第010話「ダンジョン学園の劣等生」
「この前、裏ちゃんねるのランキングに載っていた佐東さんの動画見ましたよ。凄い人気ですね……」
「あ、見てくれたんですね。ありがとうございます」
「はい、面白かったのでチャンネル登録もさせてもらいました」
「え? 本当ですか!? それは嬉しいです!」
ゴミ拾いを終えた俺たちは、雑談をしながら道を歩いていた。
二人共ちょうど探索者協会に用があったので、せっかくだし一緒に行こうという流れになったのだ。
「同じアパートに住んでる人が、まさかあんな有名人だなんてちょっとびっくりしましたけど」
「えへへ……。でも……へ、変な動画も出回ってるみたいなんで、知ってる人に見られるのは少し恥ずかしいんですよね……」
「み、見てない! 俺はそういう変なやつは一切見てないですよ!」
う~ん……これは確実に見てるな。
まあ、かなりバズったし仕方ないだろう。同じクラスの女子とかアパートの真上に住んでる女の子とか、身近な異性が失禁してる動画なんて流れてきたら、そりゃあ年頃の男子なら見てしまうのが性ってものだ。
……残念ながら、俺は本当は異性ではないのだが。
「すみません、嘘です……。実はその、変なシーンもちょっと見ちゃいました……。どうしても続きが気になってしまって、不可抗力というか……」
正直な奴だなぁ。言わなきゃバレないのに。
今どきの若者にしては珍しいくらいの純粋さである。
「だけど、あんな危険な目に遭っても、挫けずに裏世界に挑み続ける佐東さんは凄いなって思いました。……正直、憧れます」
「種口さんも世界的名門校であるダンジョン学園の生徒なんですから、十分凄いじゃないですか」
ダンジョン学園には、日本人だけに留まらず世界中から優秀な探索者候補が集まってくる。
その為、入学するだけでも非常に狭き門をくぐらなければならず、ダンジョン学園の制服に身を包んでいるだけでも、人々から羨望の眼差しを向けられるほどなのだ。
「……俺は、全然凄くなんてないです」
「え?」
俺がダンジョン学園の話を振った途端、種口くんの表情に暗い影が差す。
どうしたのかと首を傾げていると、彼は少し逡巡するような仕草を見せたあと、ぽつりと呟いた。
「俺……Fクラスなんですよ。いわゆる落ちこぼれってやつです」
「Fクラス……ですか? ダン学は確かEクラスまでしか存在しないと聞いたことがありますけど……」
「はい。表向きはそうなんですけど、実は教師たちから探索者失格のレッテルを貼られた学生は、Fクラスという落ちこぼれの集まる特別クラスに落とされるんです」
「そんな……酷いです! ダン学が学生に対してそのような差別的行為をしているだなんて……!」
……と、ぷんすか怒ってみせるが、実は俺はこのことを知っていた。
なぜなら、戦女神の聖域にはダン学の理事の一人と、Sクラスに所属する生徒がいるからだ。彼ら経由でダン学の情報は色々と耳に入ってくる。
俺もパーティのみんなにダン学への進学を勧められたけど、断った。だって、別に中卒で困るような人生でもないし……。
まあ、ダン学は日本の一般的な高校とは違い、大学のようにカリキュラムが自由選択制となっており、特にダンジョン攻略に重きを置いているということもあって、裏世界の実績があれば簡単に単位の取得ができるため、あまり学校へ行かなくてもよいらしいが……。
実際リノなんて殆ど学校行ってないしな。
ならどうしてわざわざ進学したのかと聞くと、リノ曰く、「中卒はダサい」だとか、「制服が可愛い」だとか、「花のJKブランドをキャンセルするのは勿体ない」だとか、そんなしょうもない理由らしい。
……中卒はダサいってなんだよ。俺みたいにカッコいい中卒も世の中にはいるんだぞ!
女子の制服が可愛いのは確かに同意だけど。
おっと、話が逸れてしまった。
で、ダン学は探索者ライセンスのランクや学園内の評価制度によってクラス分けがされており、下はEから上はSまでの六段階に分かれている。
そしてFクラスというのは、種口くんの言った通り、ダン学に入学こそできたものの、探索者としてまともにやっていける見込みがないと判断された者たちが集められるクラスなのだ。
教師たちからは一般高校へ編入したほうが良いと毎日のように提案されたり、他の生徒たちからは蔑みの視線を向けられたりと、いわゆる企業の追い出し部屋のような扱いのクラスらしい。
一度ここに落ちてしまうと、再び上のクラスへ上がるのは非常に困難で、大抵は一年も経たずに自主退学をしていくそうだ。
「仕方ないですよ……。俺は一応魔力使いですが、魔力量も全然ないし、魔力操作もめちゃくちゃ下手くそなので……」
「……こう言っては失礼かもしれませんが、よくそれでダン学に合格できましたね」
世界中から優秀な若者が集まるダン学は、当然のように試験が非常に難関だ。
特に魔力量と魔力操作の技術は最重視されているため、魔力量の少ない者や操作が下手な者はそれだけで落とされてしまう。
「魔力量も操作も人より劣ってますけど、俺……実は魔術が使えるんです。それで特例というか、ギリギリ入学を許されたというか……」
「ああ、そういうことですか」
十代で魔術を使える人間は、天才である可能性が高い。なので、魔術師はほぼ無条件にダン学への入学が認められる。
……が、おそらく彼の魔術はなんらかの瑕疵を抱えており、それを教師たちに見抜かれてFクラスへ落とされたのだろう。
「教師たちや魔力検査官にも、才能がないから探索者は諦めたほうがいいって散々言われました。……俺が全然凄くないっていうのは、そういうことなんです」
自嘲するように乾いた笑みを浮かべる種口くん。
実際問題、探索者育成のエキスパートであるダン学の教師たちがそう言うなら、種口くんには本当に魔力使いとしての才能がないのだろう。
彼らはなにも意地悪で言ってるわけではなく、子供たちが無謀な挑戦で命を落とすのを未然に防ぐために、あえて厳しい現実を突きつけているに過ぎない。
「それなら、先生たちの言うように別の道を探すという選択肢もあるんじゃないですか? 裏世界に関わりたいのであれば、例えば小田宮さんのような協会の職員を目指すとか」
「……俺には、探索者として裏世界でどうしてもやらなくちゃいけないことがあるんです」
そう言ったきり、彼は険しい表情で黙り込んでしまった。
ううむ……。なんだか暗い雰囲気になってしまったな……。
よし、ここはいっちょ俺の美少女パワーで彼を励ましてあげることにしようか!
「大丈夫! Fクラスがなんですか! Fは復活のFでもありますし、ここから大逆転してみせましょうよ!」
「……佐東さん」
「それに種口さんはFクラスかもしれませんが、私だってFカップですし、F同士一緒に頑張りましょう!」
「……え?」
胸を強調するようなポーズをとりながら、「ふんす!」と鼻息を荒くしてそう言ってみせると、少し感動的になりかけていた種口くんの表情が、急に困惑に染まってしまった。
あ、あれ……。は、外したか?
やべえ……いつも変装しているときはキャラを崩さないように細心の注意を払っているのに、彼はなんだか話しやすくて、ついつい気が緩んでしまったようだ。
リノにもよく、素のスズは天然だから発言には気をつけたほうがいいって言われてるのに……。
「は、ははははっ! 動画の中だけじゃなく、佐東さんって素でも面白い人なんですね。……俺を励ますために、無理してそんな冗談まで言ってくれて、ありがとうございます」
「あ、あはは……。い、今の発言は忘れてください……」
「はい、忘れます。でも、佐東さんのおかげで少し元気が出ました。Fクラスから逆転できるかどうかは分からないけど……俺、頑張ってみます」
さっきまでの暗い雰囲気が嘘のように晴れやかな笑顔になる種口くん。
どうやら俺の美少女パワーは、彼の抱える悩みを吹き飛ばしてやることができたようだ。結果オーライということにしておこうか!
前方に見えてきた大型デパートのような建物に向かって歩きながら、俺たちはくすくすと笑いあうのだった。




