48:発情期ではありません
王都の公爵邸に着くと、私達の馬車以外にも、大きな馬車が門前に停まっていた。
馬車の側面には、我がティアニー公爵家の紋章が刻まれている。
屋敷の中に入ると、見慣れた、それでいて久しぶりに見る姿があった。
「お父様!」
「ルーシー、大変だったようだな」
お父様だ!
お父様とゼフが、どうやらティアニー公爵領から駆けつけてくれたらしい。
林間学校のいざこざだけで、領主であるお父様が領地を離れるとは思わない。
ひょっとして、それ以外のあれそれも全てゼフを通じて報告が行っているのだろうか。
だとしたら、少しだけ気まずい。
「大丈夫です、お兄様も居てくださいますし」
そう言いながらも、少しだけ頬が熱い。
だって、お兄様ったら馬車の中で隣に座って、ずっと私を撫で続けているんだもの。
私ってば、そこまで落ち込んで見えたのかしら。
だからって、べったり甘やかしすぎだと思うの。
そんなんだから、妙な誤解をしてしまいそうになるんだわ……。
別に、誤解も何もという感じだけれど。
私とお兄様は、表向きには血の繋がった兄妹なのだし。
「……お嬢様?」
ゼフの声に、ハッと我に返る。
顔を上げると、生温い表情でこちらを見つめるゼフと目が合った。
気まずい。
とても気まずい。
ゼフのことだから、常に私の周りを警戒して眷属を張り付かせていてもおかしくはない。
ひょっとして、全部見られていたりするのだろうか。
「ま、また夕食の時間に!」
そう言い残して、自室へと急ぎ駆け出す。
視界の隅に呆れたようなゼフと、頭を抱えるお父様と、なぜか小さくガッツポーズを決めるお兄様の姿が目に入った。
自室に戻って早々にベッドに身を投げ出す私の元に、のそりと黒猫のバールが近付いてきた。
「なんだ、発情期か」
「言い方ぁ!!」
猫にデリカシーを期待する方が間違いなのでしょうか。
その日以降、アカデミーに居てもお兄様の姿を見かける度に、ぼんやりと目で追ってしまう。
お兄様は、とにかくモテる。
同学年に王太子殿下が居たから気付かなかったけど、他のご令嬢方からすると、お兄様も王太子殿下に並ぶ優良物件なんだよね。
教員ではあるが年が近いこともあって、生徒達からは慕われている。
男子生徒達からも当然慕われてはいるが、特に女子生徒からの人気が高い。
特にお昼時になると、一緒に食事を取りたいと大勢の女生徒達に誘われるようだ。
ひょっとして私とキャロルと一緒に昼食を取ることは、お兄様にとっても好都合だったのかな。
そんな風に考えてしまう。
そうだったらいいな。
もしお兄様が彼女達を受け入れたなら?
……自分の想像で、少しだけ心がモヤモヤしてくる。
そんなことは有り得ないって思いたいのに、どうしてかそう言い切ることが出来ない。
不安ばかりが先に立つ。
私はいつからこんなに弱くなってしまったんだろう。
少しは兄離れしないとダメなのかな……なんて考えるようになった、ある日のこと。
一人お手洗いに向かった先で、妙な噂を耳にしてしまった。
「ねぇ、聞いた? ティアニー先生のこと」
すぐその場を立ち去るつもりだったのに、話題がお兄様のことと分かって、つい足を止めてしまう。
「聞いた聞いた、ショックだよねー」
「本当、皆そう言ってるよ~」
お兄様が、どうしたのだろう。
ドクン、ドクンと心臓が鳴る。
「ねー、ティアニー先生に恋人が居ただなんて!」
その一言を耳にした瞬間、鼓動が止まるかと思うほどに胸が締め付けられた。









