幕間:母は我が子を慈しむ
私ティアニー公爵家夫人ウィレミナには、二人の子供が居る。
一人は長男のジェローム。
私に良く似た目映い銀髪と深い海のような瞳を持つ、幼いながらに賢い子だ。
もう一人は長女のルーシーことルシール。
旦那様に良く似た黒髪と、私の瞳を思わせる夜色の瞳を持っている。
我が子達はどちらも手が掛からない。
ジェロームの時でさえあまりの物分かりの良さに驚いたものだが、ルーシーはそれに輪を掛けて大人びた子供だった。
子供とは感情で動く生き物。
先入観でそう思い込んでいた私にとって、子育ては驚きの連続だった。
とても聞き分けの良いジェロームと、どこか老成して、全てを達観したようなルーシー。
少しくらい子供達に我が儘を言われたいと思うのは、我が儘だろうか。
とにかく、今日も我が子達は良い子だ。
ルーシーのドレスを新調しようと商会を呼んだというのに、彼女は希望の一つも言わない。
次々にドレスを選ぶと、逆に申し訳なさそうな顔をする。
お金の価値を知るのは、良いことだ。
高位貴族のご令嬢は自分の着るドレス一着にどれだけの領民の税金が注ぎ込まれているかを知らずに、浪費を重ねることがある。
それを考えたら、物を欲しがらずに大事にするルーシーの心がけはとても良いことだと言えよう。
しかし、どうして彼女はそんな風に育ったのか。
誰に教わった訳でもないのに自然と節制を身につけている我が娘が、面白くもあり、時折この子は本当に“子ども”なのかとすら考えてしまうことがある。
それでも、間違いなくこの子は私の可愛い娘なのだ。
親としては少しくらいおねだりをされたい気持ちもあって、なんとも複雑だ。
だからこそ、こういう機会にはつい羽目を外し過ぎてしまうのだけれど。
「お母様、ルーシーが王城の茶会に招かれたというのは、本当ですか?」
ルーシーとブレンダが隣室で着替えている間、ジェロームが苦々しい口調で尋ねてきた。
「ええ、本当よ。だからドレスを仕立てたの」
「そのお茶会というのは、まさか王太子殿下の婚約者絡みではないでしょうね!?」
我がペンフォード王国のクラレンス陛下は、旦那様の従弟にあたる。
その長男で王太子のライオネル殿下は、ルーシーと同じ六歳。
従兄弟同士が結婚することは、法律で認められている。
高位貴族の子女が集まるお茶会。
それはつまり王太子妃候補を見定める為の茶会ではないかと、ジェロームは心配しているのだ。
「女児ばかりではなく、男児も招いて、側近候補を決めるお茶会でもあるそうよ」
そう説明したところで、ジェロームが安心することはない。
男児ならば、王太子殿下の側近候補に。
では、女児ならば……?
目に留まった女児が居れば婚約者候補として扱われるのは、少し想像すれば分かることだ。
「ルーシーは、そのことを知っているのですか?」
「話はしていないけれど、嫌そうな顔をしていたから……だいたい察しているんじゃないかしら」
一を話しただけで、十を理解する。
あの子は正に天才だ。
その賢さに、もし王家が目を付けたなら……陛下の従兄である旦那様がいらっしゃるから、そうそう強くは出られないだろうとしても、流石に面倒なことにはなるだろう。
ジェロームも、それを心配しているのだ。
「招かれたからには、断る訳にはいかないのよ。それは、貴方も分かっているでしょう?」
「はい……」
頷きながらも、なおもジェロームは不安げな表情を隠しもしない。
ジェロームも、ルーシーと同じく手の掛からない子供だ。
だが、この子はルーシーほどに老成している訳ではない。
口に出さないだけで、その表情には考えていることがありありと滲み出ている。
ジェロームとルーシーの兄妹仲は、どうもぎこちない。
ルーシーもそれを分かっているようで、最近では兄の姿を見る度に、緊張しているようだ。
でも、私は知っている。
幼い頃、生まれたばかりの妹をずっと見つめていたジェロームの姿を。
最初は恐ろしいものを見るような表情だったのが、少しずつ、少しずつ、その表情に変化が訪れている。
この子は自分より小さい妹にどう接して良いか、分からないだけなのだ。
その証拠に、ジェロームの視線はいつも妹のルーシーを捜し求めているかのようだ。
二人が本音で話し合えるようになったなら、きっと仲の良い兄妹になるのではないかしら。
その為に私が一肌脱ぐのもやぶさかではないけれど、きっと勇気を持って歩み寄ることは、二人の為になると思うの。
「心配なのね、ルーシーのことが」
「当たり前でしょう! あの子は僕の――」
笑いながら声を掛ければ、ジェロームは僅かに声を上擦らせた。
そうして一瞬言い淀んだ後に、再び口を開く。
「僕の……その……大事な、妹……なんです」
少しずつ言葉を探すように、迷いながら、それでも最後には絞り出すような声だった。
まるで妹と口にするだけで、勇気を振り絞っているようにも見える。
「そうね。ルーシーは貴方の大事な妹で、貴方とルーシーは私の大事な子供よ」
そんなジェロームを抱きしめ、優しく撫でる。
いつもは手の掛からないお兄ちゃんだから、こんな風に甘やかすのも久しぶり。
ジェロームったら、顔を真っ赤にして驚いている。
「何かあっても、私と旦那様が居るから大丈夫。ルーシーのことは私達が守るわ。勿論、貴方のことも」
「……はい」
その言葉で、ようやく強張っていたジェロームの身体から力が抜けたようだ。
しっかりしているように見えても、子供は子供。
今のジェロームを見ていると、強く実感する。
きっと、ルーシーも同じなのでしょうね。
手の掛からない子なんて言ってないで、もっと甘やかしてあげなければ。
二人とも、私と旦那様の、かけがえのない宝物。
これから先、どんな未来が待ち受けていようとも――私達が、必ず二人を守ってみせる。