5:揚げ物で悪魔が釣れました
私、ルシール・ティアニー六歳!
前世の趣味はゲーム、好物はフライドポテト!
深夜までゲームをしながらつまむフライドポテトのなんと美味いことか。
お酒は飲めないので、ウーロン茶で口をサッパリさせつつ、ウェットティッシュで手を拭くことも忘れません。
コントローラーがギトギトになっても困るからね!
なーんて生活は、全て前世のこと。
今居る世界にはゲームなんてないし、フライドポテトどころか揚げるという調理法さえ存在しなかった。なんてこったい。
食べられないと思うと、途端に食べたくなる。
それが人情と言うものです。
料理人達に頼んで厨房を拝借。
じゃがいもを刻もうとしたら、慌てた彼等が全部やってくれました。過保護だなぁ。
彼等にしてみれば、私がもし怪我でもしたら責任問題になるから、仕方ないのかもしれない。
ジェネラルオークから採れたラードを温めて、細長く刻んだじゃがいもを投入。
料理人達は一体何を始めたのかと、パチパチ爆ぜる鍋を怖々見つめていた。
「いや~、良い匂いだねぇ」
暢気な声が掛けられたのは、そんな時だった。
眠気を誘う、おっとりとした低音ボイス。
「やっぱり、味付けは塩? しか無いよなぁ、せめてマヨネーズがあれば良いのに」
「あー、マヨネーズね~。卵の品質に問題があるから、難しいんじゃないかしら」
ポテトの揚がり具合をチェックしながらも、聞こえてきた声に無意識で返す。
「だよねぇ」
うんうんと、頷く声。
……ちょっと待って。
今、マヨネーズって言った?
振り返ると、そこにでっぷりと肥えた青年が立っていた。
……いつから居たの?
ていうか、誰?
厨房のどこにも足音なんてしてなかったのに。
年は二十手前だろうか。
黒いボサボサ髪は、厨房に立ち入るにはあまり感心しない格好だ。
「貴方は?」
「僕だよぉ、ベヘモットだよぉ」
うん。やっぱり彼も悪魔の一人でした。
ベヘモットより、ベヒモスと呼んだ方が知っている人は多いかもしれない。
暴飲暴食を司る悪魔。陸の怪物。
が、目の前の姿はポテトに釣られて現れた食いしん坊にしか見えない。
護衛役のバールは、窓際でひなたぼっこをしながら大きな欠伸をしている。
うん、警戒する必要はないってことよね。知ってた。
「どうせならぁ、ポテト以外にも色々と揚げて楽しみたいところだけどぉ」
「そうね、その前に……」
ブレンダを手招きして、指示を出す。
「まずはお風呂に入って、髪を綺麗に散髪する!!」
悪魔だろうが怪物だろうが、厨房に立ち入るからには清潔第一。
これだけは譲れません!
「んま~~~~~い!!」
食堂で山盛りのフライドポテトを頬張っているのは、小綺麗になったベヘモットだ。
こうして見ていると、悪魔というより純朴無害な青年に見えるんだけどな。
「ねー、美味しいね」
私の前にもフライドポテトの入った小皿があるが、減っていく量が明らかに違う。
さすがは暴飲暴食の悪魔。
底知れぬ食欲だ。
「お嬢様、おかわり!」
「ちょっと、どれだけ食べるつもりよ」
何度目かのおかわり宣言に、待ったをかける。
「えぇぇ、もう食べられないんですかぁ?」
ベヘモットは情けない声を上げるが、流石の公爵家とはいえ、もうじゃがいものストックが尽きている。
彼にひたすら食べさせたら、公爵領どころかこの国の食べ物全てを食い尽くしても止まらないんじゃないかしら。
洒落にならないから、怖いわ。
「ねぇ、ベヘモット。働かざる者食うべからずって言葉、知ってる?」
「初めて聞いたよぉ」
ベヘモットののんびりした声に、気が抜けてしまう。
地球にいながら、聞いたことないんかい!!
まぁ、悪魔にこんな慣用句を言い聞かせる人間はそうそう居ないか。
「お腹いっぱい食べる為には、その分働く必要があるのよ!」
ビシリと指を突きつける。
ベヘモットに食べたいだけ食べさせていたら、いかな公爵家と言えど、すぐ破産してしまうわ。
「え~、それならお嬢様も働いてるんですかぁ?」
「私はいいのよ、まだ子供だから」
えっへんと胸を張る私に、ベヘモットは不服そうな視線を向けている。
働かなくても一人くらい養ってあげたいんだけどさ。
貴方は特別よ、食べる量が多すぎるんだもの。
「働く、働くねぇ……何をしたらいいですかぁ?」
「うーん。貴方、何が出来るの?」
私の問いに、笑顔いっぱいでベヘモットが答える。
「食べることぉ!」
「却下」
食べるだけの悪魔をどうにか働かせようと、頭を悩ませていると言うのに。
「仕方ないわね。貴方、知っている料理をこの屋敷で再現してみなさい」
「僕がお料理するってことぉ?」
「そうよ。出来る?」
これまでに色々な物を食べているだろうから、食に関する知識は豊富なんじゃないか~なんて安易な思い付きだけれど、それ以外にベヘモットを有効活用出来る職場が思い浮かばなかったのだから仕方が無い。
何に一番向いているかって、間違い無く戦うことなんだろうけど、このおっとりした性格じゃ逐一指示してあげないと役に立たなさそうな気がしてね。
「分かったよぉ、がんばるぅ」
こうして、ティアニー公爵家に大食いの料理人が誕生したのでした。
彼が記憶している地球の料理を再現することで、公爵家の食生活は大きく向上した。
が。
それ以上に食費が跳ね上がったと言うのだから、皆には申し訳ない気持ちでいっぱいです。
あんまり食べ過ぎないように、私から言っておくからね……ごめんね……。