第107話「行ってこい!!」
『これで残りは下層の二つと最深部の一つだけになってしまったか……』
『フンッ! 情けない子たちだよ!! あと50歳若けりゃー教団の連中なんてあたし一人で全員蹴散らしてやるんだけどねぇ~!!』
スマホから雪枝長官とチヨ婆の声が響く。
あれから数時間が経ち、楼の魔術で中層にやって来た大量の探索者たちにより、中層の二つの複製は順調に破壊されてしまったのだ。
現在、俺たち八咫烏の面々は、全員が俺の担当する下層の複製の近くにある小部屋に集まって作戦会議を行っていた。
ちなみに、皆の前なので俺はちゃんとエージェントの格好に着替えている。そして種口くんとリノは不在だ。
種口くんは現在も処刑人部隊を尾行し続けており、リノはここと反対にある下層の複製を一人で担当しているからである。
あいつの【万鈞雷花】は射程距離が約1500メートルもある上に、大量の雷花を同時に操ることが可能なので、まさに今回のような防衛戦においてはぴったりの能力なのだ。
もちろん一般人に大怪我をさせるわけにはいかないので、近づく者には小さな雷花から威嚇放電を放ち、それでも立ち去らない者に対してはせいぜい電気ショックを与える程度の攻撃をして、複製に近づかないように牽制してくれているらしい。
そしてそれでもなお引かないアホや教団の連中が来たら、一撃でノックアウトして地上送りにしてもらっている。
Yでは既にリノが下層の複製を守護している動画が拡散され始めており、多くのコメント書き込まれていた。
:下層に戦女神の聖域のリノちゃんがいて封印があると思われる場所に近づけないんだが……
:なんで邪魔するんだよ!!
:↑いや、リノちゃん涼木想玄の娘だぞw
:リノちゃんの親父がせっかく倒したクイーンを復活させようとしてるお前らが悪い
:どう考えてもリノちゃんに正当性があるだろwwww
:わかっちゃいるが俺たちはどうしても美女サキュバスとヤりたいんだよッ!!
:誰かリノちゃん倒せる奴いないのかよ……
:グリフレットがきてるっぽいが、あいつ以外は不可能だろうな
:え? あいつサキュバス復活させたい勢なのかよw
:【悲報】Sランク探索者グリフレットさん、真面目な顔してむっつりだったことが判明してしまう
といった具合で、さすがにSランク探索者であるリノの近くにある複製はみんな諦めて撤退しているようだ。
だだ、これは雷花が飛んでいる1500メートル以内に複製があることを教団の連中に知らせているということでもあるので、グリフレットがきたらいずれ突破されることは避けられないだろう。
しばらくはリノ対グリフレットの攻防戦になることが予想される。
「向こうはリノが時間を稼いでくれるだろうけどさー……神殿が沈むまでは残り4時間。あーしらが全員でここの複製を守っても、時間切れまで持たせるのは微妙っぽい感じになってきたよねー」
「あ、アイちゃんのカメラによると、ちょうど今……最深部への穴が開いたみたいだし……ぼ、ボクはもうプランBに移行していいと思う……」
「あーしは反対……。アイちゃんはどう思う?」
『ワタシもフレデリカに賛成です。……というか、最初からプランBだけでよかったとすら思いますよ?』
「アイちゃんは頭良いけどやっぱまだまだAIだねー。人間の感情ってのをわかってないなー」
『……むっ、心実。ワタシはAIですが既に完全に自我が芽生えていますし、あなたたちとほぼ毎日会話しているおかげで、人間の感性というものは完璧に理解しているつもりですよ?』
「じゃあただ冷血なだけかー」
『ぐぬっ……! アスタと気狂みんはどうですか?』
「プランBって最深部の複製を守るってやつデスよね? 私はそれには参加しなくていいって言われてて、あまり詳しく聞いてないデスから、皆さんにお任せします」
《私はギリギリまでこのまま行くべきだと思いますね。アイちゃんカメラによるとまだ誰も最深部へ向かってないみたいですし、少なくとも奴らが降りようと動き出してからでも遅くはないはずです。まずはリノさんがどれだけの時間を稼げるかを待ちましょう》
このダンジョンは逆ピラミッド型の構造なので、最深部は一番狭い。
だが狭いといってもそれなりの広さがあるし、なにより危険度8のエリアなので凶悪なモンスターたちがうようよ徘徊しているのだ。なので十人やそこらの人数では隠されている複製を発見するのは難しいだろう。
奴らもそれは十分承知しているはずだし、おそらく百人のメンバーを擁していて、戦闘能力の高い"処刑人部隊"が最深部へ向かう可能性が高い。
そして最深部に降りると戻ってこれなくなるのと、時間制限がないという二つの特徴があることから、奴らはギリギリまで下層の複製の捜索に参加し、少なくとも残りが一つになってから行動を開始するはずだ。
あーだこーだとみんなで話をしつつ、スマホ越しに雪枝長官やチヨ婆とも意見を交わす。
すると俺たちの会話に割り込むように、突然スマホから種口くんの声が届いた。
『あの……ちょっと提案があるんですけど、いいですか?』
全員が一旦話を止め、画面に注目する。
彼が自分からこういった発言するのは珍しい。一体どんな提案をするつもりなのだろうか?
『さっき奴らの話を盗み聞きしたんですけど、楼がそろそろ最深部へ続く大穴のすぐ傍に転移ゲートを移行しようとしているみたいなんですよね』
下層の一番奥には最深部へと繋がる大穴があり、一度そこに落ちるともうボスを倒さない限りは脱出することはできない。
今は下層の真ん中あたりに楼のゲートが置いてあり、そこに地上から探索者たちを送り込んでいるみたいだが、教団の連中は最深部の攻略に備えて場所を移動しようと考えているようだ。
『アイちゃんによると、帰還の宝珠が使えない最深部からは楼の右手のゲートでも脱出不可の可能性が高いとのことでした。だから奴を最深部に突き落とせば戻ってこれなくなり、少なくともこれから大量の探索者たちが下層に来るのを阻止することはできます』
「確かにあーしの【鑑定眼】の解析と照らし合わせても、如何に空間を超えられる右手のゲートでも、十中八九最深部からの脱出は不可能だと思う。でもあいつもそれは警戒してるんじゃない? そう簡単に落とせるかな?」
『……楼がゲートを作り始めた瞬間、俺が【全てを招くモノ】の力を全開にして、巨大なハリケーンを発生させて奴と共に大穴の中に突っ込みます。ハリケーンの中心である俺が一緒に落ちて巻き込めば、さすがにあいつでも逃げきれないと思います』
その言葉に、この場にいる全員が息を飲んだ。
おそらくそれならば、確かに楼を最深部へ叩き落とすことはできるだろう。でも、それは……。
「言ってることわかってる? ワンパンくん、それじゃあ自分も戻ってこれなくなるよ?」
「さ、最深部は不感地域……。通信ができなくなって、アイちゃんにも位置情報が取得不可能になる……。ぼ、ボクたちが後で助けに行くとしても結構時間が掛かる」
「それに危険デス。最深部に入ると帰還の宝珠がなくなるんデスよね? 私が聞いている処刑人部隊の情報から鑑みると、彼は激高して種口さんを殺しにかかるかもしれません」
《何が起きても外部への連絡手段はない。そうなればもし危険な事態になった場合、貴方の命の保証はありませんよ? 無駄に命を捨てるような行為であれば、私は賛成できないですね》
『つまり、あなたが楼に勝てるかどうか……です。やれるのですか? 種口』
俺たちの言葉に対し、しばしの沈黙を挟んだあと……種口くんは口を開いた。
『……やらせてください! 絶対に勝ちますからッッ!!』
もう八咫烏の全員は種口くんと楼の因縁を知っている。
今回の襲撃者の中に楼がいることは最初からほぼ確実視されていたので、彼が自分から皆に打ち明けたのだ。
円を囲むように立っていた俺たちは、互いに目を合わせて意思を通わせ合い……そしてゆっくりと頷き合ってから、全員でスマホに向かって大きな声で叫んだ。
「「「「「行ってこい!!」」」」」




