57:新たな召喚獣
男達の顔には、下卑た笑みが浮かんでいる。
ギルドの中では職員のマイクさんに止められたから、こうして私達が外に出たタイミングを見計らって追ってきたということなのだろうか。
「彼女達は大事な友人だ。置いていくなど、有り得ない」
スチュアートが私達を庇いながら、毅然と言い放つ。
流石は騎士志望の男の子。頼もしいね。
「さっきマイクさんに怒られただろうに、しつこいなぁ、あんた」
デリックはデリックで、ブレンダンと呼ばれた冒険者の物言いに腹を立てているようだ。
私達を守ろうとするスチュアートとは対照的に、ブレンダンの前に歩み寄る。
「ふん、貴族の坊々だか何だか知らんが、貴族との繋がりならこっちにも有るんだからな」
ブレンダンが獰猛な笑みを浮かべる。
ふむ、こんな下衆な男と繋がりを持つ貴族が居るとは思わなかった。
あまり良い付き合いではないのだろうな……なんて、イメージだけだけど思ってしまう。
「何も取って食おうって訳じゃない。ただ、今後仲良くしてくれればいいだけだからよぉ」
ブレンダンの言葉に、男達の笑いが重なる。
あー、やだやだ。
私にだって仲良くする相手を選ぶ権利がある。
何より、大事なキャロルをこんな連中の毒牙にかける訳にはいかない。
「街中で剣を抜くつもり?」
相手は冒険者だ、当然武装している。
対して、こちらは学校帰り。
今日は登録だけのつもりだったから、武器も何も用意していない。
「へ、ガキを捕まえるのにそんなもんいらねぇよ」
私の言葉に、ブレンダンは鼻で笑った。
……良かった。
流石に街中で抜剣して他者に危害を加えたなら、面倒なことになると奴等も思っているのだろう。
もっとも、貴族と繋がりがあるのなら、多少のいざこざは揉み消せるのかもしれないが。
腰に提げた剣を抜かないのなら、問題はない。
こんな奴等に、スチュアートとデリックが負けるはずはない。
「生意気なガキ共には、ちぃーっとばかしお仕置きが必要だな!!」
ブレンダンの声に応じて、左右に居る二人の男達が前に出る。
それぞれがスチュアートとデリックの前に立ち塞がる形だ。
「後が面倒だから、殺すなよ」
「痛めつける程度なら、いいんだろう?」
「これも社会勉強だと思え」
男達は皆口元に笑いを浮かべながら、近付いてくる。
自分達の優位を疑いもしない様子だ。
……数の上では、こちらの方が有利なのにね。
私とキャロルは頭数に入っていないということなのかしら。
「こんないい女を連れているお前等が悪――うぃっ!?」
デリックの前に歩み寄った男が、鈍い衝撃音と共に後方へと吹っ飛ぶ。
男の身長の四倍ほどは移動しただろうか。
デリックの手には、しっかりと握り拳が作られていた。
当たり前だ、デリックのスキルは“剛力”だもの。
素手でやり合うなら、これほど手強い相手は居ないんじゃないかしら。
「あぁ……?」
ブレンダンともう一人の男は、呆然と男が吹っ飛んだ方へと視線を向けていた。
その隙を見逃すスチュアートではない。
「はっっ」
短いかけ声と共に、スチュアートの前に居た男が宙を舞う。
前世で言うところの、投げ技が決まったみたい。
“剣豪”のスチュアートだが、剣を持たずとも武芸全般に秀でている。
元々の身体能力が高いんでしょうね。
騎士になる為に日々頑張っている彼だが、恵まれたスキルもあって、相当に有望株なんじゃないかしら。
私がティアニー家騎士団の人事権を持っていたなら、今のうちから声を掛けておくレベルだわ。
「な――っ」
流石にブレンダンの顔から余裕が消えた。
じりり……と互いに間合いを詰める。
「くそっっ」
突然、ブレンダンが起き上がりかけていた男をスチュアートの方へと押しやった。
衝突を避けて咄嗟に後退るスチュアートの脇を通り抜けて、真っ直ぐこちらへと走ってくる。
「あ、こいつっっ」
慌てたデリックが声を上擦らせる。
ブレンダンの狙いは、私とキャロルだ。
「ルーシー!?」
スチュアートの慌てた声。
大丈夫、身を守る手段ならちゃんとあるんだから。
「お願い!!」
私の声に呼応するようにして、空気が揺れる。
中空に亀裂が走るように空間が裂けて、そこから底冷えするような冷気が漂ってくる。
「な、なんだぁ……?」
流石に異常を察したのか、ブレンダンが足を止める。
でも、もう遅い。
空間の切れ目。
そこからのっそりと現れたのは、しなやかな四足獣。
優美な豹の姿をした悪魔――オセだ。
「ヒッッ!?」
ブレンダンが情けない声を上げて、後退る。
もう一人の男も、尻餅をついたままで地べたを這いずり逃げようとする。
最初に吹っ飛んだ男だけは、その時の衝撃で今もまだ気を失ったままだ。
それまでなんだなんだと遠巻きに眺めていた外野は、オセの登場で蜘蛛の子を散らすように四方八方へと逃げ去った。
うーん、ちょっとやり過ぎちゃったかなぁ……でも、私だけじゃない、キャロルにまで危険が及ぶところだったんだもんね。
仕方が無い。
「それは、召喚獣……なのか?」
「うん」
恐る恐るといった様子のスチュアートに、笑顔を見せる。
私が大きな豹の首元を撫でると、ゴロゴロと喉を鳴らした。
こうしていると、大きな猫みたいね。
「もし何かあった時の為に、いつでも呼び出せるようにしておいたの」
バールを呼んでも良かったのだけど、黒猫が来たんじゃ、牽制にもなりやしない。
オセの姿を見れば、流石に奴等も戦意を失うだろう。
「おい、何事だ!!」
騒ぎを聞きつけてか、どこかから衛兵の声がする。
「くそっっ」
ブレンダンともう一人の男が走りだそうとするが、それより先にオセが二人の行く手を遮った。
低く唸る豹を前に、荒くれ者の二人も足が止まる。
そうしている間に、衛兵らしき小隊が駆け寄ってきた。
あー、自分達の身を守る為とはいえ、街中で悪魔を出してしまった。
召喚獣ってことで誤魔化せはするが、流石にちょっと悪目立ちしすぎたなーなんて後悔していたら。
「ふぁっ?」
突然誰かに手を掴まれ、ぐいと引かれる。
荒くれ者やクラスメイト達から引き離されるようにして、突如現れた人物の腕に抱き込まれていた。









