68:スチュアートの夢
キャロルには先に帰ってもらって、スチュアートと二人で向かった先は、前にも訪れたことのある詰所。
この時間は、いつもハーヴィー兄様が兵士達に訓練を行っている。
早朝は騎士団で訓練を行っていることもあり、ハーヴィー兄様は毎日大忙しなのだ。
そんな中、私達と一緒に冒険に出る時間も工面してくれているのだから、頭が上がらない。
「ハーヴィー兄様!」
私の顔を覚えていたらしい兵士に案内されて、詰所の中へ。
書類と羽ペンを手にしたハーヴィー兄様が、私の声に弾かれるようにしてこちらを向いた。
「ルーシー! と、スチュアートか。どうした、今日は依頼ではないのだろう?」
なんと、今日はサービスショットですよ!
ハーヴィー兄様の眼鏡姿!!
書類に目を通していたからか、細い金属フレームの眼鏡をかけている。
ハーヴィー兄様の眼鏡をかけた姿、初めて見ました。
逞しい騎士様というイメージだったけど、こういうのも絵になるね……。
「こんばんは、ハーヴィーさん。今日はお願いがあって来ました」
ハーヴィー兄様の前で、スチュアートが姿勢を正す。
ハーヴィー兄様ほどではないけど、スチュアートも現在鍛えている最中の騎士候補生なんだよね。
逞しいハーヴィー兄様と、成長途中のスラリとした細マッチョ体型のスチュアートの組み合わせ、なかなか眼福です。
なんて暢気に考えていたら……、
「僕の師匠になってください!!」
スチュアートが突然、ハーヴィー兄様に頭を下げた。
え、師匠?
スチュアートがハーヴィー兄様に弟子入りするってこと?
流石のハーヴィー兄様も、羽ペンを握りしめたままヘーゼルブラウンの瞳を瞬かせている。
「王城で早朝訓練を見ているって聞いて、僕もそこに参加させてもらえないかと思って」
「それでルーシーを連れてやってきたのか?」
「あー、はい」
私のことを指摘されれば、スチュアートが少しだけ気まずそうな笑顔を浮かべる。
まぁ、私がお願いすればハーヴィー兄様は大抵のことは断らないもんね。
スチュアートは大事な友人だし、彼の頼みとあらば聞いてあげてほしいって思うもん。
「それもあるんですけど……」
少しだけ言いにくそうに、スチュアートが言葉を続ける。
他にもまだ何かあるのかな。
「僕、ティアニー騎士団に入りたいんです」
「えっっ」
スチュアートの言葉に、今度は私が間の抜けた声を上げてしまった。
「ティアニー騎士団って、うち……だよね?」
当たり前だ。
騎士団を抱えるティアニー姓の家は、他にない。
スチュアートは、伯爵家の三男だ。
確かにうちの騎士団にも貴族家の子弟は居るけど、まさか友人の口から我が家に仕える話が出るとは思わなかった。
「ティアニー騎士団は、王国騎士団よりも遙かに狭き門と言われているぞ」
「分かっています。だからこそ、ハーヴィーさんにお願いしに来ました」
そうなのですか???
騎士団の最高峰は王国騎士団だとばかり思っていましたが……あれー。
チェスターみたいな砕けたタイプでも普通に務まっているから、緩いところだと思っていたよ、うちの騎士団。
「それなら、稽古を付けるくらいは構わないだろう。騎士団の早朝稽古に、一緒に参加するといい。私から話を通しておく」
「ありがとうございます!!」
どうやら、スチュアートのお願いは叶ったようだ。
良かったねーって言いたいところだけど、その内容が斜め上過ぎていまだに受け止めきれていない。
いやいや、うちの騎士団に入りたいんなら、ハーヴィー兄様じゃなく私に言えばいいんじゃない?
縁故採用みたいな形になるのが嫌だったのかな。
外から見たらどうかは分からないけど、割と緩いところよ、ティアニー公爵家。
いまだ呆然とスチュアートを見つめていると、ふと、彼と目が合った。
へにゃりと表情を綻ばせる様は、僅かに少年らしい面影を残している。
「ビックリさせたかな」
「それはもう」
スチュアートの言葉に、こくこくと頷く。
「前はどこの騎士団でもいいやって思っていたんだけどな」
「それが、どうしてうちの騎士団に?」
問い返せば、スチュアートの顔にはにかんだような笑みが浮かんだ。
「……へへっ」
瞬間、パキリと奇妙な音が響いた。
音のした方に視線を向ければ、ハーヴィー兄様が手にしていた羽ペンが、真ん中から綺麗に折れている。
「ハーヴィー兄様?」
「なんでもない」
ハーヴィー兄様は折れた羽ペンを握りしめたまま、わざとらしく咳払いをしている。
どうしたのですか、いきなり。
筋骨隆々な騎士様は、ペンを持つにも力の加減が必要なんです~なんて……んなアホな。
「別に大それた願いは持っていません。ただ、傍に居てお守り出来たらいいなぁって……」
「そうか」
そんなハーヴィー兄様に対し、スチュアートが慌てたように声を上げた。
重々しく頷くハーヴィー兄様に、安堵したように息を吐く。
意味深なやりとりが気になるような、詳しく聞くのが怖いような……。
こうして、スチュアートはハーヴィー兄様に師事して騎士団の早朝稽古に参加することになった。
夢に向かって頑張るクラスメイトを応援したい気持ちは、もちろんある。
あるけど、その夢が自分の家に仕えることだって言われると、なんともむず痒い気分になる。
私が口を利くのは簡単だけど、それじゃ頑張っているスチュアートに対して失礼な気もする。
きっと応援しながら見守るのが一番なんだろうなぁ。
ああ、それにしても何とも落ち着かない。
なんで我が家なんだ~~~~~~!









