53:兄と妹
序盤から少しずつ加筆・修正しています。
2章に「幕間:悪魔は蹂躙する」「18:二人の兄貴分はどちらも過保護」を追加しました!
お兄様にこってり絞られたらしいチェスターは、廃人のような目をしていた。
対して、お兄様は涼やかなお顔だ。
王都の公爵邸。
当主であるお父様も女主人であるお母様も不在の為に、今の主はお兄様と言っても過言ではない。
使用人達の様子を備に観察し、統率する。
チェスターみたいな不良騎士は、ごく一部。
それ以外は皆お兄様の手足のように働いている。
若くとも、ちゃんと主の風格を秘めているのだ。
「ルーシー、今日の食後は私の部屋でゆっくりしないか?」
「分かりました」
お兄様に声を掛けられ、トクンと心臓が跳ねる。
元々話をしなきゃと思ってはいたものの、いざその機会が訪れると尻込みしてしまうのは人の性と言うものだろう。
食後のデザートと紅茶はお兄様の部屋に運んでもらうことにして、二人で屋敷内を移動する。
席を立った瞬間にお兄様が手を差し伸べて、エスコートしてくれる。
……自然な手つきだ。
慣れている……のかなぁ。
これまでお兄様の交友関係なんて、意識したこともなかった。
気にならないと言えば嘘になるが、お兄様がアカデミーに通っていた頃は、私は領地にいたんだもの。
お兄様からの手紙や、お父様から時折聞く報告でしか、状況を知る術はなかった。
あぁ、そうか。
私は、もっと知りたいのだ。お兄様のことを。
今更ながらに自分が抱く欲求に気が付いて、戸惑ってしまう。
今回みたいに突然噂を耳にして、冷静で居られる気はしない。
きっと毎回取り乱してしまうのだろう。
せめて、最初から知っていたなら……あんなにショックを受けなくても済むのにな。
まぁ、いつ聞いたところで、結局ショックなんだろうけどね。
「ルーシーは、今回の件……耳にしているのか?」
デザートのタルトと紅茶を並べたブレンダは、既にお兄様の部屋を辞した。
静かな部屋で、テーブルに向かい合うようにして、お兄様と二人きり。
自然と、掌に汗が滲んでくる。
「噂……というと?」
「俺と、デイヴィス嬢のことだ」
お兄様の言葉に、小さく頷く。
その瞬間、はぁぁ~……とお兄様の口から盛大なため息が零れた。
「阿呆共がピーチクパーチクと……」
あ。これ、お兄様相当怒ってらっしゃるわ。
「大丈夫です、キャロルが誤解を解いてくれたので」
慌てて声を上げたら、なぜかじっとりとした視線が向けられた。
「誤解を解いたってことは、少しでも真に受けたということなんだろう?」
「あ……ま、まぁ……ほんのちょっとだけ……」
何故だろう、お兄様の視線がとても痛い。
でも、これだけはハッキリさせないといけないんだ。
「お兄様だって、もう成人を迎えた大人ですし……いつかは伴侶を迎えて、共に公爵家を支えていくことになるのでしょう? だから……」
何故だろう、胸が痛い。
言葉の一つ一つが氷柱のように鋭く尖って、胸を抉る。
「いつかはそういう日が来るんだって、覚悟はして――」
「ルーシー」
私の言葉を、お兄様が遮る。
有無を言わさぬ強い語気に、ハッとなってお兄様の顔を見遣る。
この世界に来て、一番見慣れた顔。
いつも一番近くに居て、私を守ってくれる……お兄様の顔だ。
そんな彼が顔をくしゃりと歪め、再びため息を吐いた。
「お兄様……?」
お兄様が無言のまま立ち上がり、こちらへと近付いてくる。
私が座っているソファーは大きめのものだから、隣に座れなくもないけれど……ちょっと手狭ではないかしら。
そんなことは気にせずに、お兄様は私の隣に腰を下ろすと、そのまま私を膝の上に抱き上げた。
「わっっ」
あっという間に、私の身体はお兄様の膝の上。
幼い頃は、よくこうしてご飯を食べさせてもらっていたっけ……懐かしい。
でも、流石にアカデミーに入学するような年になって、この扱いはどうかと思うの。
「お兄様」
頬を膨らませれば、苦笑いが返ってくる。
「別に子供扱いはしていないぞ」
「していますー」
つい、拗ねたような声になってしまう。
こんなんだから、子供扱いされるのかもしれない。
「してない、してない」
そう言いながらも、お兄様は私の髪をゆっくりと撫でつける。
「一度だって、子供扱いしたことなんて無かったんだ」
あやすような、優しい声。
こんな風に言いながら、子供扱いしていないだなんて、全然説得力無いのだけれど。
「それに――」
お兄様が、どこか遠くを見るようにして呟く。
「一度だって、妹だと思ったこともない」
「え――?」
その言葉に、ドキリと心臓が跳ねた。









