第097話「ダンジョン荒らし」★
「げぇ~、ブスイクがいんじゃん」
学校の図書館で勉強をしていたアタシの前に、金髪の派手な恰好をしたギャルが現れて、不快そうに顔を歪めた。
しかめ面になった状態でもその美しい顔は全く損なわれず、アタシとは天と地ほど容姿のレベルに差があることを思い知らされる。
彼女の両隣を陣取る取り巻きの女子二人もギャルに負けず劣らずの美人で、アタシの劣等感をこれでもかと煽ってくる。
「ねえ、ブスイク。その顔見るだけで不愉快だから消えてくんない?」
「アハハッ! ちょっと美姫~、前々から思ってたけどそのあだ名は酷すぎでしょ~。もっとマシなの無かったわけ?」
「こいつの名前、"毒島 依空"だからね。略してブスイク。ブサイクだしぴったりでしょ? 私が小学校のときにつけてあげたんだよね」
「……アタシの名前は依空じゃなくて依空です。幸良さん……」
「あ? どっちでもいいっしょ。そんなことよりさ、お前の顔が視界に入るとテンション下がるから早くどっか行ってよ」
「……分かりました」
勉強道具をカバンの中にしまった後、アタシは逃げるように図書室を後にした。
その直後、図書室の中からドッと笑い声が聞こえてくる。
「あはははっ! あんなブスが勉強なんかしても無駄なのにね~! どうせ人生負け組なんだからさぁ!」
「ほんっとそれな! 私らなんて何も努力しなくても人生イージーモードだし、不細工に生まれるって本当に可哀想だよね~!」
「ちょっとそれはさすがに言い過ぎだって。でもあいつは顔云々より家も貧乏だし運動もできないし性格も暗いしあんな勉強してるのに無勉強の私らと成績どっこいどっこいだし、終わり過ぎてて笑えるけど!」
「「「ぎゃははははっ!」」」
悔しさで涙が出そうになる。でも全てが事実なので反論など出来るはずもない。
アタシは幼い頃からずっと周りに馬鹿にされ続けてきた。
あの女――"幸良 美姫"の言うように、確かにアタシは容姿が悪い。それも相当に。
家は母子家庭で貧乏だし、運動も苦手。そして頭もそこまで良くない。必死に勉強してようやくあんな遊んでばかりのギャルたちと同等程度なのだ。
当然モテないし、友達もいない。いわゆるスクールカースト最底辺の人間である。
近所に住む幸良美姫とは小学校から高校までずっと同じ学校で、初めて会話した瞬間に"ブスイク"と名付けられて以降ずっといじめられ続けているのだ。
なのに彼女は誰からも好かれて幸せな人生を送っているし、きっとこれからもそうだろう。あまりの理不尽さに神様を恨みたくなる。
もううんざりだった。
これまでの人生で楽しいと思ったことなんて一度もないし、これからの未来にも希望はない。こんなつらい思いをしてまで生きている価値があるのか、毎日のように自問自答している。
だけど死ぬのは怖いし、痛いのが嫌だから自殺するのは考えられない。きっとこれから先も、こうやって他人から馬鹿にされ続ける人生を送ることになるんだろう。
そんなことを考えながら、アタシは帰路についた。
* * *
「あれ~!? もしかしてブスイクじゃね!? 超久しぶりじゃん!」
あれから20年、裏世界探索者として生計を立てていたアタシは、ある日――とあるダンジョンを攻略するために集まった大規模レイドパーティにサポート要員として参加していたとき、幸良美姫に遭遇してしまう。
美姫はアタシと同い年とは思えないくらいに若々しく美しいままで、しかも隣には学生時代の彼女そっくりな少女を連れていた。
「こ、幸良さん……お久しぶり」
「やっぱブスイクだ。あまりにおばさんすぎて自信なかったんだけど、よく見たら学生の頃と全然変わってないじゃん! マジウケるわ」
「……え? このおばさんママの同級生なの!? 嘘でしょ? ママより20歳くらい年上に見えるんですけど!」
「20は言い過ぎでしょー! せめて15くらいにしときなよ! ギャハハハ!」
やはり隣にいる少女は彼女の娘だったらしい。容姿だけでなく中身もまるっきりそっくりだ。
「なに? ブスイク探索者やってんの?」
「はい……他にお金を稼ぐ手段がなくて……」
高校卒業後に何とか大学進学は出来たが、その直後に母が過労による病気で倒れてしまい、治療費の為のバイトと介護で退学を余儀なくされた。
その後は非正規の仕事をしてなんとか生活していたが、低スペックかつ学歴も容姿も要領も、そして運すら悪いアタシはどこへ行っても虐げられ、最終的に今の職を選んだのだ。
だけど魔力使いとしてもろくに才能もないので、この歳で未だEランクのアマチュア。主に大規模パーティの雑務担当をすることでギリギリ生活できる程度の金銭を得ているのが現状だった。
「幸良さんも探索者を?」
「旦那が大企業勤務だから本当は働く必要とかないんだけど、もう子育てもひと段落ついたから最近趣味で始めたんだよね~。それでも才能あり過ぎてもうプロになれたけたけどさ。ブスイクのランクは?」
「ま、まだEです……」
「ウッソマジ? ありえなさ過ぎて笑えんだけど! Eランクとかアマチュアじゃん!」
「高校生の私でもDランクなのに専業で探索者やっててその年でEランクってヤバ過ぎないおばさん?」
ゲラゲラと親子で嘲笑される。
こんな奴らでも、生まれたときからずっと幸せな人生を歩んでるんだと思うと悔しくて悔しくてしょうがない。もう何度、神様を恨んだか分からない。
「とにかくEランクじゃ戦闘には加われないから雑用系だよね? じゃあ早速あんたに仕事を与えてあげる。私らの前歩いて罠よけになってよ。このダンジョンって結構罠多いみたいだからさ」
「……え? それはさすがに」
「はぁ~? モンスターが出たら私らが戦うんだからそれくらいやれよおばさん。何か文句あんの?」
「おら、早く前行けって。もう他の連中進み始めてんだろーが!」
有無を言わさずに背中を蹴られ、彼女たち親子の前に立たされながらダンジョン奥へ向かうことになる。
いつトラップに掛かるんじゃないかとビクビクしていたが、運よく……と言っていいのか、特に罠を踏まずにボスのいる広場まで辿り着くことができた。
――が、そこからが悪夢の始まりだった。
レイドパーティの全員がボス部屋の中に足を踏み入れた途端――入ってきた扉がスゥ~っと消滅してしまう。
そして、どこからともなく声が響いてきた。
《ここは"生贄の間"です。ボスを倒す、あなた方が多数決で決めたたった一人の生贄を捧げる、生贄以外のパーティメンバー全員が死亡する……このいずれかの方法によってのみ部屋から出ることができます》
声と共に、部屋の奥に全身が真っ黒で巨大な身体をした一つ目のモンスターが出現する。
所謂サイクロプスと呼ばれる一つ目巨人のモンスターのようだが、その全身から溢れ出る魔力は尋常ではなく、通常の個体よりも遥かに強いことが見て取れた。殆どがDランクとCランクで構成されているこのパーティで勝てるとは到底思えない。
すると、それを見た幸良親子がすぐさま声を上げる。
「みんな~! ちょっと聞いてほしいんだけど! 多数決で生贄を決めないとあのデカブツ倒さなきゃいけないっぽいしさぁ~。生贄はこのおばさんでよくない?」
「この人Eランクで何の役にも立たない雑用だし、別にいいですよね~? ねぇ、おばさんもそれでいいでしょ? ここで死ねたら今までの負け犬人生から解放されて来世で幸せになれるんじゃないんですか~? アハハッ!」
アタシを庇ってくれる人は一人もいなかった。
それどころか――
「そ、そうだな」
「あれと戦いになったらどうせあんなおばさん生き残れないだろうしな……」
「しょ、しょうがないよね……」
続々と賛成の声が上がる。
自分の保身だけを考える者、罪悪感を抱いた表情のまま沈黙を貫く者、助かりたい気持ちを隠すことなく堂々とする者……それぞれだったが、どうやら過半数が賛成に回ってしまったらしく、アタシの額に生贄の証と思われる刻印が浮かび上がってきた。
《生贄が決定しました。彼女が死亡するか、それ以外の全員が死亡するか、もしくはボスを討伐することで脱出することが可能となります》
『グオォォォォオオオオッ!』
モンスターが咆哮を轟かせてこちらに突撃してくる。
「ほら、おばさん早く行ってよ。じゃないと私らが危ないんだって!」
「ちょ、ちょっと待ってください!? まずは皆で戦って――」
「いいから大人しく生贄になれよブスイク! 役立たずがここにいる全員を助けられるんだから喜べっての!」
美姫に突き飛ばされてサイクロプスの足元まで吹き飛ばされる。
その拍子にモンスターの巨大な足で軽く蹴られたことで、アタシの身体は部屋の壁に勢いよく激突した。
「ぐふっ!?」
おそらく蹴るつもりすらなかったであろう一撃。だけどそれだけで手足が折れ、内臓も傷がついたのか口から血が噴き出してくる。
朦朧とする意識の中で――アタシの頭に走馬灯が過った。
美姫の影に怯えて過ごした学生時代。大学中退後もイジメられながら非正規雇用で働いてきた十数年の日々。そして最後はこんなクソみたいな結末を迎える……。なんてつまらない人生だったんだろう、と今更ながら思う。
顔を上げると、美姫がニヤニヤとこちらを見ている姿が目に入った。
私と違ってずっと幸せな人生を送り、友達も多く大企業に勤める旦那と可愛い子どもまでいて、そしてアタシにこんなことをしてもこれからも笑顔で過ごし続けていくのだろう。
理不尽――!
理不尽――!!
理不尽――!!!
あまりにも……理不尽すぎる!
唐突に死にたくないという感情が心の奥底から沸き起こり、体中から今までにないほどの魔力が漲っていく。
次の瞬間――気がつくとアタシは真っ暗な空間に立っていた。
アタシの頭上には陰気な顔をしたボロ布を纏ったお爺さんが浮遊しており、こちらを見下ろしている。
彼の身体からはまるでへその緒のように淡い光の糸がアタシの身体に伸びていて、そこからまるでこの世の不幸を全て煮詰めたような陰鬱なオーラが流れ込んでくるのを感じた。
辺りを見回すと先ほどまで部屋にいた人々の姿もあり、美姫の頭上には七福神のような恰好をした陽のオーラを放つ老人が宙に浮いているのが確認できる。
アタシはふと思い立ち、自分に繋がっている陰気なお爺さんとの糸を指で断ち切った。
そして遠くで佇んでいる美姫に向かって投げ飛ばすと――糸は彼女の身体と繋がり、陰気なお爺さんもそのままそちらへ移動していく。
すると同時に陽のオーラを放つ老人の糸が彼女の身体から千切れ、アタシの身体と新たな光の糸で繋がった。
『――――【貧乏神はあっちいけ】』
ハッと我に返ると、アタシはダンジョンのボス部屋の中で、壁に寄りかかりながら地面に座っていた。
手足は折れたままで激痛が全身に走っているし、今にも死んでしまう寸前の状態であることには変わりない。
だというのに……何故か体中に活力が満ちてきた。まるで長年積もり積もった泥が一気に晴れたかのような清々しい気分だ。
「何ぼーっとしてんだよ一つ目! さっさとブスイクをぶっ殺――ぷぎょッ!?」
突如美姫の顔面が陥没する。
サイクロプスが右手に持っていた巨大なこん棒を全力で投擲したのだ。その美しい顔は凄惨に潰れ、ほぼ原型を留めていない。
「キャァァァアアアア!! ママァァァアアッ!!」
彼女の娘の悲鳴とともに、人々はパニックになって逃げ惑い始めた。
しかしサイクロプスはそんな彼らを追いかけ回し、容赦なく次々と肉塊に変えていく。
「だ、誰かあのおばさんを殺せぇッ! そうしたら俺たちは助かるんだぁぁッ!」
動けないアタシに向かって、一人の男性がナイフを持って駆け寄ってくる。
本気の殺意を向けられた途端、先ほどまでの活力が徐々に失われていき、それに伴って再び陰鬱とした負のオーラに身体が支配されていく感覚に襲われた。
思わず目を閉じて意識を集中させ、またあの空間にワープする。
今度はアタシの頭上に陰気なお爺さんが何人も浮遊していたので、さっきと同じように繋がっている糸をブチリと引きちぎり、近くにいた別の女に向けて投げつけた。
すると――
「きゃぁぁああーーーーッ!?」
「ぐあぁぁぁッ!」
お爺さんを押し付けた女がサイクロプスに弾き飛ばされ、あたしを狙っていた男と共に壁に叩きつけられてピクリとも動かなくなる。
同時にどちらが持っていたのかわからないが、中級ポーションの瓶がアタシの前に転がって来たので、急いでそれを飲んだ。
傷がみるみるうちに治癒されて、骨折や出血が止まっていく。
……わ、わかりかけてきた。この現象の正体が!
感覚的に全てを理解した! ……アタシは、他の女に自分の不幸を押し付けることができるのだ!
近くにいる女に無条件でアタシが被るはずだった災厄を肩代わりさせ、しかも相手が幸運を持っていれば、それすら奪って自分のものにすることができる……それがアタシの魔術!
「あは、あはははははっ! あはははははっ!!」
嬉しくて面白くてたまらなかった。腹の底から笑いが込み上げてくる。
ふと顔を上げると、美姫の娘と目が合った。
まだ10代半ばだろうか? 肌も若々しく顔の造形も整っている。
そしてよく目を凝らして見ると、体からは生まれたときから幸せな一生が約束されていると確信できるほどの強烈な陽のオーラが漂っていた。
まさに、アタシの魔術を行使するのにこれ以上相応しい対象はいない。
「ひぃっ! だ、誰か助けてぇッ!! あのおばさんを早く殺してッ!!」
娘の声に、残ったわずかなメンバーたちがそれぞれ武器を持ってアタシを取り囲む。
だが、アタシは落ち着いて目を閉じ、能力を発動した。
大勢の人間に殺意を向けられたせいか、再び大量の貧乏神がアタシの頭上に浮遊しており、彼らの持つ不幸の糸がアタシの身体に巻きついている。
その全てをガリガリと音を立てて引きちぎると、美姫の娘に向けて投げ飛ばし、逆に彼女に憑いていた巨大な幸運の神を引っ剥がしてアタシにセットした。
瞬間――アタシに振り下ろされた男の剣が逸れ、壁にぶつかってバキンッと折れる。
折れた剣先はくるくると回転しながら美姫の娘の方へ向かうと、彼女の額に深々と突き刺さった。
「……あへろ?」
間抜けな声と表情を浮かべながら、娘は頭から血を撒き散らして床に崩れ落ちる。
それを見て動揺したのか、他の人たちの動きが止まり、その隙にアタシ以外の全員をサイクロプスが薙ぎ払って肉片に変えてしまった。
《生贄以外の全員が死亡したので、部屋の外への脱出口を作成します》
アナウンスと共に扉が出現し、ボスモンスターがスゥ~っと消滅していく。
「ふ、ふふふっ……あははっ! あはははっ!!」
な、なんて素晴らしい魔術なの!
幸良親子の間抜けな死にざまを思い出し、自然と笑みがこぼれてしまう。ここまでの幸福と高揚感は、生まれて初めて味わう感覚だった。
もっと味わいたい、もっともっと今の感覚をッ!!
もっと多くの人々から幸せを奪わなきゃ! アタシに比べて理不尽に恵まれた女どもを全員不幸にして、自分の養分にしないと!
だってそれが当たり前でしょ!?
アタシは生まれてこの方ずっと虐げられてきたんだから。これくらい許されるはずよ。それでようやく五分になるんだから!
……さあ、まずは何をしようかしら?
ああ、そうだ。ダンジョンを荒らし回って目に映る探索者の女たちを片っ端から不幸にしてやるのも面白いかもしれない。
アタシは近くに女がいるだけで安全に人の不幸を鑑賞して愉悦に浸れるんだもの。これ以上ない最高のショーが楽しめるわ。
……でも気をつけないといけないわね。
理不尽過ぎる能力故にその発動条件は厳しく、リスクも大きい。
不幸を押し付ける相手は、アタシよりも若く(同い年まで可)、美しく、幸せな、女。この四つを全て満たす必要がある。
当然だろう。例えば余命幾許もない老人やアタシよりブスで不幸な女にクソを押し付けるなんて、この世の理が許さない。
もしこれを破った場合、不幸は数倍になってアタシ自身に降りかかる仕組みになっているようだ。
しかも判定はアタシじゃなくて憑いてる神様たちがするようで、どういう基準で判断されるのか正確には把握できていない。
だけど心配する必要なんてないのよね~。だって、アタシよりもブスで不幸な女なんて見たことないんだもの!
年齢だけは若作りしてるBBAに引っかからないように注意しないといけないけど、それ以外の女はほぼ全員って言っていいくらいこの能力の餌食にできるわ。
これからの未来に期待と興奮が止まらない。ようやく人生が楽しくなってきたという予感が胸を支配する。
「ふふっ……待ってなさいよ、幸せな女ども! ぜーんぶ奪ってあげるからね! アタシの最強にして無敵の魔術――――【貧乏神はあっちいけ】の力でね!」




