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7:一人ファッションショー開幕

マクネアー商会は服飾を中心に商売を展開している、この国でも有数の商会だ。

本店は王都にあるが、我が公爵領にも支店を置いている。

マダムというのは、商会長リンダ・マクネアー女史の呼び名だ。

普段王都にいるマダムが公爵領に来ているということは、私のドレス作りの為にわざわざ来てくれたのだろうか。

だとしたら、有難い限りだ。


「こんにちは、マダム」

「まぁ、ルシールお嬢様。すっかりお綺麗になって!」


客間に向かうと、マクネアー商会のマダムが出迎えてくれた。

傍らにはデザイナーさんと針子さんが控えている。


マダムことリンダ・マクネアー女史は、一言で言えば気の良いおばちゃんだ。

ふっくらとした体格でつやつやと肌色良く、いつもニコニコ笑顔を浮かべている。

本人曰く、かわいいもの、綺麗なものが好きなのだけれど、自分には似合わない。

だからそれが似合う女性達を着飾ることに、心血を注いでいるらしい。


「お嬢様に似合うドレスをたーくさん考えてまいりましたわ!」


今も目をキラキラと輝かせ、試着用の仮縫いされた布地を手にしている。


悪い人ではない。

むしろ、とても良い人なのだ。

ただ、ちょーっと子供好きが過ぎる。


マダムにとって私は目の中に入れても痛くないほどに愛らしい子供で、私をさらに可愛らしく着飾る為にと、使命感に燃えている。

いやいや、いいんだって、ドレスなんて。

元日本人の私には、そんなもの馴染めないと言うのに。


「お嬢様の黒髪には、こちらの海のような碧色が映えるでしょうか。いえ、もっと軽い色でも……」


目映い銀髪を持つお母様、お兄様とは違い、私は漆黒の艶やかな髪をしている。

血が繋がっていないのだから髪色も目の色も違って当然なのだが、幸いにしてお父様が私と同じ黒髪なので、血縁関係を疑われたことはない。

お父様譲りの黒髪と、お母様譲りの青みがかった瞳。

私は二人の特徴を受け継いで生まれてきたと、皆にはそう思われている。


私に似合う色を探していたはずが、気付けばあれもこれもと試着させられて、気分はすっかり一人ファッションショーだ。

途中でお母様も合流して、より勢いに拍車が掛かってしまった。

助けを求めるように専属侍女のブレンダを見遣れば、にこやか笑顔で一言。


「私は最初のドレスが一番お似合いだと思います」


違う。そんなことが聞きたいんじゃない。

ここに私の味方はいないのか。


「寒色系はよく似合うけど、ちょーっと大人っぽい気がするのよね。こんなに可愛いのだから、もっと子供らしいデザインでも良いと思うのだけれど」

「お嬢様は可愛くもお綺麗ですからね。可愛いドレスは勿論のこと、大人っぽいドレスもさらりと着こなしてしまう。ああ、なんという逸材……!」


マダム、落ち着いて。怖いから。

目を閉じてうっとりしないで。


「ようし、もう全部買っちゃう!! マダム、これまでに試着したドレス、全部作ってちょうだい!」

「かしこまりましたー!!」


お母様の鶴の一声に、マダムもデザイナーさんもお針子さんも手を叩いて喜んでいる。

あーあ、そんなにいっぱいドレスがあっても、着る機会なんて滅多に無いのに……。

しかも、私今六歳よ。これからどんどん大きくなるのよ。

勿体ない……って思ってしまうのは、前世の感覚が抜けていないからだろうか。


貴族がお金を使うことで、経済が回る。

言葉で聞いて理解はしても、身についた貧乏性はなかなか抜けるものではない。


あああ、こんなに無駄遣いをさせてしまった……。

そう思って胃を痛くしているのは、きっと私だけ。

大量購入が決定したマクネアー商会の皆さんは勿論として、買った側のお母様。侍女のブレンダまで皆が笑顔を浮かべている。


無駄遣いだけではない。

いや、勿論無駄遣いも心苦しいのだけど、これ全て王城に向かう為の準備と思えば、ますます気が重くなってくる。


「良かったですね、お嬢様」


そんな私の心を知ってか知らずか、ブレンダは満面の笑みを浮かべていた。


「は……ははは……」


顔を引き攣らせて乾いた笑いを浮かべていたところに、控えめなノックの音が響いた。


「なぁに?」

「失礼します」


お母様の声に応じて扉が開き、お兄様が客間に入ってきた。

最初の数歩は勢いよく歩いていたのに、突然制止し、彫像のように凍り付く。


「……お兄様?」


ジェロームお兄様は、なぜかこちらを見たまま硬直していた。

今の私は最後に試着したドレスを着たままの姿だ。

淡い薄水色を基調にしてふわりとスカートが広がり、裾の部分に行くほど群青色のグラデーションが掛かっている。


生地も散りばめた宝石も高級品。

ドレスを彩る煌めき一つ取っても、庶民には手の届かない値段になるだろう。


「やっぱり、似合いませんよね」


苦笑交じりに、笑顔を見せる。

そんなこと、自分が一番分かっているのだ。

公爵家なんてところでお世話になってはいるが、私は日本生まれの一庶民。


もしお兄様が私の素性に気付いているとしたら、私に対して湯水のようにお金を使うことを良しとは思わないだろう。

そう思って口にした言葉だが――、


「そ、そんなことはないぞ!!」


どこか焦った声が返ってきた。

おや。私はてっきり嫌われているとばかり思っていたが、そうでもないのだろうか。


「ジェローム、どうしたの?」

「いえ、母上に話があって来たのですが……」


お母様に声を掛けられ、硬直が解けたお兄様が再び動き出す。

いつも通りのジェロームお兄様……と思いきや、どうも動きがぎこちない。手と足が同時に動いてますね。


「お嬢様」


ブレンダが、私に声を掛けてくる。

ジェロームお兄様は、私より三歳年上の九歳。

まだ子供とはいえ、流石に男性が居る部屋で試着のドレスを脱ぐのは忍びない。


「私は隣の部屋で着替えてきますね」


お母様に一声掛けて、お針子さんと一緒に隣室へ。

仮縫い状態のドレスとか、着ているだけで緊張する。

下手に動いてビリッって破れたら、申し訳ないもの。


ドレスを脱いで、ようやくファッションショーの閉幕だ。

これで一息つけると思いきや、ドレスが仕上がってきた後には、本番のお茶会が待っている。


あああぁぁ、気が重い。

せめて目立たぬように、隅っこで小さくなっていよう。

そう心に誓うのでした。


フラグじゃない、フラグじゃないんだからね……!

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