昼下がりの公園で感じた集団からの視線
※しいなここみ様主催の『いろはに企画』参加のホラー短編です。
この町に引っ越してきてようやく生活にも慣れた。
交通の便は多少悪くなったけれども、以前に比べ娘も楽しそうにしているし、決心して良かったと思っている。
今日は娘を連れて公園へとやってきた。
子供が同い年であるママさんたちはとても良い人が多く、ここでの語らいが最近の楽しみの一つ。
「あ、みーちゃんきた!」
「ミチルちゃん何してあそぶ?」
子供たちも打ち解けていて、都会から越してきたのもあって娘は大人気だった。
娘を送り出すと、背後のママさんグループから声をかけられる。
「ミチルちゃんすっかり馴染んだわね」
「あのお人形はまだ手放せないみたいだけど、うちのサキとも仲良くなってくれて良かったわ」
「ええ、皆さんが良くしてくれたお陰ですよ」
娘は思い出の人形を手放せず、常に持ち歩いている。
随分と傷んで汚れてもいるが、何度諭しても手放してくれない。
情報交換の合間に子供たちを見やる。何やら枯葉を集めたり、砂場で泥団子を作り始めた。どうやらおままごとが始まるようだ。
「じゃあミチルちゃんがお母さん役ね」
ママさんグループの会話がひと段落したのもあって、娘たちのおままごとをぼんやりと眺めた。
饅頭を模したと思われる、枯葉包みの泥団子。
娘たちはそれを咀嚼する振りを繰り返す。
会話の内容には、とても子供と思えないリアリティがあり、引っ越し前の生活を想起させる。
周囲のママさんグループの反応が気になって、そちらの様子を伺っていたら事態が急変した。
事が起こったのは父親役と思われる子とのやり取り。
頭の中が真っ白になる。
心臓の音がうるさいくらいに鳴り響き、周囲の音が何も聞こえない。
口の中はカラカラに渇き、体の底から冷えてきているのに背中は汗が伝っていく。
一つ、また一つ視線が私へと向けられる。
ママさんグループ全員の視線が集まり出す。けれど怖くてそちらを見ることができない。
体中に力が入らなくなり、膝も笑っている。
この場の中で、私だけが見られていると思う。
辛うじて子供たちの方を見ると、娘を含めた全員の視線が私へと向けられていた。
私がここに立っていることすら苦痛に感じ始めたとき、ママさんグループの皆からは次々と励ましの声をかけられる。とても優しい声で。
それが私には刺さり、同時に切り刻んでもくる。
あぁ、ダメだ。耐えられそうにない。
私は周囲へ謝罪を述べた後、娘の手を引き慌ててその場を立ち去った。
帰り道。
急に帰ることへ不満を漏らす娘を宥めるため、もみじ饅頭を購入。
それにこれは先行投資兼、娘への賄賂でもある。
「ミチル。今日みたいなことは言わないで! お願いだから。ほら、もみじ饅頭あげるから。ね?」
「んー? お母さん、何のことー?」
「ほら、だからアレよ。アレ」
言葉にはしたくない。
視線を泳がせながら、必死に娘へチラ見とウインクを繰り返す。
暫く饅頭へと視線を落としていた娘が、不思議そうな表情を私に向けてくる。
「急に帰るのヤダって言ったの怒ってる?」
「そうじゃないわ。おままごとの話よ」
「んー? 『今日も浮気して帰ってきたお父さんにはご飯なんかありません』って言ったこと?」
分かってるじゃないの!
私は声にも出来ず、口の開閉を繰り返す。
でも、さらなる悲劇が追い打ちをかける。
「それとも、その後の『あの泥棒猫とのプレイはさぞかし』って……」
「ちょっとまてーーー!」
私はもみじ饅頭を娘の口に押し当てて強制的にストップさせる。
そこでふいに思い出す。
娘をお隣さんの家に泊まりで預けた日を境に、妙に優しくなったお隣さんの様子を。
あれは……きっと。
娘がどのくらいの範囲でぶちまけているのかが分からず、私は恐怖で凍り付いた。
ある意味でガチホラー。
(少なくともこの主人公にとっては)