63:私の親友は凄いんです
懺悔します。
冒険を舐めていました。
戦闘に自信が無いとか、そんな話ではない。
まさか、移動がこんなにしんどいとは思わなかった。
王都の冒険者ギルドを出発して、そろそろ四時間。
その間、ひたすら歩きっぱなし。
だらだら歩いていたら、日が暮れてしまう。
早めに目的地に着いて、ジャイアントリザードを討伐して、ギルドに戻らなければならない。
そう考えたら、散歩気分で歩いている訳にはいかないのだ。
早足とまではいかないが、私が考えていたお散歩ペースよりは相当に早い。
よくよく考えてみたら、この世界に転生してからというもの、大半が馬車での移動だった。
一応は公爵令嬢ですからね、私。
自分の足で歩くなんて、ごく短い距離くらいだった。
こっそりと皆の様子を窺えば、体力馬鹿のデリックは勿論、日頃から鍛えているスチュアートとハーヴィー兄様も、冒険者として活動していたジェロームお兄様も涼しい顔。
なんと、私と同じご令嬢であるはずのキャロルまでもが皆と同じペースで歩けている。
疲れを表に出さないようにはしているつもりだが、このままでは皆に迷惑を掛けてしまうかもしれない。
いざとなればオセを呼んで、背中に乗せてもらおうかなぁ。
豹の乗り心地って、どうなんだろう。
しなやかそうなイメージがあるから、そもそもちゃんと背中に跨がれるのだろうか。
「ルーシー、大丈夫か?」
そんなことを考えていると、ハーヴィーお兄様が私の顔を覗き込んできた。
「あ、は、はい!」
突然のことで、声が上擦ってしまった。
歩き詰めで疲れてはいるんだけど、私一人の為に休憩なんて、流石に申し訳ない。
咄嗟に笑顔を取り繕うが、ちゃんと笑えていたかどうか。
「疲れたなら、私が抱いていこうか?」
「えっっ」
ハーヴィー兄様の申し出は有難いけれど、流石に気が引ける。
そこまで疲れているように見えたのかなぁ。
「大丈夫です」
「そうかい? 疲れたら、いつでも言うといい」
武器を携えたハーヴィー兄様、騎士として働いている時よりも軽装とはいえ、私よりも大変だろうに。
これだけ歩き続けて息一つ乱れておらず、さらに私を抱いて歩けるって、どれだけ体力があるのだろう。
「おい、ハーヴィーお前っ」
感心していると、ジェロームお兄様が反対側に立って、なぜかハーヴィー兄様を睨み付けていた。
「ルーシー、疲れたらいつだっておぶってやるからな」
こちらはおんぶですか。
二人とも、私のこと子供だと思っていませんか。
まぁ、確かにここまで歩くだけでかなりヘロヘロなんですけど。
「冒険って、移動も大変なんですね……」
二人が相手だからか、つい本音が零れてしまう。
「ああ、俺が学生の頃はパーティーメンバーと一緒に公爵家の馬を使っていたな」
その手があったか!!
いや、家の力を借りるなんて「これだから貴族の坊々は……」と、馬鹿にされてたりするかなぁ?
荷馬車を借りようにも、それだけのお金がかかる。
全員が貴族家の子弟だからお金には困ってないけど、冒険に出るからには、報酬の範囲内でやりくりしたいよね。
「キャロルは大丈夫なの?」
話題を変える為にキャロルに話しかけようと彼女の隣に移動して、ふと気が付いた。
ふわりと、心地よい風が吹いている。
「あ、私は風魔法を発動しているから」
「これ、キャロルの魔法なの!?」
キャロルの周囲には、涼しげな風が吹いていた。
しかも、方向的にはキャロルの後方から吹いている気がする。
キャロルが足取り軽やかに歩いているように見えたのは、風に後押しされてのことだったんだ。
「あんまり強い風は吹かせられないんだけど、これくらいなら、ね」
「すごいよキャロル!」
キャロルの傍に居るだけで、汗ばんだ身体が癒やされるみたい。
爽やかな風に吹かれて、気分も軽やかになる。
私がキャロルにべったりくっついて歩いていることに、二人のお兄様は複雑な表情をして顔を見合わせていたけれど、まぁいいのだ。
抱っこされたりおぶられたりするより、やっぱり自分の足で歩きたいもんね。
草原を抜けて、鬱蒼とした森の中へ。
キャロルの近くに居たから気付かなかったけど、いつの間にか空気はじめっと肌に纏わり付くようで、周囲の木々には長い蔦が絡み付いている。
「そろそろだと思うんだけど」
デリックが地図を見ながら呟く。
ぬちゃりと、誰かの足音が鳴った。
すっかり足下もぬかるんで、柔らかくなっている。
「気をつけておけよ」
警戒を促す、ジェロームお兄様の声。
ここはもう、ジャイアントリザードの生息圏内なのだ。
「僕達が先に行きます」
スチュアートの言葉にデリックも頷き、二人が先頭に立つ。
その後ろに私とキャロル。
最後尾をジェロームお兄様とハーヴィー兄様が固める形だ。
背の高い木々が生い茂る湿地帯は、日光が遮られて常に薄暗い。
先ほどまで火照っていた身体が、今は寒ささえ感じている。
濡れた足音が続く中で、突然、甲高い金属音が鳴り響いた。









