60:魔王復活の予兆
「魔王って……」
魔王って、あれだよね。
よくファンタジー物のゲームや小説に出てくるような存在で……
いや、確かにここはファンタジー世界みたいなものだけど、いきなり魔王と言われても、まったく実感が沸いてこない。
「数年前に、魔の森で大恐慌が起きたのを覚えているか?」
「ああ……」
大恐慌とは、通常では考えられないほどの魔物の大量発生と異常行動を示す。
どこからか発生した魔物達が溢れかえり、犠牲者を求めて襲いかかってくるという。
タウナー王国との戦と同じ年に発生した、魔の森の大恐慌。
あの時はアビゴールが指揮を執って、魔の森から溢れてくる魔物達を鎮圧したんだよね。
「あれ以降魔の森の動向を探り続けているが、魔物は活性化する一方だ。さらには魔の森の奥地では普段は群れることのない魔物達さえも統率された動きを見せているという」
「それが魔王が居る……ってこと?」
「魔王について書き記された文献とは一致するらしい」
ハーヴィー兄様が重々しく頷く。
「前に魔王が現れたのは、二百年以上の昔のことだ。魔王についての詳細を調べると同時に、魔の森の調査と警戒を続け、王都の騎士と兵士達を強化するべくこうして私も呼ばれたということだ」
なるほど。
ハーヴィーお兄様が王都にいるのも、魔王発生が絡んでのことだったんだ。
それにしても、魔王かぁ。
魔王に聖女って、ますますファンタジー色を帯びてきたなぁ。
「では、ご令息はルーシーを守る為に私達と一緒に冒険に出てくださると……?」
恐る恐ると言った様子で、キャロルが問いかける。
「ああ、可愛い従妹を放ってはおけないからな」
ハーヴィーお兄様の答えに、キャロルが半目になってこちらを見つめた。
ひょっとして「もう一人保護者が増えた……」とでも思われているのかなぁ。
それにしても、魔王。魔王かぁ。
ファンタジー物の定番だと、魔王を倒す為に勇者が現れたりとかするけど、どうなんだろうね。
異世界からやってくる勇者が魔王を倒す~なんてことは……
………………あれ?
良く考えたら、異世界から召喚されたのって……私じゃん。
ま、流石に私が勇者な訳は無いか。
剣も使えない勇者なんて、聞いたことが無い。
とはいえ、魔王が現れる時代に迷い子が召喚されたというのは、何かしら関係はあるのかしら。
……深く考えるのは、止めておこう。
こういう難しい話は、ゼフとお父様にお任せしておけばいいや。
そんなこんなで次の休日、学生四人と引率のハーヴィー兄様というメンバーで、初めての冒険に出ることになりました!
チェスターは自分も行くと言って聞かなかったけど、従兄ならともかく、護衛騎士まで伴って行ったらますます冒険者ギルドで馬鹿にされてしまいそう。
という訳で、今回はチェスターはお留守番。
ハーヴィー兄様が一緒と聞いてからは、チェスターもそこまでうるさく言うことはなくなった。ありがたや。
ギルドで集合して、その日張り出された依頼から適当に選ぼうって言ってたんだけど、過保護なハーヴィー兄様はティアニー公爵邸まで迎えに来てくれることになった。
そこまでしてくれなくても良いのにね。
ハーヴィー兄様からすると、街でチンピラに絡まれているところに遭遇したのだから、心配して当然なのかもしれない。
当日までに、ちゃんと装備は調えておきました!
前衛に出る訳では無いから、鎧は着ないよ。
装備が重くて動けなくなったなんて、みっともないからね。
私が選んだのは、革をあしらった厚手の服。
これだけでも、結構な防御力がありそう。
動きやすい上に、革のブーツと革の手袋を合わせてブラウン調で統一された色合いは、なかなか可愛いんだよね。
黒猫のバール、豹のオセは私の召喚獣だと分かるように、お揃いの赤いリボンが付いた首輪を付けている。
私の首元にも、同じリボンのついたチョーカー。
ちなみにこれ全部キャロルとお揃いで、キャロルのチョーカーには青いリボンが飾られているよ。
さーて、準備は万端。
後はハーヴィー兄様が迎えに来るのを待つばかり~と思っていたら。
「ルーシー。俺に何も言わずに、どこへ行くつもりだい?」
……あ。
ジェロームお兄様のことを、すっかり忘れておりました。