然と駆け寄ると、上半身を起こそうとしている奴の脇腹目掛けて右脚で渾身のハイキックを振り抜く。
楼は地面を転がって蹴りを回避すると、カウンターの右フックを繰り出してきた。
だが体勢が崩れている状態からの攻撃だったので、紙一重で躱すことができた。そのまま右腕に魔王の力を収束させて殴りかかる。
この距離では回避は不可能! 確実に仕留める!!
「くらえ! ハリケーンパ――」
「――――【神出鬼没の傾国顔】」
ハリケーンを纏った右の拳が楼の顔面を捉えると思った瞬間――避けたはずの奴の拳が俺の脇腹の辺りからにゅっと突き出てきて、俺の顎にクリーンヒットした。
「が……は……ッッ!!??」
視界がぶれ、脳が揺さぶられたような感覚に襲われる。
何が起きたのかわからず慌てて奴から距離を取ると、再び俺の腹部から拳が出現し、そこから強烈なアッパーカットが繰り出された。
頭を仰け反らせてなんとか避けるが、鼻先を掠めた衝撃波で右の鼻腔に痛みが走る。
ポタポタと垂れる鼻血を拭いつつ、腹部からの攻撃を警戒しながら正面の楼を見据えると、奴やにやにやと笑みを浮かべてこちらの様子を眺めていた。
「俺の【神出鬼没の傾国顔】が移動のためだけの能力だと思ったか? 本来はこうやって攻撃に使うんだよ。右手と左手、一つずつしかマークができねぇが、もう上の階層には戻れねーみたいだし、さっき攻撃したときお前の腹に付けさせてもらった。人が通れるほどの大きさのゲートを作るにはそこそこ時間が掛かるが、拳が通る程度の小さなものならパンチを打ち込んだついでに作れるぜ。なかなか便利だろ?」
「……ッ!」
「雑魚でもこの能力の恐ろしさは理解できたみてぇだな。お前はこれから俺が繰り出す攻撃と、自分にマークされたゲートからの奇襲を同時に警戒しなくちゃならねぇ。タフさだけは中々のようだが、いつまで耐えられるかな?」
そう言うや否や、楼は高速で俺の周りを跳び回り、打撃を放ってくる。
同時に自身の体から出現する奴の拳に対処しないといけないので、必然的に防戦一方になってしまう。
「オラオラオラァッ! 俺を倒すだなんてほざいた癖にこの程度かァ!! 才能無しの雑魚はさっさとくたばって俺に魔王の力をよこせやッ!!」
「ぐはッ! ごほッ! はがぁッ!!」
右側、左側、背後に回り込んでパンチやキックを浴びせてくる楼に対し、さらに身体に取り付けられたゲートから拳が次々と飛び出てくるので、とにかく致命傷を避けるのが精一杯だ。
しかも脇腹を警戒していたかと思ったら、いつの間のか別の場所にマークが移されていて、肩や足首からも鋭い打撃が飛んでくる。
もう顔面は血塗れになっており、鏡がないのでわからないが、おそらく酷い有様だろう。
身体は全身に火傷のような痛みが走り続け、体力も魔力も著しく消耗していた。
「へへ、いい顔になってきたじゃねーか。刃物を使って頸動脈でも掻っ切ってやればもっと楽に勝てるんだろーがな。俺は拳で相手の骨を砕く感触がたまらなく好きなんでね、あいにくそういったものは持ち合わせちゃいねぇんだ。運が良かったなぁ!」
ニヤつきながら拳をポキポキと鳴らす楼に、俺は息も絶え絶えになりながら一歩踏み出す。
……もう、奥の手を使うしかない。
今の俺には一日に一回しか使えない大技。殆ど全て魔王の力を消費してしまうので、これを使えば俺は厄災魔王の一欠片になる前の只の人になってしまう。
だからこそ、この一手にすべてを懸ける必要がある。
「うおぉぉぉぉぉぉ――――"アースクエイク"!!」
「なに!?」
俺が魔力を開放した瞬間、ダンジョン内だというのに突如として激しい地震が発生し、足場が大きく揺れ動き始める。
ハリケーンに次ぐ【全てを招くモノ】の災害を招く能力――"大地震"。
立っていられないほどの揺れが俺を中心として全方位に広がり、楼はもちろんのこと、俺自身も地面に膝をついてしまう。
そして轟音と共に地面に亀裂が走り、楼はその裂け目に右足を取られてしまった。
「ぬおぉぉ!?」
「ここだ!!」
必死に地震をコントロールし、裂け目を閉じるように動きを調整する。
楼の右足がメキメキと音を立てて挟まれていき、凄まじい圧力によって徐々に押し潰されていくのが見える。
「ぐおぉぉッッ!? このガキィィ!! や、や、やめろぉーーッ!?」
「はぁ……はぁ……! これでトドメ――」
「なんてなぁ~~~~ッ!!」
焦ったような表情から一転、楼はニヤリと笑みを浮かべると、次の瞬間俺の脇腹から奴の手が現れた。
俺は咄嗟に攻撃が来ると思い構えるが、右手は俺に攻撃するでもなく、黒い包帯の様なものを握りしめており、それを俺の右腕に巻き付けてくる。
「なッ!?」
……こ、これは"封魔繃帯"!?
慌てて懐にしまってあった次元収納袋を確認するが、どこにもない。いつの間にか盗られていたらしい。
封魔繃帯が右腕に巻きつくと同時に、地震は完全に収まり、まるで最初から何も起きていなかったかのようにダンジョン内は元の静けさを取り戻していく。
奴の足が挟まっていた地面の裂け目も圧力を失い、拘束から解かれた楼はすぐにその場から退避していった。
「俺の魔術はこんな風に相手の持ち物を勝手に拝借したりするのにも使えるんだよ。お前がその包帯で普段は魔王の力を封印してるのは知ってたからな」
「ぐ……!」
「おっと、包帯を解こうとしても無駄だぜ」
封魔繃帯を解こうとするが、いつの間にか包帯の上に魔力を帯びた鎖のようなものが巻かれていて、引っ張っても微動だにしない。
「そいつは"縛天鎖"っつー相手を拘束するときに使う魔道具だ。本来は生意気な女を縛り上げて犯す用なんだけどよ、たまたま持ってて助かったわ。効果時間は数十分程度だが、お前を始末するには十分だな」
「――くそ!」
「おい逃げんのかよ!? 待ちやがれテメェ!!」
俺は踵を返して、全力でその場から逃走を開始した。
後ろから追いかけてくる楼の大声が響くが、今は振り向いている暇はない。奴は先ほどの地震で右足を負傷しており、今なら一時的に距離を取ることは可能だろう。
だが盗まれた次元収納には低級ではあるがポーションが一個入っているし、あいつも一つくらいは自分で持っているはずだ。回復したらすぐに追いつかれてしまう。それまでにどうにかして封魔繃帯を剥がさないと……!
何とか縛天鎖を外せないか試みるが、魔王の力を無効化されていることもあり、びくともしない。この鎖を引きちぎることは諦め、ひとまず逃げることに徹した。
「はぁ……! はぁ……! ここまで来れば……!」
5分ほど全力で走り続け、途中で幾つか枝分かれしていた洞窟の道を右に進み、息を整えながら周りを見渡す。
そこには巨大な地底湖のような美しい泉が広がっており、天井に開いた穴から差し込む光が水面に反射して幻想的な景色を作り出していた。
「おーおー、なかなか綺麗なところじゃねーか。ここを墓場に選んだってわけか?」
「楼……」
「逃げても無駄なんだよ。お前の体に俺の魔術のマークが付いてるのを忘れたか? 俺はマークの位置を把握できるから、どこまでも追跡することができるんだよ」
余裕綽々と言った様子で、ゆっくりとこっちに歩いてくる楼。
その身体からは、俺がハリケーンや地震で与えた傷が完全に癒えていた。おそらくポーションを使ったのだろう。足の怪我も治ったようで、万全の状態に戻ってしまっている。
一方の俺は全身が血塗れで、体力も魔力も尽きかけていた。おまけに魔王の力も封印されてしまっている。次元収納袋を盗まれてしまった影響で、ポーションによる回復もできない。
一歩、二歩と後ずさって楼から距離を取る。
パシャパシャと水面が足に当たり、靴底が水を掻く音が静かな空間に響き渡る。
「いい加減諦めろや! もうどう足掻こうがテメェの死は確定してるんだよ!!」
泉の浅瀬を必死に逃げ回りながら、俺を追って水しぶきを上げて迫ってくる楼に抵抗する。
一瞬だけ泉に潜り、水中を通って奴の後ろに出ようと試みるが、すぐにマークの位置を特定されて正面に回り込まれてしまう。
「逃がすかよッ!」
「ぐああぁぁッ!?」
泉の中から出てきた俺に、楼が容赦のない連続攻撃を浴びせてくる。
お互いに全身がびしょ濡れになりながら、俺は何度も拳や蹴りを喰らい、それでも【鬼眼】の力で全力防御をし続けて耐えていたが、やがて力尽き、無情にも浅瀬で仰向けに倒れ伏してしまった。
水面は赤く染まり、自らの血なのか、泉の水なのかわからない液体が口の中に流れ込んできて、鉄臭い味が広がる。
「所詮は雑魚の小賢しい反抗だったな。才能がないんだよ! お前も! お前の姉もな! ここ裏世界では弱い奴は死んでも文句は言えねぇ。それがルールだ。お前ら凡人は天才の俺の糧になるためだけに存在するような養分でしかねーんだッ!」
「……」
「何か言い残したことはあるか? 冥土の土産に聞いてやるぜ。仲間に無様なお前に最期の様子と一緒に伝えてやるよ」
「……びしょ濡れで寒そうだな」
「あ? なに言ってやがる。恐怖でイカれたか? もういい、これで終わりにしてやるよ。死ね――――」
「終わりはお前の方だよ、楼」
俺が視線を泉の外に向けると、拳を振りかぶっていた楼も釣られてそちらをちらりと見る。
そこには角の生えたつぶらな瞳の犬が、心配そうな顔つきでこちらを見つめていた。
「最深部に降りてすぐ、召喚してこの場所を探してもらっていた。お前に魔王の力を封印されたときは少し焦ったが、どうやら先に召喚していた使い魔は強制送還されないようで安心したよ」
「ああん? なんだその犬は、てめぇのペットか? 対して魔力も感じねぇ駄犬が一匹増えたところで何も――」
「ツノマル!!」
『ワンッ!!』
俺の呼びかけに、ツノマルは口に咥えていた金色の玉を空中に放り投げた。
玉の中から躍り出るは――光り輝く、美しい一輪の花。
一目でとてつもない魔力を纏っているとわかるそれは、バリバリと音を立てて激しく放電しながら、泉の上空をフワフワと漂い始める。
楼がギョッとした顔をして慌てて泉から逃げ出そうとするが――
「――――【万鈞雷花】」
轟く雷鳴と共に、雷の花から凄まじい一筋の稲妻が俺と楼に降り注ぐ。
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーッッ!!!!」
「ぐっ、ぐうううぅぅーーッ!!」
稲妻は泉の水を伝って辺り一面に電流を広げ、周囲一帯からモンスターたちの断末魔が響き渡る。
バチバチと空気を震わせる轟音が耳を劈き、泉の中にいた大量のモンスターがぷかぷかと浮かび上がっては、次々と光の粒子となって消滅していく。
閃光が止み、雷の花が消滅したときには、周辺にあった様々な植物は焼け焦げ、地底湖からは蒸発した水蒸気がモクモクと立ち上っていた。
「いっっっっっっってぇ~~~ッ!!」
全身を焼かれるような激痛に耐えながら、俺は残る力を振り絞って立ち上がる。
リノさんが"魔術玉"に込めてくれた【万鈞雷花】。しかも一輪の花に超圧縮した魔力をぎゅうぎゅうに詰めてくれた必殺の一撃だ。
小江戸ダンジョンで手に入れた、"付与の巻物"と"魔術玉"。
両方とも微妙な効果だって視聴者からのウケは良くなかったけど、八咫烏のみんながこれを最大限に活用する方法を考えてくれた。
これに耐えられるのは、本当にSランク以上の実力を持った魔力使いだけだろう。
俺は祝福の手甲に付与された【雷耐性(大)】の効果と、あらかじめ準備しておいた【鬼眼】の全力防御のお陰でなんとかダメージを最小限に抑えることができた。
……が、雷に耐性を持っておらず、しかも全身がびしょ濡れで泉に浸かった状態で不意打ちを喰らった楼は――
「が、が、が……。て、てめへ……」
電流によって全身が炭のように真っ黒に焼け焦げ、皮膚は爛れ、白目を向いて小刻みに痙攣を起こしている。
どうにか意識を保ってはいるようだが、ボロボロに爛れた喉で言葉を発しようとしているようで、ひゅーひゅーと苦し気な呼吸音が漏れていた。
「……驚いたな。リノさんの特大【万鈞雷花】を喰らって、死ぬどころか意識があるのか? 偉そうに天才だの才能がどうとか言うだけのことはあるってわけか」
おそらく、咄嗟に残りの魔力を全て防御に費やしたのだろう。
しかしその影響で、もはや奴の身体からは殆ど魔力の波動は感じられず、立っているのもやっとの様子だ。
俺はよろよろと楼に歩み寄ると、大きく息を吸い込み、【鬼眼】の力を開放して魔力を練り始めた。
封魔繃帯で魔王の力が封印されている状態でも、【鬼眼】は使える。
ただし【鬼眼】で魔力を溜め、それを右拳に集めて魔術を解除してから殴るという方法は、このレベルの戦いでは戦闘中に行うのは難しい。
だが、今ならゆっくり時間をかけて魔力を溜めることができる。
全身から迸る魔力の奔流を、全て右の拳へと集中させる。もう何度も練習して感覚を掴んだ魔力操作。この一撃に全てを乗せるために、手のひらの中で魔力を集約し、形を整えていく。
「確かに、お前と比べて俺は才能がないのかもしれない。俺一人じゃ無理だったよ。お前に勝つのはな。だけど、今の俺には仲間がいる」
手甲をプレゼントしてくれた姉さん。
付与の巻物を譲ってくれたアカリさん。
魔術玉に魔術を込めてくれたリノさん。
いつも訓練に付き合ってくれる幼馴染の爾那やダン学の友人たち。
より高度な戦い方を教えてくれた八咫烏のみんな。
円樹さんやMOONさんにもいっぱい助けられた。
そして――魔力の使い方から探索者としての心構えまで、色んなことを教えてくれた佐東さん。
たくさんの人が俺を支えてくれている。いろんな人が力を貸してくれたおかげで、今……俺はここに立っていられるんだ。
『ワンッ!』
「ああ、もちろんお前も忘れてないよツノマル」
俺は魔術を解くと、全ての魔力が凝縮されてバチバチと音を鳴らしている右の拳を振りかぶる。
恐怖に歪んだ顔で必死に逃げ出そうとする楼だったが、雷に麻痺した足は完全に硬直していて、一歩も動くことができずにいた。
「ま、まへ……ま――」
「地獄で永遠に反省しろ!!」
渾身の右ストレートが楼の鳩尾に炸裂し、骨や肉がぐしゃりとひしゃげる嫌な感触が手に伝わってくる。
だが、俺は『覚悟』を持って一切の手加減をせず、そのまま全力で拳を振りぬいた。
「ぐぼあぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーッッッッ!!!!」
口から大量の血液を撒き散らしながら宙を舞う楼の体。
天井から垂れている鍾乳石を何本も折りながら吹き飛ばされ、最後は遠くの壁に叩きつけられると、ピクピクと体を痙攣させて完全に沈黙してしまった。
奴はそのまま壁からずり落ち、下の泉へとドボンと落ちていく。
辺り一面を真っ赤な血で染め、静かに波紋を広げている水面の下に、ゆっくりと沈んでいく楼の姿が見える。
深い地底湖の底へと消えていった男は……それっきり、浮かび上がってくることはなかった。
「姉さん……。勝ったよ、俺」
達成感からか、安堵からか、それともあんなクズ野郎でも人の命を奪ってしまった罪悪感からか……溢れ出る涙を袖で乱暴に拭う。
……だけど、戦いはまだ終わっていない。
俺には"全てを飲み込むモノ"を倒して姉さんを助けるっていう、最大の目標が残っているのだから。
泣いている暇なんてない。
『くぅ~ん……』
「ああ、わかってるよ。ありがとう、ツノマル」
心配するように見上げてくるツノマルを優しく撫でると、俺はセーフティエリアに向かってゆっくりと歩き出すのだった。




