69:猫吸い?
詰所からスチュアートに送って貰うと、屋敷の玄関でジェロームお兄様が待ち構えていた。
「ルーシーを送って来てくれて、ありがとう」
「あ、は、はい」
お兄様は笑顔なのだが、なぜだか圧が掛かっている気がする。
私の考え過ぎだろうか。
「じゃ、また明日、な」
「うん。早朝稽古頑張ってね」
スチュアートが片手を上げて去っていく。
その姿を見送っていると、両肩に手が置かれた。
「随分とクラスメイトと仲が良くなったみたいだな」
お兄様?
なんだか声が怖いのですが……。
「クラスメイトと言っても、スチュアートだよ?」
「クラスメイトはクラスメイトだ」
一緒に冒険にも出掛けているのに、何を今更。
幼い頃から親友のキャロルは特別として、それ以外林間学校で一緒だったデリックとスチュアートは、私の数少ない友人だ。
う、こう考えると本当に友人少ないな……。
この世界、特に貴族社会は学生といえど魔窟だ。
爵位が高く、王太子に妙に気に入られていた私は、擦り寄ってくる相手も多ければ、疎ましげな視線を投げかけてくる者も多い。
気兼ねなく付き合える友人が二人も増えたと考えれば、御の字なのかもしれない。
私の友人達とは、お兄様も仲良くしてほしいんだけどな。
異性の友人となると、簡単にはいかなさそうだ。
スチュアートがティアニー騎士団に入りたいなんて知ったら、どう反応するだろう……。
「おいで、ルーシー」
夕食を終えてお茶の時間、お兄様に手招きされて大きなソファーの隣に腰を下ろす。
魔王復活の噂と魔の森で起きている異変については、アカデミーとも連携を取っているのか、最近はお兄様もお忙しそうだ。
こうしてゆっくり一緒にお茶をいただくのは、数日ぶりのことになる。
「そっちじゃなくて、こっち」
「わっっ」
ぐいと持ち上げられ、下ろされた先は、ジェロームお兄様の膝の上。
彼の腕に抱きかかえられた形で、膝の上に腰を下ろしている。
「お、お兄様!?」
「ルーシーが足りない」
お兄様はぐいと私を抱きしめると、髪に顔を埋めるようにして深く息を吐き出した。
……既視感があると思ったら、これ、猫吸いだ。
猫に顔を埋めて、すーはーするやつ。
お兄様、私を猫か何かと勘違いしておりません?
いやまぁ、我が家の猫は下手に触れるととんでもない火傷をしかねない猛獣な訳ではありますが……。
「お兄様、私は物ではありません」
「そんなことは、分かっている」
顔を上げ弱々しく微笑むお兄様の目元には、うっすらと隈が浮いていた。
ウィレミナお母様に良く似た、整った顔立ち。
その深い海のような色の瞳に、うっすらと影が差し込んでいる。
「お兄様、随分とお疲れなのではありませんか?」
目元を覗き込みながら頬に手を添えると、お兄様の身体が一瞬だけ強張った。
そっと、指先で目の下をなぞる。
やっぱり、隈だ。
「ちゃんと眠れていますか?」
「あ、ああ……」
お兄様の返答は、どうも曖昧だ。
落ち着かない様子で、ぷいと視線を逸らされてしまう。
「お忙しいのは分かりますが、ちゃんとお休みを入れてくださいね」
「だから、こうしている」
再び、お兄様の腕が私の身体を強く抱く。
甘えん坊なお兄様、まるで大きな弟が出来たみたい。
トクン、トクンと、心臓の音が鳴り響く。
この音は私のものか、それともお兄様のものなのか。
よくよく考えたら、男女でこのシチュエーションってちょっと……問題よね。流石に。
とはいえ、お疲れな様子のお兄様を振り払う気にもなれない。
頬に添えられたままの手に、お兄様が擦り寄ってくる。
柔らかな銀色の髪が、指先をくすぐる。
ちょっと恥ずかしいけど、たまにはこんな時間もいいかな……なんて。
すっかり冷めた紅茶は、ブレンダが新しく淹れ直してくれました。感謝。









