第011話「探索者協会」
ダンジョン省と書かれたプレートが掲げられている大きなビルを横切り、その隣にある大型デパートのような建物へと足を踏み入れる。
ここが日本探索者協会の本部だ。
隣にあったビルは"ダンジョン省"という、裏世界関連のあらゆる業務を取り仕切っている省庁の施設で、最初は"裏世界省"だったらしいのだが、ゴロが悪すぎるということで、ダンジョン省に名前が変わったらしい。
そして、探索者協会はダンジョン省の下にある組織で、主に探索者ライセンスや裏ちゃんねるの管理、裏世界のアイテムの流通などを取り仕切っている。
一階は役所の窓口のようになっていて、ライセンスの更新や裏世界で取得したアイテムの鑑定や売買、ダンジョンやモンスターの情報の閲覧、または裏世界関連の様々な依頼の発注と受注などを行うことができる。
二階は裏世界産の素材を使った食べ物を販売するフードコートや、ちょっとした休憩スペースなどのある憩いの場となっており、仲間探しや他の探索者との交流に利用されることが多い。
三階は裏世界産の武器や防具などの様々なアイテムが販売されており、一般人でも購入することができる。
四階より上はDランク以上のライセンスがないと入れないエリアだ。
三階では売っていないようなレアなアイテムが売られていたりと、探索者向けの店がずらりと立ち並んでいるほか、高ランカーでないと利用できない特別な設備もいくつか存在している。
もちろん警備は超厳重で、アイテムを盗もうとするような不届き者はダンジョン省の特務部隊によって排除されるため、ここで盗みを働くような命知らずはめったにいない。
ここは本部なので他の支部より設備が充実しているが、探索者協会の支部は日本中に存在しており、大体こんな感じの作りとなっているようだ。
「うわっ、また切封斬玖の懸賞金が上がってるな……」
種口くんが【賞金首掲示板】と書かれた大型パネルの前で立ち止まりながら呟く。
裏世界に潜伏している犯罪者や特定のモンスターには懸賞金がかけられることがあり、こうして掲示板に張り出されるのだ。
他国からクレイジーと呼ばれている日本だが、それでもさすがに殺人はご法度である。しかし場所が裏世界で、相手が賞金首である場合はその限りではない。
何故なら、裏世界で賞金首となっている犯罪者は、皆例外なく桁外れな強さを誇るからだ。
彼らを無傷で仕留めるなど土台無理な話であり、甘い対応をしてこちらが殺されてしまっては本末転倒なので、殺害もやむなしということになっている。
「でも……これだけの賞金をかけておいてライセンスを剥奪しないんですから、おかしな話ですよね」
「まあ、あの有名な"転移ポータル"も犯罪者が発見したらしいからね。政府の本音としては、レアなアイテムを沢山見つけてくれる実力者はなるべく手放したくないんでしょう」
要するにこの手配書は、「私たちは犯罪を見逃してませんよ」というパフォーマンスみたいなものなのだろう。
もちろん、捕まえたらちゃんと懸賞金は支払われるし、探索者ライセンスのランクアップ実績にも加算されるが。
「しかし斬玖はわかるけど、彼女をこいつと同じ枠組みにするなんて納得いかないな……。絶対無実だろ」
「……」
切封斬玖の隣に並ぶように金枠でデカデカと張られている、輝くような金髪と赤と青のオッドアイが特徴的な美少女の手配書を眺めながら憤る種口くんを尻目に、俺は隣の掲示板に視線を移す。
そこには通常のモンスターとは毛色の違う、明らかにレアなモンスターが何体も張り出されていた。
モンスターは通常自分の生息地から遠く離れることはないのだが、極稀に進化したり、または突然変異で生まれた特殊な個体が別の地域に移動することがあるのだ。
こうしたモンスターたちは、例えば危険度1の初心者区域にも平気で侵入してくるため、探索者協会は奴らに名前をつけて、早急に討伐するように呼びかけている。
「ところで、私はライセンスのランクアップ手続きに来たんですけど、種口さんは?」
「え!? 佐東さんって、ついこの間探索者を始めたばかりですよね? もしかしてもうプロになったんですか!?」
「ええ、まあ。運も味方したと思いますが」
「うわぁ、俺なんてもう三年以上探索者やってるのに、まだアマチュアなのに……」
さっき元気を取り戻したばかりだというのに、種口くんは再びがっくりと肩を落としてしまった。
彼が今言ったプロとアマチュアというのは、DランクとEランクの境界のことである。
ライセンスはお金さえ払えば誰でも取得することができるので、Eランクの探索者は世界中に数え切れないほどいるが、協会からプロの探索者だと認められるのはDランクからなのだ。
そして、EからDに上がるのがこれが結構難しく、実にライセンス持ちの九割以上がEランクのアマチュアであり、Dランク以上のライセンスを持っている人間は全体の一割にも満たない。
当然Cランク、Bランクとランクが上がっていくにつれて、その数はもっと少なくなっていく。
Bランクまでならそれなりの人数がいるのでそこまで珍しくないが、トッププロとされるAランクは世界全体でも数百人程度、Sランクに至っては全世界でたったの24人しかいない。
「種口さんも、きっとすぐにランクアップできますよ」
「はは……そうだといいんですけどね。それじゃあ俺はショップに用事があるので、ここで失礼します」
「はい。それではまた」
そういえば小田宮さんに貰った割引チケットがあったし、俺も後で買い物でもしていこうかな。
種口くんがエレベーターに乗って上の階へと上がっていくのを見送ると、俺は窓口で番号札を受け取り、近くのソファーに腰を下ろした。
ライセンスは裏世界での実績に応じてポイントが加算され、一定のポイントが貯まるとランクが上がる仕組みとなっている。
例えば救援要請に応えて要救助者を救ったり、賞金首やネームドモンスターを倒したり、依頼を受注して達成したり、レアなアイテムを持ち帰ったり、ダンジョンを攻略したり……。
その他には裏ちゃんねるの再生数やチャンネル登録者数なんかも関係してくる。
俺は人気配信者なので、そっちの面でかなりのポイントを稼いだのが、この短期間でのランクアップに繋がったのだろう。
「――ん? その美しい顔は……鈴香ではないか!」
「いやー、こんなところで会うなんて奇遇だな!」
後ろから声をかけられて振り向くと、長身の黒髪美女が二人並んで立っていた。
……うげぇ、金剛姉妹じゃねーか。
「こ、金剛さん……。お久しぶり、です」
「そんな堅苦しい呼び方をするなよ。『ハル姉』でいいと言っただろ?」
「そうそう。私たちと鈴香の仲じゃないか」
「い、いえ……。まだ一度しかお会いしたことないので……」
「どうやら今日も一人みたいだが……まだソロで活動しているのか? 困ったときはいつでも私たちに相談しに来なさいと、あれほど言ったのに」
「どうだ? このあと食事でもしながら、ゆっくり話さないか?」
ドサっとナチュラルに俺の両サイドに腰を掛け、身体にべたべたと触りながら誘ってくるこの姉妹は、金剛ハルナさんと金剛キリエさん。初回配信時に俺を助けてくれたAランク探索者だ。
主に初心者育成に力を入れている双子で、Aランクでありながら無償で初心者に裏世界のいろはを伝授したり、ピンチに陥った探索者を颯爽と助けたりと、善意の塊のような人たちに見えるのだが……。
「本当に鈴香は美しいな……。顔なんて毛穴一つなくて、まるで作り物みたいだ」
「ああ。それに髪なんてサラサラで、指通りが最高だ。どんなシャンプーを使っているんだい?」
……どうやら、それだけではないらしい。
この姉妹はどうも……そっちの気があるようなのだ。
それで初心者や助けた女の子に恩を着せて、好感度を上げたり断れないように外堀をガッチリ埋めてから美味しくいただく……という噂を聞いたことがあったが、あながち間違いではないのかもしれない。
そんな金剛姉妹にさえ、俺が男であるというのが見抜かれてないところからも、俺の変装レベルの高さがわかるだろう。
……あ、ちょっと。胸のサイズを確かめるために無遠慮に触ってくるのはやめてください。
胸はまだしも、下の方まで弄ろうとするのは洒落になりませんて……。
『27番の番号札をお持ちの方。3番窓口までお越しください』
「あ、呼ばれたんで行ってきます」
「む、そうか。なら仕方ないな……」
「ここで待ってるから、終わったら声をかけるんだぞ?」
「は、はい。それでは……」
ふう……なんとか助かったか。
俺はそそくさと窓口に向かい、ライセンスのランクアップ手続きを行うと、金剛姉妹に見つからないように足早にその場を後にした。
◇
「う~ん、やっぱり次元収納袋が欲しいですね……」
三階のショップへとやってきた俺は、回復薬のポーションを補充しつつ、棚に陳列された商品を眺めながら唸る。
次元収納袋はその名の通り、袋の中が異空間となっており、見た目以上のアイテムを収納できる便利な代物だ。
容量は袋によってまちまちだったり、中に入れている物の時間の流れを止めたりするタイプが存在したりと、レア度はピンキリだが、ふわスラと並んで探索者の必須アイテムの一つとまで言われるほど人気が高い。
ただ、もちろんお値段もそれなりにするので、駆け出し探索者が持っていることなどまずありえない。
俺は本当は金持ちなので余裕で買えるのだが……鈴香が持っているのは少し不自然だ。なので、やはり自力で手に入れるところを配信したい。
「そろそろネコカンガルーの討伐に繰り出してもいいかもしれないですね」
猫耳と尻尾を生やしたカンガルーのようなモンスター、"ネコカンガルー"。
こいつはお腹の袋から色々なアイテムを取り出して攻撃をしてくるのだが、倒すとたまに次元収納袋を落とすことがあるのだ。
一番レア度の低いタイプで、容量も少ないしデザインもダサいのだが、初心者でもギリギリ倒せるレベルのモンスターということもあって、次元収納袋が欲しい初心者は、こぞってカンガルー狩りに精を出す。
Dランクになった佐東鈴香なら十分討伐可能な相手なので、次の配信のネタとして申し分ないだろう。
――ぐぅ~。
おっと、俺のかわいらしいお腹が贄を求めて唸っているようだ。探索の前に、ここは一つエネルギーを補給しておくか。
俺は買ったアイテムを肩にかけたかわいいピンクのショルダーバッグの中に入れると、二階のフードコートへと移動した。
◇
「お待たせしました! こちらご注文のお品になります! ごゆっくりどうぞ~」
「ありがとうございます」
元気のいい女性店員さんがテーブルの上にトレーを置くと、俺はスマホで料理の写真を撮影してYに投稿する。
大人気美少女配信者は、こういう細かな作業も怠らないのだ。
「いただきます」
まずは一番目立つ位置に鎮座しているオムライスをスプーンでぱくりと一口食べてみると……舌の上でとろけるような旨味が広がり、思わず頬が緩んでしまう。
やはり裏世界の素材を活かしたメニューは格別だな……。
単純に美味しくもあるのだが、裏世界の素材には微量に魔素が含まれており、俺のようなインネイトにはそれが体の内側をほのかに刺激してさらに美味しさを倍増させる効果があるのだ。
「ねえ、あの子……佐東鈴香ちゃんじゃない?」
「本当だ~! 実物、動画より美少女すぎない!?」
「顔ちっちゃ!! 髪さらさら! しかも胸でか……羨ましい……」
……む、近くの席に座っている若い女性たちが騒いでいるようだな。
最近は鈴香の顔と名前は一般人にも認知され始めており、特にここは探索者協会の中なので知っている人間が多いのだろう。
食事中だが、あまり鈴香のイメージが崩れないようにちゃんとしないとな。
キリリッ!
もきゅもきゅもきゅ……ハムハムハム……。
「ふふ、ハムスターみたいにお口いっぱい頬張ってる~」
「ほっぺにもケチャップ付いてるじゃん」
「なんだか動画より子供っぽいね~」
「「「かわいい~!」」」
……し、しまった。
俺は変装と演技にはかなりの自信をもっているが、食事中はどうも気が緩んでしまうようで、リノにもいつも気をつけろと注意されるほど隙だらけになってしまうのだ。
しかし、ここは落ち着いて対処しよう。
口元のケチャップを綺麗に拭い去り……髪をサラッと横に流して優雅にオムライスを口に運ぶ。これで――
「わわ、優雅に食べ始めたよ。絵になるね~」
「でも食べてるのお子様ランチだけどね(笑)」
「首にも子供用ナプキンしてるしね~」
「「「かわいい~!」」」
……しょうがないだろ! 俺はお子様ランチが大好きなんだよ!!
言っておくけど、ここのお子様ランチマジで美味しいからね? 馬鹿にしている人も試しに食べてみなさい!
「――んむっ!?」
至福の時を過ごしていた俺の目に、獰猛な肉食獣のような鋭い眼光をした二人の黒髪美女の姿が映った。
うぇ~っ!! 金剛姉妹じゃねぇかよ!! 追って来やがったのか!
店の外できょろきょろと辺りを見渡している彼女らの姿を見て、俺はすぐさま口一杯に食事を詰め込んだ。
「あ、鈴香ちゃんまたハムスターみたいに口の中パンパンにしてる~!」
うるせぇ! お残ししたらシェフに申し訳ないだろうが!!
「おふぁいふぇいおねふぁひしまふ」
「ふふっ、ありがとうございました。また来てくださいね~」
カードリーダーに入手したばかりのプロライセンスをタッチして会計を済ませると、くすくすと笑いをこらえている店員さんの言葉を背中で聞きながら裏口から出て行く。
「あっ、いたぞ! 鈴香だ!」
「逃がすなよ姉貴! 捕まえろ!」
やべぇ! 見つかった!
なにが「逃がすな! 捕らえろ!」だよ! 狩る気と食う気マンマンじゃねぇか!!
俺は金剛姉妹から必死に逃げ回り、どうにか撒いてから探索者協会を飛び出したのだった。
……やれやれ、戦女神の聖域のスズキの恰好をしているときは誰にも注目されないのに、人気が出過ぎてもそれはそれで困るものだから世の中ままならないなぁ。




