87:噂と視線
次の日アカデミーに登校した私を待ち受けていたのは、皆の遠巻きな視線だった。
皆が皆、何か言いたげで……それでいて、私から距離を取るように、一歩下がったところからこちらを観察している。
胸がざわつく。
好奇の視線に晒されていることには、悲しいことに慣れてしまったけれど……だからって、不快な思いをしない訳ではない。
ああ、もう、さっさと教室に入って、キャロルやスチュアート、デリックと一緒に居よう……そう思った時だった。
「あ、あの……」
廊下に居た女生徒の一人が、おずおずと声を掛けてきた。
……先ほどの視線は面白くないものだったけれど、直接声を掛けられて無視する気にはなれない。
「なんでしょうか」
私が立ち止まると、女生徒が一瞬息を呑んだ。
そうして、再び強い光を瞳に宿し、顔を上げる。
「ティアニー嬢が迷い子という話……本当なんですか!?」
「え……っ」
女生徒とのやりとりを、周囲の生徒達が固唾を呑んで見守っている。
なんでそんな話になってしまったの。
なんでこんな質問を、人前でしてくるの。
ああ、もう、頭が痛いったら。
「ごめんなさい、私昨日王太子殿下とのやりとりを偶然聞いてしまって……それで……っ」
私が答えに窮していると、慌てたように女生徒が言葉を続けた。
結局、今度も王太子殿下との会話が発端という訳ね。
あの時も違うと答えたはずなのに、どうしてこうなってしまうのか。
……もう、誤魔化しきれないのかなぁ。
これまでずっと、嘘に嘘を重ねてきた。
意図しないところで生じた綻びは、少しずつ大きくなって、拭い去ることの出来ない違和感となって私の前に立ち塞がっている。
「どう答えても変わらないわよね、きっと……」
イエスともノーとも言い難い。
どう答えたところで、意味なんてない。
きっと、私自身否定するのに疲れてしまったのかもしれない。
ああ、もう、どうしようかな。
なんか授業を受けるって気分ではなくなってしまった。
このまま体調不良ってことにして帰ったら……キャロルが心配するかなぁ。
そんなくだらないことを考えていた時だった。
「ルーシー!!」
廊下の向こうから白銀の髪を振り乱して真っ直ぐこちらに向かってくるのは、ジェロームお兄様だ。
整った眉目には、深い皺が刻まれている。
お兄様がアカデミーであんな表情を浮かべているのは、珍しい。
「お兄様、どうなさったのですか?」
「それが……」
肩で息をしながら、ジェロームお兄様が途切れがちな声を紡ぎ出す。
「王城から、登城命令が下ったと……!」
その言葉の意味を理解した瞬間、目の前が真っ暗になった気がした。









