72:イケオジ騎士団長は良いものです
出発日は快晴――なんてことはなく。
どんよりとした灰色の雲が厚く空を覆っていた。
騎士団に同行するということで公務扱いではあるが、私もお兄様もしばらく学校はお休みしなければならない。
諸々の手続きは、昨日まで全て済ませてきた。
ティアニー公爵家の前には、物々しい一団が待ち構えていた。
と言っても別に公爵家が包囲された訳ではなく、私とジェロームお兄様を迎えに来てのことだ。
「ルーシー、紹介するね。こちらが第三騎士団の団長、ジェフ・マクラーレン卿だ」
「初めまして、ルシール・ティアニーと申します。この度はお世話になります」
ハーヴィー兄様が紹介してくださったのは、王国の第三騎士団の団長。
騎士団長らしい筋骨隆々とした体付きに短く刈り込んだ茶色の髪、緑色の瞳は優しげな光を湛えている。
高い位置から見下ろされているのにそれほど怖さを感じないのは、彼の人柄が滲み出ているようだ。
「君がティアニー家の秘宝、か」
「秘宝?」
初めて言われた言葉に、思わず素っ頓狂な声で返してしまった。
「有名だよ、リチャードが決して外には出そうとしなかったって」
リチャードお父様のことを親しげに「リチャード」と呼ぶからには、彼はお父様のお知り合いなのだろうか。
「大事な娘を預かるんだ、絶対に危険な目には遭わせないと約束しよう」
「ありがとうございます」
頼もしいなぁ。
確かに年頃も、お父様と同じくらいだ。
お父様が貴族的な物腰ならば、こちらはいかにも騎士様! といった感じ。
前世風に言うなら、逞しいイケオジね。なかなか良き。
「……ルーシー?」
「は、はいっ」
背後から、お兄様の冷ややかな声が聞こえてきた。
危ない危ない、つい顔に出てしまっていただろうか。
「今回の総指揮は、彼が執る。二人も、マクラーレン卿の指示に従ってくれ」
「了解」
「分かりました」
ハーヴィー兄様の言葉に、私もジェロームお兄様も素直に頷く。
その様子を、マクラーレン卿は目を細めて見守っていた。
「ルーシー嬢にジェローム殿とお呼びしても?」
「はい、どうぞ」
イケオジに言われちゃ、断れる訳がないよね。
お兄様も、無言のままで頷いている。
「さぁ、行こうか」
「はい!」
ハーヴィーお兄様の言葉に頷き、ジェロームお兄様と黒猫のバールと共に馬車に乗り込む。
馬車の両脇は、しっかりと第三騎士団の騎士達が取り囲んでいる。
公爵家の令嬢をギルドに指名依頼までして預かるのだ、万が一何かあってはティアニー公爵家に顔向けが出来ない事態になってしまう。
それもあって、道中は馬車の中で大人しくしているつもりだ。
騎士団の人達に気を使わせてしまうのも、申し訳ないからね。
「長旅になるな」
「そうですね」
お兄様の言葉に頷き、馬車に持ち込んだ鞄を開ける。
「一勝負、いかがですか?」
「いいね」
膝の上にハンカチを敷いて、シャッフルしたトランプを並べる。
危険な場所に赴くとはいえ、長い道中ずっと緊張しっぱなしでは精神が保たない。
警戒しっぱなしの騎士の皆さんには申し訳ないが、こちらはのんびり楽しみながら向かうとしよう。
私達がトランプゲームを楽しむ横で、黒猫のバールはくるりと丸まって目を閉じていた。
道中トランプ三昧だが、別に遊んでいる訳ではない。
こうしている間も、ゼフに頼んで眷属の蝿達に魔の森奥地の様子を探ってもらっているのだ。
その様子は、動物や蟲達の思考が読めるバールが夜ごとに教えてくれる。
連絡が付かなくなった先遣隊と合流する為に急ぎ進軍しているが、既に彼等は全滅。
魔の森奥地では復活した魔王が巨大な城を建設中とのことだ。
事態は想像以上に危険だ。
かと言って、今それを騎士団の人達に伝える訳にはいかない。
どうやって調べたんだって聞かれても、説明出来ないもんね。
実際に魔の森に赴いて、羽を持つマルコシアスを偵察に出した後に、小出しに報告するしかないだろう。
「魔王かぁ……」
ベッドの上でバールの報告を聞いて、ついため息が零れた。
魔王に聖女にって、やっぱりここは二十一世紀の地球とはかけ離れた世界なんだと実感する。
まさにゲームや小説の世界みたいじゃない。
「魔王といっても、雑魚だったぞ」
「そうなの?」
バールの言葉に、首を傾げる。
魔王を雑魚って、普通なら信じられない発言だけど……それを言ったのがバールだからなぁ。
きっと“バールから見て”ってことなんだろう。
異世界の魔王を雑魚と言えるなんて、さすがは地球の大悪魔だ。
「あまり騎士団の人達に被害は出したくないのだけど……」
騎士団長のマクラーレン卿もだが、騎士の皆さんもとても良くしてくれている。
騎士団の皆さんにとっては、私は指名依頼を受けた冒険者というより、あくまでティアニー公爵家のご令嬢なのだろう。
腫れ物に触るような扱いが、少しくすぐったいくらいだ。
そういう意味では、お父様とアカデミーの同期らしいマクラーレン卿が一番フランクに接してくれていた。
「どうだろうな。人間は弱いからな」
バールの答えは、あまり芳しくはない。
魔王は雑魚だが、戦えばそれなりに被害が出るということか。
まぁ、バールの本気なんてとても人前で出せるものではない。
「どうしたもんかなぁ」
被害は出したくない。
でも、力がバレるようなことはしたくない。
二つの相反することを同時に願えば、それだけ摩擦も生まれようというもの。
結局これという解決策も思いつかぬままに、いよいよ私達は魔の森へと立ち入ることになった。









