6:トランプは異世界でも大人気
ベヘモットのおかげで、公爵家の食生活は大きく改善された。
それ以外にも、公爵家を中心として、前世の知識が密かなブームを呼んでいたりする。
「お嬢、一緒にどうだ?」
「いいわね、お相手しましょう」
護衛騎士のチェスターに誘われて、屈強な騎士達とテーブルを囲む。
ムキムキマッチョの中に、六歳の公爵令嬢が一人。とても浮いている。
彼等の前には、同じ形をした何枚ものカードが置かれていた。
そう、私の力作、トランプですよ!!
だってねぇ。
ゲーム機のないこの世界、遊ぼうと思えばやっぱりトランプは欲しくなるじゃない。
貴族向けには複製魔法を用いた高品質なトランプを販売。
庶民向けには木版印刷で量産したトランプを販売。
どちらも売れ行きは好調で、最近お父様が忙しくしているのは、トランプ販売で領地が潤っているせいもある。
最初は家族だけで遊ぶつもりだったのが、気付いたら使用人達を通じて外部にまで広まっていた。
出入りの商人達から何度も問い合わせが来るものだから、仕方なく販売に踏み切ったのだ。
私が教えた遊び方はごく僅かだが、今では皆で遊び方を考案しているようだから、やっぱりトランプはどこの世界でも大人気だ。
「どうする、お嬢が来たから大貴族でもするか」
私の護衛を務めるチェスターが、手早くカードを配る。
大貴族というのは、日本で言うところの大富豪だ。
こちらの世界に合わせて『貴族』『商人』『平民』『奴隷』の四つの階級に分かれている。
最初は前世のまま大富豪という遊び方を教えたのだけど、公爵家の使用人達に広まる間に、自然とこの名前と分類になっていた。
やっぱり、自分の世界に馴染みのある名前の方が覚えやすいみたい。
いやもう、分かりやすくてストレート過ぎるのよ、このネーミング。
遊びでまで格差社会を再現しなくてもいいのに。
「負~け~た~!!」
「はっはっは、お嬢恐るるに足らず!」
チェスターの高笑いを聞きながら、テーブルに突っ伏す。
トランプを広め始めた頃は私の一人勝ち状態だったのに、今では皆も強くなって、実力に差が無くなってきた。
こうなってくると、地頭の良さや経験が物を言う。
私の護衛騎士をしてくれているチェスターは、人付き合いが得意で世渡りが上手い。
いわゆるコミュ強だ。
私に対しても「お嬢」なんて呼んで気さくに話しかけてくるものだから、家庭教師のイライザ先生あたりは眉を顰めるけれど、使用人達からは人気が高い。
騎士らしい立派な体格ながら黒髪と灰目の人懐っこい風貌をしているところも、皆から好かれる所以なのかもしれない。
「大人数でやるゲームもいいが、二人か三人くらいで遊べるゲームも、もっと欲しいところだな」
「大貴族は二人だと面白くないものね」
チェスターの要望に、ふむと考える。
二人から出来るトランプゲームというと、スピードやブラックジャック、ポーカーだろうか。
スピードはともかくとして、ブラックジャックとポーカーを教えた日には、ゲームではなく賭け事が始まって大変なことになりそうな気がしなくもない。
うぅむ、これはお父様に相談案件だな。
今は、スピードだけ教えてあげよう。
「騎士の皆で遊ぶなら、大人数向けのゲームの方が良いと思ってた」
「ああ、それはな」
一通りルール説明を終えた後でぽつり呟いた言葉に、チェスターがニヤリと笑みを返す。
「当直で詰所や見張り台に立つ連中が、暇潰しに知りたいって言っててな」
「当直の騎士にゲームさせたらダメでしょー!!」
「あっははは!」
騎士達の豪快な笑い声が響く。
が、誰かの足音が近付くにつれて、その笑顔が凍り付いていった。
背後から、風もないのにスーッと空気が冷える気配。
「当直中に、何をするですって?」
「え――」
冗談も吹き飛ぶような冷気が、背筋を撫でていった。
底冷えするような声。
私の背後で、恐ろしいオーラが立ち上っている気がする。
「……お母様?」
振り返ると、口元にだけ笑みを湛えたウィレミナお母様が立っていた。
あーあ、チェスターったらよりによってお母様に聞かれてしまったのね……。
「ルーシー、マクネアー商会のマダムとデザイナーが来ているから、先にドレスの採寸に行っていてちょうだい。お母様は、ちょーっとこの人達とお話をしてから行くわ」
「わかりました」
ティアニー家お抱えの騎士団でも五本の指に入ると言われているチェスターをクビにすることはないだろうが、この分だと長時間のお説教は避けられなさそうだ。
「にしても、ドレスですか?」
「ええ。王城で開かれるお茶会の招待状が届いたのよ。その為の準備をしないとね」
お母様がため息混じりに告げた言葉は、なかなか頭が痛くなる内容だった。
王城でお茶会ですと?
王城とか王家とかにろくなイメージが無いのだけれど……大丈夫かなぁ。
面倒なことにならなきゃいいけど。









