第105話「男って、ほんとバカ」
「ふぁ~、退屈だなぁ~……」
――海底神殿が浮上してから約12時間。
自分が担当する下層エリアの複製近くで待機している俺は、特に誰かが襲ってくる気配もないため、暇を持て余していた。
ここは危険度7のエリアなので、最低でもBランク以上の実力がないと降りてくることすらできず、しかもそこそこ広いので偶然にも誰かが近づいてくる確率はかなり低い。
なので時折モンスターが来る以外は殆ど何も起こらず、俺は複製から少し離れた場所にある小部屋に寝袋を敷いて、ゴロゴロしながらスマホをいじっていた。
複製のすぐ側にいないのは、人がいると広範囲魔力探知のできる相手がいた場合、却って場所を特定されやすくなるからだ。
「……むっ、また引っかかったな」
周辺に結界のように張り巡らしていた黒い糸に、モンスターと思われる何かが接触したのを感じ取った俺は、黒狐の面を被り直して身体を起こした。
俺は今、全身黒ずくめのスズキの格好をしている。
理由は三つあって、一つ目は誰も来ないのでどんな格好をしても問題ないから。
スズキは俺の変装の中で一番偽装に魔力を消費しないので、長時間活動するのに都合がいいのだ。
二つ目は、【黒糸黒子】がこうして結界の役割を果たして、侵入者やモンスターを察知できるから。
何十時間もずっと広範囲魔力探知を維持するのはかなり疲れるからな。
そして三つ目は――
『ジュルッ! グジュルルルルッ!』
「うげぇ~、またこいつかよ……。相変わらず気持ち悪いなぁ~……」
結界に引っかかったモンスターの所まで歩いて行くと、そこには全長5メートルほどの巨大ななめくじのような生物が、壁にくっつくように這いずり回っていた。
その表面はヌルヌルしていて異臭を放っており、顔面部分はどこか人間のオッサンを彷彿とさせる気味の悪い形状をしていて、しかも全身からうねうねと触手のようなものがいくつも伸びている。
見るからに生理的嫌悪感を催す見た目だ。
こいつは危険度7以上の湿ったエリアに生息するモンスターで、"人面ローパー"と呼ばれている。
主に人間の女性を狙って襲いかかり、触手を使って身体を絡め取り、全身を舐め回した後、卵を植え付けて苗床にするという醜悪極まりない習性を持っているのだ。
しかも触手からは栄養と快楽を与える媚薬のような毒が分泌され、餌になった人間は永遠に気持ちよくさせられたまま苗床として利用されるらしい。
こいつの餌食になった女性たちは精神崩壊することが多く、救出されても大抵は廃人と化した状態で発見されるという。
ゴブリンもそうだったが、モンスターというのはみんな馬鹿なので、スズキ以外の姿だとこいつは俺のことを女と勘違いして意気揚々と襲ってくるのだ。
だからこうして全身黒ずくめの格好をしているというわけである。
「――――"黒糸斬"!!」
『グジュル!?』
醜悪な顔面のついている首に黒い糸を絡ませて、高速回転させることで切り落とす。
人面ローパーは声にならない悲鳴を上げたあと、その巨体を光の粒子に変えて消滅していった。
「まったく……。じめじめした場所はこういうモンスターが多いから嫌なんだよなぁ~……」
再び寝袋に戻って嘆息しながら、八咫烏のスマホを操作してアイちゃんに話しかける。
「アイちゃん、なんか変わったことはあった?」
『今のところ特に動きはないですね。七つの複製はまだ一つも奴らに見つかっていません。ただ、聖王十字団のメンバーがかなり多くこのダンジョンに入ってきているようです』
「やっぱりか……。どんな奴らがきてる?」
『ジョセフ率いる"処刑人部隊"百人と……あとは "聖騎士グリフレット"の姿も確認されています』
「あ~……やっぱグリフレットも来てんのか……」
――聖騎士グリフレット。
聖王ナンバーズのNo.1で、アームストロングを除くと実質的には教団の中で一番強い人物だ。
金色の全身鎧に身を包んだ長身の男で、【メサイアレリック《No.10》――"聖王の聖剣"】という、聖王グラン・メサイアの加護が込められたとされる最強の剣を所持している。
そしてこいつの最も厄介なところは……【次元斬】という魔術を所有しており、剣を振ったときに生じた斬撃を100メートル先まで空間を越えて飛ばすことができる点にある。
なので教団の連中に複製が見つかってしまった場合、どれだけ頑張って守ろうとしても、こいつに近くまで接近されて【次元斬】を放たれれば終わりなのだ。
つまりは今回の作戦において最大の脅威と言えるだろう。
グリフレット自身は教団幹部の中ではかなり良心的な人物で、どちらかというと暴走しがちなアームストロングやジョセフたちの抑止力のような存在であり、決して人を殺したりするような真似はしないのは救いだが……。
彼は幼い頃、アームストロングと教団に自分と家族の命を救ってもらった大恩があるらしく、今回のように人を傷つけない類の作戦なら、例え正義に反するものでも協力する傾向にあるのだ。
「はぁ~……。まあグリフレットは厄介だけど、12時間も経って未だ一個も複製を見つけられてないみたいだし、このまま行けば守り切れそうだな。……アイちゃん、暇つぶしに麻雀でもしようぜ」
『麻雀ですか? 良いでしょう。ワタシとスズ以外はCPUの半荘でいいですね?』
「駄目に決まってんじゃん。ネットで適当な人間のプレイヤーを二人加えた東風戦だよ」
『……ちっ、運の要素が強い短期決戦を選んできましたか。AIのことを熟知していますね。さすがはワタシの製作者の一人です』
「もちろん麻雀ゲームのAIに干渉することは禁止だぜ?」
『スズとの勝負でそんなひきょーなことするわけねーじゃないですか。ちゃんと自分の頭だけで考えて戦いますよ』
俺はアイちゃんの製作に関わった研究者の一人なので、当然彼女は俺の正体を知っている。
なのでこうやって昔から普通の友達のようによく遊んでいる仲なのだ。
スマホを操って対戦相手を募ると、すぐに適当な二人がオンラインマッチングされたので、俺とアイちゃんは時間を潰すために麻雀で遊び始めた。
◇
『――スズ、大変です! ネットにとんでもない映像が拡散されています!』
それからさらに5時間が経過した頃――。
アイちゃんが急に焦ったような声を上げたので、俺は読んでいたライトノベルを閉じてゆっくり体を起こす。
「なに~? どれどれ……?」
もうすぐ一日経つのに未だ一つも発見すらされていないのだ。
普通に考えたらもう俺たちの勝ちは揺るぎないはずであり、どうせそこまで深刻なことではないだろうと思いながら、軽い気持ちでスマホの画面に視線を向ける。
《あぁ~ん、人間の皆さん見てますぅ~♥ この円柱に私たちのお母様――"サキュバスクイーン"が封印されているらしくてぇ~、これを全て破壊することであの方を解放することができるんですよぉ~♥》
海底神殿の中と思われる場所で、挑発するようなポーズを取って妖艶な笑みを浮かべながら、転移ポータルの複製を手にしている桃髪の美女の姿があった。
長く尖った耳、人間とは思えないほどの美貌と抜群のスタイル、そして背中から生えた漆黒の翼が特徴的なその女性は、紛れもなくかの"サキュバスクイーン"を彷彿とさせる姿をしている。
一目で僅かに生き残っているとされるクイーンの娘だとわかるその美女は、近くにいる男性探索者にギュッと抱き着き、その豊満な胸を押し当てながらカメラに向かって語りかけてきた。
《彼がこの封印の一つを見つけてくれた探索者さんでぇ~す♥ なので今からご褒美にぃ、こぉ~んなことしちゃいまぁ~す♥》
《お、俺は偶然見つけてこれなんだろうって思ってネットにアップしただけで……。別にご褒美とかは――あっ、あっ……、あぁ~~~!!》
美女は男性を押し倒すと、そのまま熱烈なキスをし始める。
最初は抵抗していた男性だったが、舌と舌が絡み合う濃厚な口付けをするうちに段々と蕩けた表情になっていき、ついには腰が砕けたように脱力してしまう。
そして男性のズボンを脱がしながら、美女は淫靡に微笑んでカメラの方を向いた。
《というわけでぇ、見事封印を発見して報告してくれた優秀な人間にはぁ~、私が全力のご奉仕をサービスしちゃいまぁ~す♥ 他にも六つ封印があるらしいんでぇ~、皆さんぜひ頑張って探してくださいねぇ~♥》
最後に男性の上に跨って腰を振り始めた美女の背中が映ったところで、映像は終了となった。
その映像に付けられていたタイトルは、『【超重大発表】サキュバスクイーンが復活します♥ みんな海底神殿へ集合~♥』というものだった。
「……アイちゃん、複製が壊された報告は?」
『まだですね。なので映っていた複製はフェイクだと思いますが……あの男性と女性は本物でしょう』
「男は教団の仕込みだとして……女はどういうことだ? モンスターであるはずのクイーンの娘が、何故教団に味方する?」
『おそらくですけど……あの女性、マグマガーなんじゃないでしょうか? 彼女の魔術、人間にかなり近くて女性型なら、モンスターの顔も奪えるのでは?』
「……あ、あり得る! ……けど、だったらあいつ演技派過ぎるだろッ!?」
あのキスとか最後に映ったエロいシーンとか、絶対本気でやってただろ!? 完全に男を取って喰うサキュバスって感じだったぞ!? セクシー女優の真似事までできるのかよ!
お、俺にはあそこまではできん……。あいつ、演技力や演技にかける情熱は俺よりも上かもしれん……。
「いやしかし……いくらなんでもこんなんで騙されるアホなんて――」
『スズ、海底神殿の外を映した映像を流します』
「――えっ?」
アイちゃんに見せられたその映像に、俺はもう絶句するしかなかった。
海底神殿の前にはすでに凄まじい数の人間が行列を作って並んでおり、その人数はざっと見積もっても軽く数千人を超えていたのだ。
しかも海の向こうからは続々と船やふわスラに乗って海を渡ってくる人たちがいて、どんどんその列が膨れ上がっていく。
ネットを覗けばYのトレンド一位は"サキュバスクイーン"となっており、「俺があの円柱を見つけてご褒美もらうんだ!」といったような内容の呟きが多く投稿されている。
「あ、アホだ……。男ってアホすぎる……」
あんな幼稚な嘘に引っかかるバカが……こんなにもたくさんいるなんて……!
『八咫烏の全メンバーに伝令します! 千……いえ、一万を優に越えるほどの人数が海底神殿に押し寄せてきています! 総員、厳戒態勢で配置についてください!』
慌てた様子のアイちゃんの叫び声を聞きながら、俺は大きく溜め息を吐いて"超スタミナポーション"を飲み干すのだった。




