76:終わり良ければ全て良し?
「────っ!?」
不意に、お兄様が魔の森上空を見上げる。
そこで戦っていたはずの魔族と悪魔達。
その姿は、今は森全体を覆う奇妙な空気に遮られて、見えはしない。
「先ほどの……魔族の気配が消えた」
「え?」
お兄様の言葉に、私もつられて上空を見上げた。
濁った空には、魔族どころか悪魔の姿もない。
きっと上空の戦いを、誰かが隠してくれているのだろう。
「それは……あの黒尽くめが死んだということか?」
いまだ右腕をさすりながら、マクラーレン団長がお兄様に尋ねる。
「おそらくは……」
お兄様だって、事実を全て把握している訳ではない。
ただ一つ分かるのは、黒尽くめの魔族──魔王の気配が消え、周囲一帯から魔族の脅威が取り除かれたということだけだ。
「あの魔族を、ルーシー嬢の召喚獣が倒したと……」
マクラーレン団長の呟きに、ぎくりと心臓が跳ね上がる。
サブナクによる回復といい、バール達による魔王の撃退といい……やっぱり、やり過ぎてしまったよね。
「えぇと、魔王の復活とか大袈裟に言われてましたけど……多分、魔王の配下の一人が蘇ったとか、そんなくらいだったのではないですか?」
慌てて誤魔化しはしたものの、これで大丈夫だろうか。
せいぜい、敵が実はたいした奴ではなかったという扱いにするしか……って、当のマクラーレン団長が、その魔族に右腕を切り飛ばされているんだよなぁぁぁ、もう。
どうやって話を収めればいいんだ……。
結局王宮への説明は全てジェロームお兄様とハーヴィー兄様にお任せすることにして、せいぜい規模を小さく伝えてくれるよう、頼み込むしかないのであった。
「まったく、不甲斐ない奴等よ」
魔の森からの帰路、途中立ち寄った宿場町。
宿屋の一室で、黒猫のバールが私のベッドを占領しながら丸くなって悪態を吐いた。
「神は魔王に対抗する為に異界から迷い子を召喚したなどと言われておるようだが、その魔王があれとは、我等の力をなんだと思っている!」
「ま、まぁまぁ……」
私としては、せいぜいバールを宥める他はない。
敵が強くて怒っているならともかく、敵が弱くて怒っているってのも、どうなのだろう。
「我等の力を、我等が主の力を、侮り過ぎだ! あんな連中、相手にならん。この世界の魔族は、悪魔と比べて貧弱過ぎる!!」
強過ぎる敵より、ずっと良いと思うんだけどなぁ……。
どうやらバールは敵の手応えが物足りなかったことが不満らしい。
でも、ぷりぷりして布団をふみふみしている黒猫って、ちょっと微笑ましいんだよね。
正体はどうであれ、今は小さな黒猫の姿。
憤慨する様子も、また愛らしい。
「魔王の力はどうであれ……これで魔王の脅威は取り除かれたと考えて良いんだよね?」
「最初から、あの程度では脅威にならん」
黒猫が鼻息を荒くして、髭を揺らしている。
うん、かわいい。
かわいい上に、強い。
うちの悪魔、最強じゃないかな。
私が直接手を下した訳ではないにせよ、結局は言い伝え通りに、迷い子が魔王を撃退したことになった訳だ。
ま、あれが魔王だったとは報告されていないはずだけどね。
何はともあれ、王国に迫っていた脅威は取り除かれた。
王都に戻って、後は平穏無事な生活が送れる──なんてのんびり考えていたのに。
魔族の脅威が去ったことで教会が活気づいて、妙なことを言い出したから困ったものだ。
『魔王の脅威を取り除いたのは、聖女の加護のおかげである』
──だなんて。
いや、クワイン令嬢が一体何をしたって話なんだけど……。
私に代わって目立ってくれるなら、別にいいんだけどさ。
下手に調子にのって、妙なことさえしでかさなければ、それでいいよ、もう……。









