71:保護者二人体制
私が魔の森行きを決めたその日、冒険者ギルドを出てすぐにジェロームお兄様はアカデミーに向かい、戻ってきた時には夜遅くになっていた。
「お兄様、こんな時間までお仕事だったのですか?」
「ルーシー……いや、俺も魔の森に同行するという話を学園長にしてきたところだ」
「えっっ」
王都から魔の森までは、移動だけでも一週間以上はかかる。
魔の森調査隊に同行するなら、その間教員としての仕事はお休みしなければならない。
「そこまでしていただかなくても……」
「ルーシー」
あ。お兄様が半目になっている。
無理に拒むと面倒なやつかな、これ。
「アカデミーなんて、いつでも辞めていいんだし。それより、ルーシーの方が……」
「お兄様。教員として働いていらっしゃるのだから、そう言わないでください」
どこか拗ねたようなお兄様に、つい苦言を呈してしまう。
だって、自分の為にアカデミーを辞めるなんて言われたくないよ。
お兄様がどれだけ真面目に教員として働いているか、どれだけ生徒達に慕われているか、私は十分に知っているのだから。
……まぁ、慕っている生徒の多くは女生徒なのだけれど。
でも、男子生徒にだって人気はある。
年が近く、かつ公爵家の嫡男なのに気さくなお兄様は、生徒達の良き相談相手でもあるのだ。
「私の為に心を砕いてくださるのは嬉しいですが、お兄様にはお兄様の生活があるでしょう。そちらも大事にしていただかねば、困ります」
お兄様の視線が、逸らされる。
拗ねている顔だなぁ、これは。
私よりも年上のお兄様だけど、家族と居る時は、意外と考えていることが顔に出る。
ま、前世の年齢を合わせれば、私の方が年上だからね。
そりゃ世話されるばかりではない、たまには私の方がお姉さんぶったって良いと思うのだ。
「……教師としても、兄としても、一人の男としても、心配にならない訳が無いだろう」
お兄様の唇から、苦しげな声が漏れる。
眉を寄せた、苦痛に耐えるかのような表情。
……そんな顔をさせたい訳では無いんだけどな。
「大丈夫ですよ、お兄様。安心してください、ハーヴィー兄様も一緒に来てくださるそうですし」
そう、なんと次の魔の森調査団にはハーヴィー兄様も同行してくださるそうだ!
ジェローム兄様がアカデミーに行っている間にハーヴィー兄様から連絡があり、自分も護衛として同行するから安心するようにと言伝を預かっている。
「……それのどこが安心出来るというんだ」
「え? だって護衛としてはこの上無い人材じゃ……」
ハーヴィー兄様の名前を聞いた途端に、ジェロームお兄様は不機嫌そうに顔を顰めてしまった。
どうしてよ、せっかく頼りになる従兄が同行してくれるって言うのに。
安心するどころか、嫌がっていそうにさえ見える。
「とにかく、俺も行くからな!!」
そう言い残し、自室へと戻ってしまった。
こうなったら、もう後には引かなさそう。
……ま、本当はお兄様が来てくれることになって、安心出来る部分も少しあるんだけどね。
そんなことを言ったらちょっと甘え過ぎかなって思うから、言えないけれど。
私はあくまで偵察要員。
前線に出ることもないし、同行するジェロームお兄様もハーヴィー兄様も、それほど危険な目には遭わないはず……だよね?
そうだと良いんだけどなぁ。









