67:虚無顔のあいつ
高位ランクの冒険者達が多く魔の森の調査で出払っている為、王都近郊の依頼が滞って、王都の冒険者達は大忙しだ。
とはいえ、私達のパーティーは学生が本業。
休みの日以外はなかなか活動が出来ず、デリックなどはそれをもどかしいと感じているようだ。
「なぁなぁ、次の依頼はもっと手強い奴にしてみようぜー」
「安全が一番だろう」
休み時間の教室でも、この四人が集まると自然と冒険の話題になってしまう。
「大丈夫だって、いざとなれば召喚獣も居るし」
「あまりルーシーにばかり頼るのもなぁ」
いつの間にかスチュアートとデリックも、私のことをルーシーと呼ぶようになっていた。
冒険に同行するキャロルとお兄様達がそう呼んでいるからかな?
「ジェロームさんやハーヴィーさんが反対するんじゃない?」
「えー、実力なら十分にあるだろ~」
キャロルの言葉に、デリックが唇を尖らせる。
「そうやって油断していると、足を掬われるんだぞ」
そんなデリックを、スチュアートが窘める。
なんだかんだでこの二人、良いコンビだよね。
ふとキャロルと目が合えば、彼女も同じことを考えていたみたい。
どちらともなく笑顔が零れる。
「あ~ら、貴族の子弟ともあろう者が野蛮な依頼で金銭を得るだなんて、そんなにお金に困っているのかしら」
そんな空気をぶち壊すように、甲高い声が響いてきた。
嘲笑うような声は、フィリス・クワイン伯爵令嬢のものだ。
聖女として王宮で持て囃され、王太子殿下との婚約まで決まった彼女は、今一番時の人と言える。
そんな彼女の皮肉げな態度に同調するように、教室のそこかしこから嘲笑が細波のように揺れた。
「金に困ってるのは、貧乏貴族の俺くらいなもんだよ」
デリックが馬鹿正直に答える。
皮肉を言っている側も、それに同調している連中も、本気で私達が金に困っているなんて思ってはいないだろう。
だって、こちらには公爵令嬢である私と、交易で潤っているデイヴィス伯爵家のキャロルが居る。
他の貴族達より、ずっと裕福よ。
それを分かっていて、冒険者活動に勤しんでいる私達を嘲笑っているんだわ。
ま、いいけどね。
相手にする気にもなれないし。
一つだけ気になることがあるとすれば、今もクワイン伯爵令嬢にべったりと寄り添われている彼女の婚約者――ライオネル・ペンフォード王太子殿下だ。
婚約が決まった頃は、数日アカデミーを欠席していた。
最近になって授業にも顔を出すようにはなったものの、目に見えて様子がおかしい。
私がイメージするライオネル殿下は、小生意気なガキ……もとい、少々突飛なことを言い出すお子様だった。
幼い頃の印象が今も強く残っているだけかもしれないが、少なくとも物静かだったり、思慮深かったりなんてイメージは持っていない。
だと言うのに、今の王太子殿下はどうか。
腕にベタベタと纏わり付くクワイン令嬢を相手するでも、突き放すでもなく、ただただ放置している。
その表には、何の感情も宿してはいない。
いわば、無。
無表情のままで婚約者のなすがままになっている王太子殿下は、まるで全てを諦めてしまったかのようだ。
休んでいる間に、何かあったのかな。
それとも、実はこの婚約に乗り気じゃないとか……?
彼本人が何も言わないのでは、その真意は何も伝わっては来ない。
一つだけ確かなのは、私達に皮肉をぶつけてくる婚約者を、彼が止めようともしていないってこと。
そんなもんだから、我が意を得たりとばかりにクワイン令嬢がますます調子に乗るんだわ。
「ライオネル殿下……貴方、人を悪く言うようなご令嬢は好きになれないとおっしゃっていませんでしたか?」
スチュアートが、冷めた視線を王太子殿下に向ける。
そうなんだ……。
ま、確かに後先考えない部分はあっても、そう悪い人という感じはしていないものね。
私が悪く言われていたら、それとなく庇ってくれたりとか……そのくらいはしてくれそうなものだけど。
スチュアートの言葉に、一瞬だけライオネル殿下の視線が彼の方へと向けられる。
でも、ほんの僅かな間だけ。
すぐに視線はぷいと逸らされてしまう。
「な、何を言っているの。殿下が私を嫌うなんて、そんなことあるはずがないわ!」
その様子にクワイン令嬢が声を上げて笑うが、僅かに声が震えているあたり、一瞬不味いと思ったのだろう。
ライオネル殿下が無言を貫き通したことで、安堵したのが丸わかりだ。
「そうですわ、私と殿下は結ばれる運命ですもの!!」
クワイン令嬢は、どこまでも前向きだ。
それと比べて、ライオネル殿下は一体どうしてしまったのか。
流石にここまで終始無言のままだと、心配になってくる。
何もなければ良いのだけど……。
「は~、こんな日は気晴らしにぱぁーっと依頼を受けられれば良いんだけどな」
放課後になって、いまだむしゃくしゃしているらしいデリックが声を上げる。
「仕方ないわよ、平日にこなせる依頼なんて少ないし」
「そうなんだよなぁ」
キャロルの慰めに、デリックが頷く。
平日授業が終わってから受けられる依頼と言えば、ごく近郊か、王都の中で済ませられる依頼くらいだ。
雑用や届け物、それもごく短時間で済むような依頼しか受けることは出来ない。
「週末まで我慢するかぁ」
大きく伸びをするデリックの様子に目を細めながらも、帰り支度をしていると。
「ルーシー、放課後少し付き合ってもらえないか?」
スチュアートが真面目な表情で声を掛けてきた。
え、一体何だろう……?









