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第104話「海底神殿、浮上」

 穏やかな時間というのはあっという間に過ぎるもので……年末年始の休みはとうに終わり、気が付けば既に年が明けて半月が経とうとしていた。


 そして、今日は裏世界の二つの月が両方とも満月になる日――。


 つまりは、海底神殿が浮上する日である。



「みんな、もう一度作戦の内容をおさらいしておくね?」


 リノが真剣な表情で全員に向けて語りかける。


 海底神殿の入り口前に陣取った俺たち八咫烏のメンバーは、これから侵攻してくるであろうメサイア教団の襲撃者たちを迎え撃つための最終確認を行っていた。


「私たちの目的は、海底神殿の中に散らばっている七つの転移ポータルの複製を守ること。複製は上層、中層、下層にそれぞれ二つずつと、最深部に一つ設置してあって、場所は長官やアイちゃん、実際に複製を設置したメンバーたち以外には誰にも知らされていない。さすがにこの中に裏切者はいないと思うけど、安全を期すために、念の為エージェント内でも情報は限定公開にさせてもらうね」


「……ええと、それじゃあどうやって守ればいいんですか?」


「良い質問だね、迅。今この場には私、心実、迅、フレデリカ、気狂みん、アスタとちょうど六人いるから、最深部以外の複製を各自一つずつ任せる形にしようと思ってる。あとでアイちゃんから自分が担当する複製の座標が送られてくるから、近くで待機して複製を壊そうとする奴が現れたら迎撃するように」


 シンプルな作戦ではあるが、これが最も合理的なやり方だろう。


 なんせ俺たちは数が少ないのだ。散らばったポータルを六人で警備するとなると、どうしても監視できる範囲は限定されてしまう。


 ダンジョンの外で待ち構えて教団の連中が中に入らないようにする手もあるが、ここは年に二回しか浮上しないダンジョンということで、一般の探索者もそこそこ押し寄せてくるので、顔が割れている有名人以外では誰が襲撃者なのか見分けがつかず、それは難しい。


「最深部に置かれた最後の一つはどうするんデス? 六人だと一人足りませんよね?」


「俺もそれは気になってました」


 アスタと種口くんの新人二人が揃って疑問を投げてくる。


「そこはあーしが説明するねー。このダンジョンは最深部だけは様相が異なる特殊なエリアになってるんだよね。まず一つ目の特徴としては、入ると帰還の宝珠が消失してしまう。二つ目は外界との通信が不可能になる不感地域だという点。そして三つ目は、一度入ると下層には戻れずボスを倒さないと脱出が不可能になるという点だね」


「そこまでは知ってるデス」


「なら話は早いね。……で、下層にある最深部へ繋がる大穴は、残り時間が4時間を切るまで閉じてて、そもそも行くことが出来ないんだよねー」


「ああ、そういうことですか……。穴が開くまでは放置するんですね」


「う、うん。それとボクからも補足させてもらうね。海底神殿は二日間の浮上期間が過ぎて水没したら、中にいる探索者は強制的に外に転移されてしまうんだけど、最深部に限り例外だったりする……。神殿が沈んでも追い出されず、ボスを倒さない限り危険度8のエリアにずっと閉じ込められる鬼畜仕様になってるの……」


「そそ、今フレちゃんが言った通りの理由でねー。降りるときは覚悟が必要となる場所だし、基本的に大勢で攻略する必要があるの。だからここは万が一のときのための保険って感じで、まずは他の六つを守り切るのが目標ってわけ」


「……なるほどデス」


「了解しました」


 二人は納得したように頷く。


 このような理由で、最深部の複製は基本的に放置する方針ではあるが、万が一他の複製が大量に破壊されてしまった場合は最後の砦として利用することになるだろう。


《といっても、私たちはあくまで保険みたいなものですがね。海底神殿は出現してから十数年経ちますが、未だ三割程度しかマッピングされていないほどの広さを誇るのです。普通に考えたらこの二日間だけで複製を全て見つけることは困難でしょう》


「まあ、あーしもそうは思うんだけどね……。教団の信者は世界に数えきれないほどいるけど、危険度5~8の海底神殿に潜れるのなんて聖王十字団のメンバーくらいだろうし、彼らを全員投入してきたとしてもまだ厳しいんじゃないかな?」


《私もそう思います。ただ、教団ならではの情報網がある可能性がありますから油断はできません。用心するに越したことはないでしょう》


「気狂みんさんって、外ではスケッチブックじゃなくてスマホの合成音声で会話するんですね……。何だか思ったより可愛らしい声で驚きました……」


《ええ、アイちゃんに作ってもらったんです。私のキュートな顔に似合ってていい感じの声でしょう?》


「そ、そうですね……。それより俺、48時間もダンジョン内で張り込みできる自信がないんですけど……」


 不安そうに呟く種口くんに対し、リノがニヤリと笑って鞄のファスナーを開けた。


 そして、中から不思議な色をした液体が入ったペットボトルを取り出し、それを彼に手渡す。


「リノさん、これはなんです?」


「私が会長にお願いして、【聖女の聖水(ミスティックヒール)】で特別に生成してもらった"超スタミナポーション"だよ」


「超スタミナポーション!? それってもしかしてあのスタミナポーションの強化版ですか?」


「そう、これを飲めば体力が全快する上に、ガンぎまって48時間くらいなら徹夜で動き回ることができるようになるから、疲れたら飲んでね」


「……相変わらずあの人、とんでもないもの作りますね」


 会長特製のポーションを俺たち全員に配ってくれるリノ。


 これはめちゃくちゃ効果があるんだが、なんだか妙に中毒性があるからあまり飲みたくないんだけどな……。


 でも今回は長丁場だし、背に腹は変えられないか。


「ところでチヨ婆の姿が見当たらないのデスが……彼女は来てないんでしょうか?」


「ち、チヨ婆は裏方だからね。拠点の会議室で長官と一緒にモニタリングをしてるみたいだよ……。ま、まだボクより絶対動けると思うんだけど、本人は老人だからって現場に出たがらなくて……」


「あーしも『チヨ婆来ないの?』って声かけたら、『老人を酷使する気かい!?』とか言って殴られた。老害すぎてマジウケる!」


「そうなんデスか……。じゃあチヨ婆は彼女じゃないか……。あの人なら絶対現場に出たがるはずデスし」


 顎に手を当てながら考え込むアスタ。


 どうやらアスタのやつは、俺がチヨ婆じゃないかと疑っていたみたいだな。


 だが残念ながら外れだ。俺は変装は得意なのだが、どうも年配の女性を演じるのは苦手らしく、お婆ちゃんキャラは微妙に違和感が出てしまうのだ。


 リノ曰く、どうやってもよく見れば美少女っぽい感じになってしまうらしい。


 ……というか、あの人は厄災魔王の一欠片(ディザスター・ワン)に分裂する前の"魔王アビス・ディザスター"と戦って唯一生き延びたとかいうイカレた経歴を持つ、正真正銘の怪物だぞ?


 ちょっと調べれば何十年も前から存在する実在のSランクだとわかるはずだ。


 アスタは天才だけど、やはりまだ中学生。色々と詰めが甘いな。


「これで作戦の確認は以上だね。他に何か質問ある?」


「あの、いい事思いついたんですけど、複製が壊されたらその瞬間に"増殖小槌"を使ってまた増やして、それを別の場所に隠すというのはどうでしょうか……?」


 種口くんがおずおずと提案するが、リノが首を横に振った。


「残念ながら増殖小槌には、複製が壊されたら24時間は新しいのは作れないって制約があるの。それに本物の転移ポータル周辺に教団のメサイアレリック奪取部隊が大量に張り込んでるはずだから、下手に小槌を持ち出すとそっちが奪われちゃう危険性もあるんだよね」


「あ……そうなんですか。いいアイデアだと思ったんだけどなぁ……」


「ふふ、いいところは突いてたと思うよ。アスタは何かない?」


「私は大丈夫デス」


「うん、迅とアスタは本格的な仕事は初めてだから不安だと思うけど、このダンジョンは帰還の宝珠もあるし、二人には危険の少ない上層を任せようと思ってるから安心してね。それと自分の担当する複製が壊されても他の複製が残っていれば成功になるんだから、気負わず臨んでくれればいいよ」


「わかりました」


「了解デス」


「それに、万が一六個全部壊されても最終手段があるしねー。まあ、あーしはあまりこの方法は使ってほしくない――」



 ――ゴゴゴゴゴゴ!



 全員で作戦会議をしている最中、突如として神殿が沈んでいる湖全体が大きく振動する。


 空を見上げると、上空には二つの丸い月が並んでおり、海面の下からは神殿の一部が徐々に姿を現し始めた。


 ついに海底神殿が浮上してきたのだ。


 同時に島の外側に立ち込めていた深い霧が晴れていき、普段は外部からの侵入を阻んでいた東京国際転移門の裏側に、一時的な門戸が開かれることとなった。


 周辺の海からモンスターの気配が消え失せ、本土の方向から船や大きなふわスラに乗ってこちらに向かってくる人々の姿が視界に飛び込んでくる。


 あれはおそらく海底神殿に挑もうという探索者たちだな。そして、中にはメサイア教団のメンバーも混ざっていることだろう。


 ……さあ、いよいよ作戦開始だ。


 完全に浮上した美しい神殿の入り口に立って、俺たち全員は身を引き締める。


「みんな、準備はいい? それじゃあ転移ポータル複製守護作戦――――開始!」


「「「「「おーーーーッ!!」」」」」


 リノの号令に合わせて掛け声をあげた俺たちは、一斉にダンジョンの中へと足を踏み入れた。

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