50:持つべきものは
「どうしよう……」
昼休み、教室に残って一人ぼけーっと窓の外を眺める。
キャロルには「ちょっと済ませたい用事があるから」と嘘を吐いて、先にお兄様の研究室に行って貰った。
悪魔達のこと以外でキャロルに嘘を吐くことになるなんて、思いもしなかった。
ズキズキと胸が痛む。
今更キャロルを追うのも、躊躇われる。
用事について聞かれたら、なんて答えればいい?
嘘に嘘を重ねる結果にしかならない。
いつもの昼休み。
天気は良好、窓から見える木々は青々とした葉をそよ風に揺らしている。
生徒達は中庭でお弁当を広げたり、学食で我先にと人気のメニューを注文している頃だろう。
今頃キャロルはお兄様と二人っきり。
どんな話をしているのだろう。
私が居ない方が、二人になれて良いのかな。
これまで、二人の関係を疑ったこともなかった。
研究室に行きたくない。
行って、もし噂通りの光景を目撃してしまったら?
そんな恐怖で、身動きが取れなくなる。
「はぁ……」
結局、こうして一人窓の外をぼんやり眺めているのみ。
この後キャロルに会ったら、なんて言えばいいんだろう。
心の中がぐちゃぐちゃで、何も手に付かない。
ただ休み時間が過ぎるのを待つだけだ。
「あれ? 珍しいな」
「本当だ、どうしたんだティアニー嬢」
ふと顔を上げると、スチュアートとデリックの二人が不思議そうにこちらを覗き込んでいた。
私が休み時間にキャロルと別々なことが、そんなに珍しいだろうか。
……確かに珍しいな。
今までに一度もないことだ。
「二人は、昼食は?」
「もう学食で食べてきたよ」
あっけらかんと、デリックが答える。
既に学食で食事を済ませてきた頃合いか。
どれだけぼーっとしていたんだろう。
「デイヴィス嬢は?」
「多分……お兄様の研究室」
スチュアートの問いに、力無く答える。
私の態度で、二人も何かおかしいと感じたのだろう。
向けられる視線に、怪訝と心配の色が混じっていた。
「何かあったのか?」
「いや、別に……ただ、噂を聞いて顔を出しにくくなっちゃっただけ」
「噂?」
どうやら、二人は何も知らないらしい。
「お兄様とキャロルが付き合ってるって噂」
口にするだけで、ズキリと痛みが走る。
「ぶはっ、そりゃ確かに居づらいな!」
「おいデリック、お前無神経過ぎるぞ!」
咄嗟に噴き出したデリックを、スチュアートが肘で小突く。
多分スチュアートは私に気を使ってくれているんだろうけど、いっそ笑われた方が清々しい。
「それで顔を出しにくくなっちゃったってわけ」
ため息混じりに告げる。
嘘は言っていない。
もう、どこからどこまでが真実かも分からない。
「恋人同士な二人の間に挟まれる……大変だねぇ」
ガハハと笑うデリックに、スチュアートが白い目を向ける。
「でも、所詮は噂なんだろう? デイヴィス嬢には聞いてみたのかい?」
「直接聞くなんて、そんな……」
スチュアートは私のことを案じ、心配してくれているようだ。
そんなスチュアートの横で、デリックがけろりとした表情を浮かべている。
「別に怖がる必要なんて無いのにな。二人あんなに仲良さそうなのに」
「怖がる……?」
デリックの言葉に、目を瞬かせる。
怖がる。
私は怖がっているのだろうか。
「そうじゃねぇの? だって、本人と直接話してもないんだろ」
あぁ、そうか。
私は事実を確かめることもせずに、目を塞ごうとしていた。
意気地なしだったんだ。
デリックに言われて、今更ながらに気付く。
キャロルのこと、親友だって思っているのにね。
ごめん、キャロル。
「そうだね……キャロルと一度、ちゃんと話してみようかな」
「そうしろそうしろ。早くしないと、昼休み終わっちまうぞ」
デリックは頭の後ろで腕を組んで、カラカラと笑っている。
「キャロル嬢のところに向かうのか? 僕も一緒に行こう」
スチュアートはスチュアートで、本気で私のことを心配してくれているらしい。
接し方は正反対な二人だけど、どちらも私のことを考えてくれているんだろうな。
そう思えただけで、少し心が軽くなった気がする。
「ありがとね、二人とも」
あの噂話を耳にして以来、初めて自然な笑顔が浮かんだ気がした。
「おうよ」
「勿論だとも」
反応はそれぞれだけど、やっぱり友達っていいものだね。
さて、一番の友達とちゃんと向き合いに行こうか。









