59:まさかの保護者同伴?
連れてこられたのは、自警団の詰所。
私が公爵令嬢と知って兵士達は全員恐縮したが、ハーヴィー兄様にとってはそうではない。
私がそんなことで怒る性格ではないとも知っているし、そもそもこの世界の価値観に囚われない存在ということも知っている。
詰所内の狭い部屋にある木製のテーブルと、固い木の椅子。
そこに腰を下ろすと、まるで自分がこれから取り調べを受ける罪人のような気になってくる。
いや、事実あまり変わらないのかもしれない。
ハーヴィーお兄様表向きは穏やかな表情だが、こちらに向ける視線には『さぁ、なんであんなところに居たのか洗いざらい吐いてもらおうか』って書いてあるもの。
キャロルはハーヴィー兄様を前に、すっかり恐縮してしまっている。
キャロルにとっては、クラーケン対峙に駆けつけてくれた大恩のある相手だものね。
デリックは普段入ることのない自警団の詰所に、興味津々といった様子。
物怖じしない子ね。
まぁ、それがデリックの良さでもあるのだけど。
スチュアートはハーヴィー兄様のお名前を知ってから、ずっと目を輝かせている。
騎士志望の子にとって、ハーヴィーお兄様は正に理想の騎士像に思えるのかしら
確かに文武両道、逞しさと実直さを兼ね揃えた人だものね。
タウナー王国を迎撃した実績もあり、その名声は今や王国中に轟いている……らしい。
確かに、ハーヴィーお兄様は格好いいものね。
優しくて、落ち着いていて、頼りがいがあって、その上逞しくて腕が立つときた。
頭の切れるジェロームお兄様とはまた違った魅力のある人だ。
あれ、なんだろう。
考えているうちに、心のどこかがもやもやしている気がしてきた。
ううん、きっと気のせいだよね……。
「三人と一緒に、冒険者パーティーを組むことにしたんです」
なんとなく気まずい気がして、どうしてあそこに居たのか説明を始めることにした。
その前置きとして放った一言で、ハーヴィーお兄様が目を見張る。
「冒険者パーティーって……ルーシーとデイヴィス伯爵令嬢もか?」
「はい」
今日受け取ったばかりのギルドカードを差し出せば、受け取ったハーヴィー兄様がまじまじとそれを眺めた。
やはり公爵令嬢と伯爵令嬢が冒険者って、そんなに驚くような事態なんだろうか。
「このこと、他の人達――ジェロームは知っているのか?」
「いえ、今日パーティーに誘われて、そのまま放課後登録に来たところなので……」
そう言えば、この四人以外誰にも言っていないね。
でも、ダンフォード先生とは前に冒険者になる話をしていたこともあるし、早々問題があるとは思わないんだけど……。
目の前で、ハーヴィーお兄様が盛大にため息を吐いた。
なんで。なんでそんな反応になるの。
「ルーシー」
「はい」
「高位貴族の令嬢達には、どうして護衛が付くと思う?」
「万が一攫われたり、不測の事態が起こらないため?」
「学園では、どうして護衛が付かないと思う」
「同じ学生達しか居ないから?」
「それを踏まえた上で、課外活動と称して冒険者ギルドに顔を出すことは、どう思う?」
「えーと」
ハーヴィー兄様だけではない。
デリックも、スチュアートも、キャロルまでもが私の顔をじっと見つめる。
「危ない……のでしょうか?」
「そう。特に君は、自分の外見がどれだけ目立つか意識した方がいい」
ため息混じりに言われてしまった。
「えー、私は皆と一緒に冒険がしたいです!!」
せっかくお友達から誘われたのに、それを断るなんて、出来る訳がない。
皆で冒険なんて、楽しそうじゃない。
スキルを授かった時から、興味があったんだもの。
私の言葉を聞いて、ハーヴィー兄様が再度ため息を吐いた。
「流石に平日、放課後になってから冒険に出る……なんてことはしないよな?」
「そうですね。休日とか、学校が休みの時になると思います」
ハーヴィー兄様の問いに、スチュアートが頷く。
「分かった。引率役として、私もギルドに登録をしておこう。冒険に出る時は、私も一緒に誘ってもらおうか」
まさかの、保護者同伴!?
その言葉に、真っ先に反応したのはスチュアートだった。
「タウナー戦役の英雄と、ご一緒出来るんですか!?」
あぁ、あかん。
この子、すっかり憧れで目がキラキラしている。
嫌がるどころか、憧れの人と一緒に冒険出来る喜びで舞い上がっちゃってるよ。
「で、デリックとキャロルはどうなの?」
堪らず、他の二人に声を掛けてみた。
パーティーのことは、皆で決めるべきだものね。
「俺は別に、どっちでもいいよ。この人、強そうだし」
デリックは全然拘っていないようだ。
私の従兄ということで、親戚のお兄さん感覚なのかもしれない。
「まぁ、令息の仰ることも良く分かるので……」
キャロルは苦笑いを浮かべている。
元々公爵令嬢が一人で冒険に参加なんて、そっちの方が無茶な話だったのよとでも言いたげだ。
「なら、問題ないな」
三人の同意が取れたとみて、ハーヴィーお兄様が満足そうに頷いた。
……まだ、私は何も言っていないんですけど。
「ハーヴィー兄様に来ていただかなくとも、それならチェスターに頼むなり何なり……」
「ルーシー」
私が言いかけた言葉を、ハーヴィー兄様が笑顔で制する。
うわぁ、これ、有無を言わさぬ口調だ。
「……別にそこまで心配していただかなくとも、ハーヴィー兄様なら分かっていただけるでしょうに」
そう。
普通の公爵令嬢ならば、冒険に出たいなんて言い出したら、護衛がダース単位で必要だろう。
でも、私は違う。
先ほどオセを呼び出したように、その気になれば自前でいくらでも護衛を調達出来るのだ。
ハーヴィーお兄様なら、そのことをよーくご存知なはず。
「今はな……タイミングも良くない。どうして私が王都に呼ばれたと思う?」
ハーヴィーお兄様の言葉に、首を傾げる。
「騎士団と警備隊を鍛えるため……でしたっけ?」
街中でハーヴィーお兄様と遭遇した時のやりとりを思い出す。
「ああ。その必要が生じたということだ」
「必要……とは?」
言葉を返せば、少しだけ気まずそうにハーヴィー兄様が三人に視線を向ける。
人前では言いづらいことなのかしら。
「あの……私達、席を外しましょうか?」
気を利かせて切り出したのは、キャロルだ。
その言葉に、ハーヴィー兄様が緩やかに首を振る。
「いや、君達も冒険に出たいのなら知っておいた方がいい。ただ、まだ公表されていない事態につき……他言は無用で頼む」
「はい……」
狭い自警団詰所の一室に、ピリリと緊張感が走る。
国境の守りを担う辺境伯令息であるハーヴィー兄様が、わざわざ王都まで来た理由。
その答えは、予想外のものだった。
「実はな――魔王が復活する兆候があるようなんだ」









