51:親友
お兄様の研究室へと向かう廊下。
スチュアートとデリックの二人と肩を並べながらも、このまま二人を連れて行ったらお兄様がどんな顔をするか、少しだけ心配になる。
「うちのお兄様、過保護なのよ」
「知ってる」
「多分、そうなんだろうなぁと」
あら。
そうなんだ~くらいの反応が返ってくるかと思いきや、二人ともがなぜかしみじみと頷いていた。
お兄様の過保護っぷり、そんなに有名なのかしら。
「二人って、お兄様の授業受けてたっけ?」
「いや」
「でも、見ていれば分かる」
見てれば分かるって、どういうことなのかしら。
私とお兄様が普段どう見られているのか、ちょっと恐ろしい。
「ん?」
研究室に向かう途中。
ふと、廊下の向こうから聞き慣れた声が耳に響いた。
聞き慣れた声の、聞き慣れぬ剣幕。
怒気を孕んだ声は、間違い無い、キャロルのものだ。
「なんだぁ!?」
「行ってみよう」
デリックとスチュアートが走り出す。
私も不安に駆られながら、二人の後を追った。
キャロルのこんな声、聞いたことがない。
いつも優しくて穏やかで、ちょっぴり茶目っ気のあるキャロル。
その彼女がこんなにも怒るだなんて、一体何があったのだろう。
「勝手なことばかり言って、少しはこっちの迷惑も考えてよ!!」
「だ、だって本当に見たんだもの……」
いつも控えめなキャロルが、廊下の向こうで女生徒の胸倉を掴んでいる。
え、本当に?
こんなキャロルは初めて見る。
何をしたら、キャロルがこんなに怒るのだろう。
「見たって、何を」
「あの林間合宿で、ティアニー先生が貴女を抱きかかえているところよ」
「あれは、私が足を怪我していたからです!!」
ああ、そうか。
キャロルとお兄様の噂は、あの日の救出劇から生まれたものなんだ。
じわりと、目頭が熱くなってくる。
私の親友は、キャロルは、私を裏切ったりなんかしていない。
そんな当たり前のことを、当人の口から聞くまで不安で直視出来なかっただなんて。
「落ち着くんだ、デイヴィス嬢」
興奮冷めやらぬといったキャロルを、スチュアートが制する。
女生徒はすっかりキャロルに怯えて、スチュアートが間に割って入るなり、走り去ってしまった。
「おー、こえ。まぁ、でも誤解が解けたようで、良かったんじゃん?」
「うん……」
デリックが私の肩を叩く。
その様子に、キャロルがキッとデリックを睨み付けた。
「おさわり禁止!」
「なんだよ、これくらいいいだろ!?」
噂をばら撒いていたらしい女生徒に食ってかかるのはともかくとして、デリックにまでこんな態度を取るだなんて、キャロルは珍しく興奮しているみたい。
普段見ることのない親友の姿に、自然と笑みが浮かぶ。
「キャロル、大丈夫だよ。ありがとね」
「ルーシー……」
ぎゅっとキャロルに抱きつけば、キャロルも抱きしめ返してくれる。
「ごめんね、不安にさせて。ジェロームさんとの間に、やましいことなんて何もないから」
「うん、分かってる」
安心したような、申し訳ないような、複雑な気持ち。
謝るべきは、こちらの方なのだ。
「私こそごめんね、キャロル」
「本当だよ、今日のお昼食べ損ねちゃったじゃない!」
もう! とばかりに、キャロルが悪戯っぽく笑う。
そんな私達二人を、スチュアートとデリックが温かく見守っていた。
午後の授業を終えて、キャロルと二人、帰りの馬車に乗り込む。
ガタン、ゴトンと揺れる馬車の中、向かい合う形ではなく、隣り合って座る。
肩と肩が触れ合い、自然と互いにもたれ掛かる。
「本当に、心配してたの?」
「うん……ごめん」
「別に謝る必要は無いんだけど」
頷く私に、キャロルはやれやれといった様子で苦笑を浮かべる。
「ジェロームさんのことなら、これっぽっちも不安に感じる必要はないよ」
「え?」
キャロルがキッパリと断言する。
どうしてそこまで言い切れるのだろう。
「私、知っているからさ」
「知っているって、何を?」
「んー?」
私の問いに一瞬だけ躊躇した後、キャロルが唇を開く。
「ジェロームさんの、好きな人」
その時の私は、どれほど間抜けな顔を晒していただろう。
ぽかんと口を開けて、まじまじとキャロルを見つめてしまった。
「もうあれこれ考える必要もないから、家に帰ったら、ちゃんとジェロームさんとお話してきなよ」
「う、うん……」
有無を言わさぬ様子でぎゅっと抱きしめられ、曖昧に頷く。
揺れる馬車の中、親友の言葉がいつまでも私の心を揺さぶり続けていた。









