85:二度目の・・・
「やっぱり、お前以外に迷い子は考えられないんだ」
アカデミーの廊下。
休み時間に一人でお花摘みに行って、教室に戻る最中に、ライオネル殿下に声を掛けられてしまった。
彼はいまだ私のことを疑っているらしい。
そりゃ迷い子と言われていたクワイン令嬢が違った訳だから、他に迷い子がいるのではって考えるのはごく自然なことだけれど……もういい加減、私のことは諦めてくれないかなぁ。
「前にも違うと申し上げたはずですが」
「しかし、お前以外には考えられないではないか」
ライオネル殿下の瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめる。
真剣な表情。
一度躊躇いがちに唇を噛んだ後、再び殿下が口を開く。
「何も当てずっぽうで言っている訳ではない。お前が開発したゲームはかなり独創的な物だったし、何より……あの魔王討伐、お前の召喚獣がかなり活躍したというじゃないか」
話が広がらないように口止めはしたものの、そりゃ王家には報告は入っているよね……。
参ったなぁ。どう言い張れば良いのだろう。
クワイン令嬢以外に、他に自分が迷い子であると名乗り出てくれる人が現れてくれた方が楽なのに。
「何も、取って食おうという訳じゃない。ただ……」
「ただ?」
ライオネル殿下が、俯いて何やら言い辛そうにしている。
思春期か。いやまぁ、年齢的には似たようなものだけど。
こちとら休み時間に呼び止められているのだから、さっさと話を済ませてほしいのにな。
「もし、お前が迷い子だというなら、その……」
「なんですか、さっさと言ってくれませんか」
段々とイライラしてきた。
つい、語気を強めてしまう。
「もしお前が迷い子なら──お前が、僕の婚約者になるだろう!」
「………………は?」
いきなり何を言い出すのか。
目の前に立つライオネル殿下の顔は、真っ赤に染まっている。
えー、これは一体どういう状況?
「私が婚約者になるなら、どうだと言うのですか。そもそも、婚約の話も、幼い頃に流れているでしょうに」
「それは、迷い子が現れたからであって──」
そうです。
貴方との婚約を回避する為に、迷い子の噂を流したのです。
王太子殿下の婚約者なんて、そんな面倒な立場には就きたくありません。
だというのに、どうして彼は真っ赤な顔をして、私の前でもじもじしているのでしょう。
「僕は……」
再び躊躇いがちに口を開いたライオネル殿下の顔は、花瓶に飾られた花よりも赤く彩られていた。
「お前が迷い子で、僕の婚約者になってくれたなら、嬉しいと……そう、思っている」
「は???」
もはや疑ってるとか、そんな話ですら無くなってしまった。
私が迷い子だと嬉しい? そんな希望的観測なの?
「ルシール・ティアニー嬢。僕は──」
殿下の言葉を遮るように、始業の鐘が鳴る。
短い休み時間が終わり、先生が来たならすぐ授業が始まってしまう。
これ以上、教室で話し込んでいる余裕はない。
「すみません殿下、失礼します!」
これ幸いとばかりに、私は殿下の前から一目散に逃げ出した。
本当に、何なのよ。
幼い頃、カードゲームの権利とマモン商会欲しさに、私に向かって「婚約者になれ」と言った時とは、全然違う。
なんであんな顔で──あんな真剣な表情で、熱の籠もった視線を向けてくるの。
貴方は王太子でしょ。
この国を背負って立つ人物なのよ。
本当に、何を考えているの。
二度目の追求、二度目の婚約話。









