第102話「推しの少年」★
「ってーな! おい、ババア! どこに目ぇつけて歩いてんだ!」
アタシの正面から歩いてきた若いカップルの男のほうが、すれ違いざまに少し肩が触れただけだというのに、大声で怒鳴りつけてきた。
「す、すみません……」
ぺこぺこと頭を下げて謝罪すると、男は恋人と思われる女の反応をちらりと見ながら、アタシを見下すように鼻で笑う。
「けっ、気ぃつけろよ! 俺は寛大だから許してやるけど、他ではこんな優しいヤツなんてなかなかいねぇからな!」
「や~ん、ゆーくんカッコいい~!」
「へへ……惚れなおしたか、みーちゃん? でも今からもっとすげぇところ見せてやるからよぉ~! 先日Dランクに昇格した俺の力をなぁ!」
「きゃ~、ゆーくん素敵ー! プロの探索者の彼女になれて、私幸せぇ~!」
いちゃいちゃと腕を組みながら、森林エリアの方へと消えていくカップル。
スマホ片手にふらふらと歩いてぶつかってきたのはそっちだというのに、全くふざけた連中だ。世の中本当にどうしようもないクズばかりで嫌になる。
それにそもそも――
「来るなっ! Dランクに昇格したばかりで……小江戸ダンジョン……!」
ここ危険度5よ!? 会話の内容からして女のほうはアマチュアっぽいし、しかもダンジョン内なのに歩きスマホしてるし、どんだけ頭の中お花畑なのよ!
……まあ、それはそれとして、アタシをババア扱いしてぶつかってきた罪は償ってもらうけどね。
地味なグレーのローブを羽織り、フードを目深に被って顔を隠したアタシは、さりげなくカップルの後を付けはじめる。
これは身につけた者の気配を遮断するという魔道具のローブで、そこまで効果が高いわけではないが、低ランクの探索者なら余裕で欺くことのできる代物だ。
アタシはダンジョン荒らしの活動の過程でそれなりのレアアイテムをいくつか手に入れており、これもそのうちの一つだった。
「きゃ……! ゆーくん、クマがいるわ!」
「安心しろって。あいつは"サーベルクマー"つって、鋭い牙が生えてて凶悪そうに見えるが、温厚でこちらから危害を加えなければ襲ってくることなんて殆どねぇ」
「ゆーくん博識~! 尊敬しちゃう~!」
「だろだろ~! なんてったって俺はプロ探索者だぜぇ! だけどあのクマは戦うとちぃっとばかし厄介だから別のモンスターを探すぜ」
のんきに欠伸をしているサーベルクマーを素通りして、別の道へと進んでいくカップル。
さて、そろそろ女の方に貧乏神を押し付けてやりたいところなんだけど……。残念ながら今、アタシにあの陰気な爺さんは憑いてないのよねぇ~。
魔術に目覚めて約2年。もうアタシは自分の能力について完全に理解できている。
まず貧乏神と福の神は、人間にいつでも憑いているわけではないということ。陰と陽のエネルギーのようなものが一定量貯まって、初めて現れるのだ。
そして不幸が起これば貧乏神は消えるし、逆に幸運が起きれば福の神は消える。つまり彼らは幸と不幸で消費されるエネルギー体のようなものだと考えていいだろう。
だけど人には生まれ持った性質というのがあるようで……貧乏神と福の神、人によってどちらが発生しやすいかというのは決まっているようなのだ。
ちなみにアタシの場合、どこまで行って陰のオーラを発しやすい体質のようで、不幸を誰かに押し付けても、しばらく放っておくとすぐにまた貧乏神が憑いてしまう。
逆に福の神なんて、誰かから奪わない限り滅多なことじゃ自然発生しない。
それに引き替え幸良美姫のような陽のオーラに包まれた人間だと、福の神ばかり発生して貧乏神は滅多に発生しない傾向にあるというわけだ。
……全くもって妬ましい話ね。
「でも今は……貧乏神が欲しいのよねぇ~」
あのみーちゃんとかいう女に不幸を押し付けるためには、アタシが陰の気を宿した状態で魔術を使わなければならない。
そのためには……ちょっとばかり準備が必要ね。
アタシは懐から真っ黒なピンポン玉くらいの大きさのボールを取り出すと、それをポイッと近くにいるサーベルクマーに投げつけた。
「……クマ? ぐ、グルルルルルーーーーッ!?」
ボールが額に直撃すると、途端に雄叫びを上げ始めるサーベルクマー。
これは"バーサク玉"といって、モンスターを狂暴化させるアイテムだ。
本来は厄介な魔法や特殊能力を使うモンスターを物理攻撃オンリーの脳筋状態にすることで相手を弱体化させるアイテムなんだけど……アタシはこうやって悪用させてもらっているわ。
サーベルクマーは先ほどまでのつぶらな瞳は何処へやら……赤く充血した眼で鋭い牙を剝き出しにすると、目の前にいるアタシに向かって突進してきた。
するとぞわっと背筋に寒気が走り、アタシの全身に嫌な感覚がまとわりつく。
――来た。
敵意や害意、眼前に迫った死の気配など……その人にとって悪い感情や出来事が増幅されることにより、貧乏神は容易に現れる。
「――――【貧乏神はあっちいけ】」
即座に魔術を発動させ、たった今発生したばかりの貧乏神をみーちゃんに押し付け、彼女が持っていた小さな福の神を奪い取る。
すると――突如サーベルクマーの頭上から大きな葉っぱが落ちてきて、その顔面にベタンと張り付いた。
『……グルアッ!?』
アタシにぶつかる直前で急停止したサーベルクマーは、激しく首を振りながら葉っぱを剥がそうと暴れ回り、いつの間にかカップルのいる方向へと移動してしまう。
「うおっ!? な、なんだ……!?」
「きゃあ! ゆーくん! クマーがこっちに来たわよ!?」
『グルルルルァーーーーッ!』
「いやぁぁぁーーーーっ!?」
みーちゃんがサーベルクマーに押し倒され、その鋭い牙で太ももを噛みつかれている。
彼氏はそれを見て顔を青ざめさせると、情けない悲鳴を上げながら一目散に逃げていった。
「う、嘘!? ひゃあああーーーっ!? 誰か助けてぇーーーーっ!」
……逃げるのかよ!? ゆーくん!
アタシどっちかって言ったらゆーくんのほうがムカついてたんだけど!? 彼氏なら彼女を守って命がけで戦いなさいよ!?
でも男には貧乏神は押し付けられないので、あんな風に逃げられたらアタシの魔術ではどうしようもない。
「君、大丈夫か!?」
『グウォッ!?』
アタシが呆れていると、偶然通りかかった強そうなおじさんパーティがサーベルクマーを殴り飛ばして、あっという間に追い払ってしまった。
このダンジョンには中級者や上級者もそこかしこにいるので、彼女の悲鳴を聞きつけて助けに来たのだろう。
みーちゃんは幸い軽傷で済んだようで、涙目になりながら救助してくれたパーティの一人しがみついている。
……どうやら押し付けた貧乏神が小さかったせいで、不幸の程度も弱かったみたいね。
最近はアタシも探索者としてそこそこ成長してきているので、サーベルクマーくらいの脅威では死をもたらすほどの貧乏神は発生しないのだ。
以前は雑魚モンスターにも怯えていたから、とても簡単に陰の気を溜め込めたのにねぇ~……。
「よ、よぉ……。みーちゃん、大丈夫だったか……?」
「――ッ!? ゆーくん最低!! こんな状況で逃げるなんて信じられない! あんたなんか大っ嫌い!!」
「ぐへぁーーーーッ!?」
今更戻ってきたゆーくんにみーちゃんの平手打ちが炸裂し、彼は悲鳴を上げて吹き飛んでいく。
……ふっ、これは破局確定ね。
ぶつかってきたのとババア扱いしてきた件に関しては、これでチャラにしてあげるわ。
◇
「はぁ……虚しいわね……」
少し憂さ晴らしにはなったものの、アタシは虚しさを感じながら足取り重く元来た道を戻っていく。
最近はいつもこんな調子だ。
いくら他人に不幸を押し付けても、結局はその瞬間だけ少し気分が良くなるだけで、アタシが幸せになることにはならないと気づいてしまったから……。
最初に味わった幸福感と高揚感は、相手がアタシをずっといじめてきた幸良美姫だったからなのだと、今になってようやく自覚していた。
それに気づかず、アタシは今までなんと空虚なことをしていたんだろう……。
「もうこんなことはやめて、普通の探索者としてゆっくり静かに過ごしていこうかしら……」
魔術に目覚めた影響で、アタシは魔力使いとして大幅に強くなった。そのおかげで、今はDランクではあるがプロとして食べて行けるだけの稼ぎは得られている。
けれど、もう遅すぎるわね……アタシは罪を犯しすぎたわ……。
特にアマゾンガーデンとの一件は間違いなく致命的だった。
Sランク探索者を二名も擁する彼女たちに捕捉されそうになったアタシは、必死に貧乏神を押し付けながら逃亡を図ったのだが……。
彼女たちは強すぎた。どれだけ貧乏神を押し付けようと、不幸をその強靭な肉体で叩き潰し、あるいは鮮やかな魔術で跳ね除け、アタシを追いかけ続けてきたのだ。
だけど、アタシの魔術も全員が女性で構成されている彼女たちのパーティと相性が良すぎた。
追い詰められれば追い詰められるほどに、どんどんアタシには貧乏神が憑き、そしてそれを好き放題に分配していくうちに、彼女たちは次々と不幸の連鎖に巻き込まれていく。
とりわけ先頭にいた"スカーレット・ベイリー"には、「これ大丈夫なの?」と心配になるレベルの山のような貧乏神を押し付けてしまい、最終的に彼女はどこからともなく現れた"全てを招くモノ"に襲われることになったのだ。
アタシはその隙に逃げ出すことができたが、どうやら彼女は瀕死の重傷を負ってしまったらしい。
しかもスカーレットとの戦いの影響で暴走した"全てを招くモノ"が裏世界音楽フェスティバルの会場へと突入し、あれほどの大惨事になってしまうとは……。
この事件でアタシは一気に超A級賞金首に認定されてしまい、もはや一生安息の日々は送れないことを悟った。
「もう後には引けないのよ……。アタシは悪党としてこうやって悪行を繰り返し、そして最後は一人孤独に惨めな最期を迎えるんだわ……」
溜め息を吐きつつ雪山エリアの方へと歩いて行くと、男女数人の若い探索者パーティがわいわいと楽しそうに談笑しながら、アタシの横を通り過ぎて行った。
「お前ら、爆破玉は持ってきたか?」
「ええ、大量に仕入れてきたわ!」
「本当にやるのぉ~? 雪原エリアを爆破しまくって意図的になだれを起こすってやつ」
「ああ、雪原エリアの雪の下には大量のストレングスライムやトレジャーボックスが埋まってるって噂だし、なだれが起これば全部露出するはずだぜ!」
「でもそんなことしたら他の探索者に被害が出るかもしれないわよ?」
「裏世界に来てるんだから何が起ころうと自己責任だろうがよぉ~。それに小江戸ダンジョンは危険度5の区域だぜ。なだれで死ぬような間抜けなんていやしねぇよ!」
「それな! 遠慮なくぶっ放しまくろーぜ!」
ぎゃははは、と品のない笑い声を響かせながら、軽い気持ちで恐ろしい計画を語る彼ら。
……どうなってんのよ。小江戸の民度は! 悪党のアタシですらドン引きするレベルだわ。
やれやれ、ここはやっぱりアタシが教育してあげないとね!
きょろきょろと辺りを見回すと、近くに丁度おあつらえ向きのモンスター――イエティが徘徊していた。
こいつはこのダンジョンの雪山エリアでは特別強いモンスターというわけではないが、一つランクが上がるだけで、"グランドスノーゴリラ"という超強力な個体に進化する。
アタシは懐から強化の巻物を取り出すと、それをイエティに向かって投げつけた。
すると巻物は自動的に広がり、その中から光の粒子が溢れ出してイエティの身体に纏わりつくと……急激に魔力が大きく膨れ上がり、全身が巨大化していく。
『グガガ? グ、グオォォォォーーーーーーッ!?』
瞬く間に10メートルを超える巨体へと変貌した、イエティ改めグランドスノーゴリラは、まるで理性を失ったかのように大きく咆哮すると、獲物を探すように周囲を見渡し始めた。
奴が一番近くにいるアタシをロックオンした瞬間、全身に陰の気が漂い、複数の貧乏神が発生する。
来た来た! さっそくあのパーティの女どもに押し付けてあげましょうか!
流れるような動作で魔術を発動させ、女たちに貧乏神を擦り付けて福の神を奪った瞬間――グランドスノーゴリラが足元の岩に躓き、バランスを崩して若者たちの方へと突っ込んでいった。
『グオォォーーーーーーッ!』
「は……? う、うわぁぁーーーっ!?」
「ちょ、何よこいつ!?」
「きゃあぁぁぁぁ! 誰か助け――!?」
グランドスノーゴリラに追いかけられて、悲鳴を上げながら逃げ惑う若者たち。
しかし、相手は圧倒的なパワーとスピードを持つ大怪物。あっという間にパーティの全員は吹き飛ばされ、地面に転がることとなった。
……ふん、これで少しは懲りたでしょう。
暴れ回る巨大なゴリラに、周辺の探索者たちも蜘蛛の子を散らすように避難していく。
このダンジョンには高ランクの探索者も沢山いるからきっとすぐ討伐されると思うけど、しばらくはこの光景を見物させてもらうとしましょうかねぇ……。
「佐東さん! アカリさん! 時間を稼いでくれ! 俺が魔王の力で仕留める!」
「はい!」
「僕にお任せだよぉ~!」
そのとき、一人の少年と二人の少女が物凄い勢いでアタシの横を駆け抜けていった。
「……ッ!?」
あ、あの少年は、"ワンパン男"くんじゃないの!?
最近話題の、厄災魔王の一欠片となった今最もホットな人物!
決してイケメンとは言えない素朴な雰囲気の男の子なんだけど、そこがまた平凡な男子高校生が一生懸命頑張ってるっていう感じがして……アタシみたいなおばさんには刺さるのよねぇ~。
彼の活躍を見るのが最近のアタシの一番の楽しみよ。まさに最推しと言っていいわ。まさかこんなところで会えるなんて!
そして一緒のパーティにいる女の子二人は……どちらも有名人よねぇ。
佐東鈴香とアカリ……二人とも探索者としてだけでなく、裏ちゃんねるで絶大な人気を誇る配信者じゃないの。
……ワンパン男くんと随分仲が良さそうねぇ~。おばさん、ちょ~~~っと嫉妬しちゃうわ~。
彼女たちに恨みはないけど……あまりにも美少女過ぎて妬ましいから、少しだけ不幸になってもらいましょうか!
近くの穴倉にいたイエティに向かってバーサク玉を投げつけ、アタシに襲いかからせ、陰の気を溜め込むと……即座に魔術を発動させる。
小さな貧乏神だから大したことはないと思うけど、少しくらいの怪我をすることは覚悟してちょうだいな!
まずはピンク髪のアカリちゃんからよ――!




