84:悪魔の御業
月に一度の大礼拝ともなれば、当然多くの要人が参加していた。
王太子であるライオネル殿下がアカデミーの生徒達と共に参列していたとあっては、状況を誤魔化す訳にはいかない。
クワイン伯爵とクワイン伯爵令嬢、そしてクワイン枢機卿への追及は、大勢の目撃者もあり、公平な司法の場へと委ねられた。
──そう。
観衆が注目される中、裁判が開かれることになったのだ。
決して狭くない裁判所には、大勢の傍聴人が詰めかけていた。
議場に入りきらない人達が、建物の外にまで溢れかえっている。
「これは聖女様を貶める為の陰謀に違いない!」
「そうだ、あの聖女様に限って……」
クワイン令嬢を庇おうとしているのは、彼女が通い詰めていた第一、第二騎士団に所属する騎士達だろうか。
第一騎士団には高位貴族の子弟が、第二騎士団にも貴族の子弟達が多く所属すると聞いている。
なるほど、そういう相手にばかりコネを作っているあたり、流石はクワイン令嬢だ。
周囲に聞かせるようにあえて声を張り上げる騎士達に対して、傍聴席に詰めかけた人々は白い視線を投げかけている。
当の庇われている聖女様はと言えば、被告人席に立ったままで、憎々しげに周囲を睨め付けていた。
どうして自分がこんな目に……とでも言いたげな顔ね。
「……!」
あ。クワイン令嬢と目が合ってしまった。
私の姿を認めるなり、それまで以上に険しい表情を浮かべている。
きっと色々文句言いたいんだろうなぁ。
視線だけで射殺そうという目つきだ。
おあいにく様、こちらが座っているのは証人席。
彼女が声を届けようとすれば、大声を張り上げる他はない。
流石にそんな暴挙に出るほど、理性を失ってはいないようだ。
証人席に座っていると言っても、何か証言する予定がある訳ではない。
学園でのクワイン令嬢の振る舞い、それが王家に露呈して、この場に呼ばれたに過ぎない。
元々ライオネル殿下は、クワイン令嬢の私への態度に気付いていたからね。
それでわざわざ席を用意してくれたんだろうな。
ま、間近で見れなくても、ゼフの眷属でこの場の様子を知ることは出来るのだけれど。
せっかくだから、この目で直に見させてもらうとしますか。
「静粛に!! ただいまより、フィリス・クワインによる詐称について審議する」
裁判長の声が、声高に響く。
それまで騒がしかった場内が一瞬で静まり、皆がじっと耳を傾けた、その時だった。
「詐称などと、とんでもありません! これは何かの間違いにございます!!」
クワイン令嬢が、声を張り上げる。
罪人らしく白い質素なワンピースを身に纏う彼女は、持ち前の美貌もあってか、黙っていれば清楚な美女に見えなくもない。
元々聖属性持ちで、治癒魔法に長けているのは事実なんだよね。
聖女かどうかは知らないけど、聖魔法を使う女性を教会が聖女認定しているというのなら、別に彼女が聖女を詐称している訳ではない。
……そう。
聖女に関しては。
「発言の許可はしておらんが」
「どうか聞いてください、裁判長様!! 私は実際に聖魔法を使い、多くの騎士様達を癒やしてきました。これは全て事実にございます!」
クワイン令嬢の言葉に、一部傍聴席から同意する声が上がる。
おそらく、彼女が通い詰めていた第一、第二騎士団の騎士達だ。
「これなるフィリスは幼少期より聖魔法に長けておりました故、私が推挙し、教会で聖女認定を受けました。これは間違いありません」
同じく被告席に立つクワイン枢機卿が、言葉を重ねる。
その隣のクワイン伯爵は、額に脂汗を滲ませていた。
どうやら兄である伯爵より、弟の枢機卿の方が肝が据わっていそうね。
「ふむ……聖女とは、教会が認めた神の遣い。そこな枢機卿が推挙して、教会が聖女と認めたなら、そこな娘は聖女なのだろうな」
裁判長が重々しく頷き、その言葉にクワイン家の三人が瞳を輝かせる。
「そう、ですから──」
「だが、今取り上げているのは、聖女の詐称ではない」
裁判長の厳かな声に、三人が息を呑む。
彼等も、自分達のしでかしたことは十分に理解しているのだろう。
だからこそ──論点をすり替え、自らが聖女であることの正当性を主張しているのだ。
「お待ちください。迷い子の件でしたら、これなるフィリス自身、自分が生まれ落ちた時のことは覚えてはおりません。どこの誰にでも、自分が迷い子であるという証明は不可能なのではないでしょうか」
枢機卿が高らかに声を張る。
うーん、当の迷い子本人は、ちゃんと覚えているんだよね。
いきなり森に放り出されて、あの時はこの世界の神とやらを呪ったもんだ。
「ならば、あの託宣を何とする?」
裁判長の厳かな声。
宗教が密接なこの世界、神の声もまた、人々には信じられている。
実際は神ではなく悪魔の声なんだけど……そんなの、聞く側には分からないよね。
「そして、そこなクワイン令嬢は、あれ以降聖なる力が使えなくなったというではないか」
「それは……っ」
「それこそが、神に見放された証拠でなくて、何とする!?」
実際は、単なる魔力の枯渇だ。
彼女の内にある、魔法を使う為の生命力。
それをバールが吸い上げているに過ぎない。
でもこの世界でそんなドレイン的な魔法が見付かっていない以上は、民衆は人ならざる存在を信じてしまう。
神の御業ならぬ悪魔の御業なのだけれど……ね。
「そして、冒険者ギルドからも証言が取れておる。魔王復活の阻止は聖女の力にあらず、冒険者と第三騎士団の騎士達の活躍によるものだとな」
「……っっ」
聖なる力に恵まれて、良家のお嬢様になって、教会で聖女と崇められて……それだけで満足すれば良かったのにね。
どうして何もかもが自分のおかげであると喧伝してしまったのか。
一つの嘘が“こいつは嘘を吐く人間なんだ”という裏付けとなって、他の証言全ての信憑性が地に堕ちてしまう。
全て、自業自得ね。
「罪人を連れて行け」
「お待ちください、裁判長様!!」
裁判長の無慈悲な声に、騎士達がクワイン令嬢とクワイン伯爵、クワイン枢機卿を引っ立てる。
今の令嬢には、私を睨み付ける余裕さえ感じられない。
絶望に見開かれた虚ろな眼が、ぶるりと背筋を震わせた。
クワイン伯爵家は領地没収の上、取り潰し。
伯爵と枢機卿は、国外追放が決定した。
クワイン令嬢に対しては、彼女に欺かれたとするペンフォード王家が相当なお冠で、即時処刑まで検討されていたと聞いた。
しかし、僅かながらに聖魔法を扱う力が元に戻ってきたことから処刑は免れて、重罪人が働く炭鉱や鉱山に送られることになった。
肉体労働者達に治癒魔法を掛けることで王国への忠誠を示し、罪を償わせるということらしい。
稀少な治癒能力持ちだから、とことんこき使おうという算段ね。
一時とはいえ貴族令嬢として過ごした彼女にとって、罪人の中に放り込まれて労働を強いられるのは、死ぬよりも辛いことだろう。
いや、案外そんな環境でも図太く生きているのかしら。
彼女の処刑が回避されたと聞いて、少しだけ安心した。
どんな嫌いな相手だろうと、自分達のせいで死刑になったなんて、流石に目覚めが悪いものね。
あれこれ言ってくるクワイン令嬢と、邪魔立てしてきた枢機卿がいなくなって、ようやく平穏な日常が帰ってくる──なんて思っていたのに。
「やっぱり、お前以外に迷い子は考えられないんだ」
ライオネル殿下、どうして貴方は諦めてくれないのでしょうか。









