47:いざとなれば
「アカデミーを辞めるって……そんなの、考えたことも無いです」
この世界に来て、貴族の子女は皆アカデミーに通うものだと教わった。
前世で言うところの義務教育くらいに考えていたが、実際はそうでは無いのだろうか。
「アカデミーに通うのは、貴族として一般常識と社交性を身に付ける為だ。当人が病がちだったり、当主の教育方針によっては、アカデミーに通わずに家庭教師を雇うこともある」
「絶対に通わなきゃいけないってものでは無いんですね……」
それはそうか。
そもそも義務教育という概念が無いこの世界、アカデミーに通えること自体が一つの貴族としてのステータスと言えるのだろう。
「別に辞めたいなんて思ったことは無いですよ。お兄様は心配しすぎです」
お兄様にしてみれば女生徒から嫌がらせを受けて親友が巻き込まれたり、王太子に腕を掴まれて手首に痕を残していたりと、放ってはおけないのかもしれない。
でも、それでアカデミーを辞める気には到底なれない。
「途中放棄みたいなのは、性に合いません」
そう。
嫌がらせをされたから逃げ出すなんてのは、クワイン伯爵令嬢達の思う壺だ。
アカデミーに拘る必要なんてのはまったく感じないが、自分を嫌う人間の思い通りに動いてやるなんて、癪に障る。
「それにアカデミーを出ているかどうかで、嫁のもらい先も変わってくるという話だし……」
これは商会を経営するマモンから聞いた話だ。
だから商家、特に大店の子供は高い金を払ってでもアカデミーに通いたがるのだという。
ま、嫁ぎ先云々なんてのは私には縁の無い話だけれど。
私のせいで公爵家が馬鹿にされるようなことになったら、流石に嫌だもの。
「……お前、そんなことを考えていたのか?」
その程度のつもりだったのに、なぜかお兄様は真に受けてしまったようだ。
「考えるも何も、出ておいた方が良いんだろうくらいなものですが」
「俺は勿論、父上も母上もそんなこと気にはしないだろう」
「私が気にします」
そうは言われても、流石に卒業くらいはしておきたい。
そう思って答えたが、お兄様はなぜか私の言葉に目を見張っていた。
そんなに驚かせるようなことを言っただろうか。
「ルーシーがそんなことを気にする必要は無いだろう! 嫁のもらい先など……」
あれ?
私は卒業について言っていたつもりが、どうやらお兄様は先ほどの話題――嫁のもらい先について気にしていると勘違いしたようだ。
慌てて訂正しようと口を開きかけた私の肩を、お兄様が荒々しく掴む。
「いざとなれば、俺が――…」
「え?」
お兄様の声を遮るように、鐘の音が響く。
言いかけた言葉は、授業の終わりを告げる音に掻き消されてしまった。
「……」
「…………」
気まずい沈黙が流れる。
廊下の向こうから、賑やかな話し声が聞こえてくる。
午後の授業を終えて、早々に課外活動に向かう生徒達の声だろう。
「……今日は、一緒に屋敷に帰ろうか」
「お兄様に、何も用事が無いのなら」
お兄様が何を言いかけたのかは、聞けないまま。
胸の鼓動だけが、やけに大きく鳴り響いていた。









